天邪鬼の恋話。



ドリーム小説

多分。これが最後なのだと思った。
この機を逃したら、直政にはもう会う事はないだろうと。
だから、幸村と京へ行くと言いながらも、直政の居る府中へ向かう道へと進むのだから。

「二人とも。気を付けて行くのだぞ」

「はい」

城門に向かって歩きながら、信之と稲に別れを告げていた幸村と
信之には黙って府中へ行こうとしている事に気が引けるが、折角幸村が用意してくれた好機。逃すつもりはない。

「向こうに着いたら文を出すからね、稲ちゃん」

「えぇ待っているわ」

「それに、そんなに長居しないかもしれないし。ここにも戻って来るだろうから」

「ふふ。それは贅沢ね」

「そうかな?」

稲には本当に良くしてもらった。
から見ても義姉という立場なのだろうが、くのいちとはまた違った友という感覚もある。
最初は信之に嫁いでくる人だと思うと、会う気もなくて、二人の仲睦まじい姿など見たいとも思わなかったから逃げるようにここを出たのだが。
こうして知り合えた事に今は感謝しかない。

「そう言えば、彼女はどうした?最近姿が見えないようだが」

信之はくのいちはどうしたのだと幸村に問う。

「ちょっとした頼みごとがありまして、先に行ってます」

「そうか」

「兄上に挨拶もできないのは申し訳なく思いますが」

「いや、別にいいさ」

ふと信之が立ち止まり、の方に向き合った。

。あまり無茶はするんじゃないぞ。我慢もしなくていい。向こうでの暮らしが嫌になったらいつでも帰って来てもいいのだからな」

「信之様…。はい、ありがとうございます」

「兄上がそう心配することもないですよ。あちらはあちらで賑やかで趣もあって良い場所ですから」

都と呼ばれる場所なのだ。それもそうだろう。

「そうは言うが。兄としてはいくつになっても弟妹が心配なんだ」

「わ、私もですか」

「当然だろう。幸村も頑固な面があり、猪のように突っ込む事があるからな」

信之は恥ずかし気もなく、幸村の頭を撫でた。

「あ、兄上!」

「すまない。だが、仕方ない。私にとってお前達は大事な弟妹で家族なんだからな」

幸村とは顔を見合わせて照れ臭そうに笑った。
にしてみれば、嫁ぐ前の自分ならばその言葉に落胆するところだが、今では素直に嬉しいと思える。
信之と幸村は自分にとっても大切な兄であり、家族なのだから。

「私達も信之様の事を心配になるけど、そこはね。ユキさん」

「あぁ。義姉上がついておられるから大丈夫だろう」

「真田は安泰だね。あとは早く子供の顔を見せてくれるといいんだけど…私。まだ叔母さんって呼ばれるのはどうかなぁ…」

「そうなると私は叔父さんか…」

幸村と二人して唸るように考え込むので、稲が恥ずかしそうに声を上げた。

「もう!そんな先の話わからないでしょ!」

恥ずかしい!と言う稲に対し、その場は和やかに笑いが漏れた。
だが。

「信之様!物見の報告でこちらに向かって何者かがやって来る模様です!」

と家臣の一人が報告に来た。

「なんだ、それは」

「早馬のようですが」

何かの使者だろうか?先ほどまでの和やかな雰囲気が変わり緊張感が増した。

。少し下がっていろ」

「え?」

「幸村。出立は少し待ってほしい。ただの早馬ならば良いが、そうでない場合は」

信之が指示をだす。
早馬がどこの者としれないのだ。単騎で切り込む者などいないだろうが、用心するに越したことはないのだから。





【8】





兵を配置し、しばらく待つと早馬が城門前で止まった。
信之と幸村は隠れることなく、姿を見せる。
門の向こう側で何が起こるのだろうか、は稲と不安げに待っていた。

「にゃ、にゃ〜もう〜飛ばし過ぎなんですからぁ。あたし死んじゃいますよ〜」

早馬が到着したと同時にくのいちが姿を見せたので、兵たちの緊張が解かれた。
単純に味方かと言う安堵に。
だが、信之はそうではなかった。

「何か御用ですか?」

その者に対し、信之は冷たい眼差しを向ける。

「井伊直政殿」

「信之殿」

馬から降りた井伊直政。
相当無茶をして馬で飛ばしてきたらしい直政は、肩で息をしている。

「あ、あの。信之様。実は」

くのいちが間を持とうとするが、信之はくのいちを見もしないで言い切った。

「私は彼に聞いているのだ」

「は、はい」

くのいちでもいつもの軽口を挟めるはずもなく、押し黙ってしまう。
まだ呼吸が荒い直政であったが、真っ直ぐに信之に目を向けた。

「妻を。を迎えに来ました」

「………」

はっきりとそう言い切った直政に対し、信之は抜刀する。

「面白い事を言うのですね、あなたは。あなたの所為で妹が随分悲しんだ。こちらとしてはそのまま離縁してくれても構わないのだが」

「兄上!」

隣に居た幸村は驚きの声を上げる。
だが、恐らくそれが信之の本音であり、直政に対する不信感を表しているのだろう。
大事な、大切な家族。妹とに対し言い切るのだ。
信之にとっては、そんな子を泣かす相手の下になど帰したくないのだろう。

「それは誤解です。俺は」

「………」

に会わせていただけませんか。会って話がしたい」

「そこまで私も悪役にはなれないようだ」

信之はあっさりと刀を鞘に収めた。

「無理やり追い返した所で、あなたは諦めないのだろう?それにの方が待てずに飛び出してくるかもしれん」

どうせ門の向こう側で直政が来た事に気づいているのだろうからと。
案の定。閉じられていた門が開き、が出てきた。

「直政様!」

直政の姿を見ると、は駆け出し信之達の脇を通り抜けていく。
信之は配置していた兵を引かせ、中へ戻って行く。
二人には会話が必要なのだろうと気を利かせて。

「兄上…あの」

「良かったな、幸村。わざわざ府中へ行かずに済んで」

「え…あ…すみません。バレていたのですね兄上に」

後を追ってきた幸村に信之は苦笑する。

「話が上手く行きすぎだと思ってな。も物わかりが良すぎたし」

信之に対し、はもう一度直政に会いたい。会って話がしたいと言ったのに、あっさり京へ行くことを望んだのだ。

「頑固者がそんなにあっさり諦めるとは思わなかったからな」

「それは…褒められているのでしょうか?」

幸村も苦笑してしまう。
あとはくのいちの登場もそう思わせる物だったらしい。
信之は直政が乗って来た栗毛の馬をちゃんと休ませてあげるようにと厩番に命じた。

「結果は考えるまでもないだろうな」

「そうですね」

そして待っていた稲に対し、しばらく待っていようと城へと戻って行った。





いざ、直政の姿を見ても何をどう言葉にしていいのかわからなかった。
何のために直政はここへ来たのだろうか?
信之に何かいう事があって来たのではないか?
それとも正式に離縁を告げに来たのか?
それならば代理人で済むはずなのに。
信之と何か話していたようだが、には聞こえなかったから。



「!!?」

思わず肩がびくりと震えた。

「すまなかった。俺の言葉が足りずに…」

「え?」

が顔を上げると直政は眉根を寄せている。

「離縁など、告げたつもりはない…が、そう思わせてしまったのならばすまなかった」

「直政様…でも、私が。勝手な行動をしたから、直政様は怒って、失望させたのかなって。井伊家の嫁としてダメなんじゃないかって、私は思ったから」

お互い苦々しく感じてしまっているのが顔に出ている。

「それでも、お別れしても、直政様にちゃんと謝りたくて、自分の気持ち伝えたくて」

「最後。だなんて言うな…あれはお前が悪いわけではない。そうじゃないんだ」

直政は恐る恐る手を伸ばし、の手をそっと掴んだ。

「あの時の、小田原は戦場だ。いつどこで何が起こるかわからん。もし流れ弾がお前に当たったらどうする。矢も振って来るかもしれない状況だ。
危険な目に遭っても俺がその場に居るとは限らない。の事を庇う事、守れないかもしれない。もし、そんな事が起きてしまえばと思うと…」

確かに、あの時直政はそのような事を言っていたような覚えがある。

『ここがどういう場所かわかっているのか?物見遊山で来るとは』

『自分で責任は取れるのか?何かあってからでは遅いのだぞ』

何が起きてもわからない場所で、呑気に姿を見せて直政は心配してくれたと言うのか。

「で、でもお戻りになられた時、機嫌が悪いから、まだ怒らせたままかと思って。
それで真田に帰れと言うし、好きなだけ居ろ、戻って来るな。みたいな言い方で…だから、私。離縁されたと思って…」

でもそうじゃない。直政は自分を心配しての事だった。

「いや、それは…家康様が関東へ移られる事になったのは知っているな?」

「はい」

「それに関して、あまり良くない噂があって…苛々してしまっただけだ。は何も悪くない。
真田に帰れと言ったのも、お前がなんか…塞ぎ込みだったのが気になったからで、俺のそばにいるよりは…真田に戻った方がいいのだろうと…」

直政の手が離れた。が、がすぐさまその手を掴む。

「嫌です。もう離さないでください」



「あの時は、直政様が私の事を怒っているのだろうって思っていたからで、私が全部勝手に勘違いしたからです。
私は、直政様のおそばに居たいんです。最初は夫婦らしくもなかったでしょうけど…私は、ちゃんと」

涙が出そうになって息が詰まる。
だってそうじゃないか。
全部、全部。自分の思い込みで。直政がしてくれたことは自分の為であって。
情けないのは自分だとは恥じる。

「俺も言葉が足りなかった」

直政が手を握り返してくれた。

「前にも言った。以外を娶る気はない。今のままでいいんだ」

「直政様…」

「だから、迎えに来た。帰るぞ、

「はい。旦那様」

は嬉しそうに微笑み、それを見て直政は照れ臭そうであったが満足そうではあった。





「心配事が解決して良かった。私はこのまま京へ戻る。秀吉様に叱られてしまうかもしれないからな」

ちゃんと信之達にも話さねばと城へ戻れば、幸村が爽やか笑顔で言い切った。

「にゃー!あたし、今戻ったばかりなんですよ〜!!?」

くのいちは聞いていないと幸村に抗議する。

「せめて今夜ぐらいはゆっくりさせてくださいよ!」

「そうは言っても、そのつもりで準備はしてあったんだ」

幸村は予定を変えるつもりはないらしい。
怒りの矛先は幸村から直政に向けられた。

「大体ね!ちんの旦那さんがあんな阿呆みたいに飛ばすからこっちは置いてかれないよう必死だったってのに!!」

「お、俺は別に着いてきてほしいとは頼んでいない。元々一人で行くつもりで」

「まったくもー!忍び使いが荒い人たちなんだから!!」

「え、えと。ごめんね、くのちゃん…」

が一番申し訳なさそうにくのいちに謝ると、くのいちから一転して怒りは消え、ギュッとを抱きしめた。

「いいの。ちんが謝る事はないんだよ。ちんが元気ならばあたしはそれでいいから。旦那さんがちんを泣かせる真似をした時はさっくり殺ってやろうと思ったけどね」

さらりと恐ろしい事を口にされるも、彼女にも沢山心配をかけたのは事実だ。
くのいちはを解放し、にっこり笑った。

「じゃ。ちん。元気でね。また会おうね」

くのいちは文句は言いつつもしっかり幸村の考えには従うようだ。

「くのちゃん。うん。少し遠くなるけど、今度来てくれるのを楽しみにしているからね」

その時はゆっくり一緒に過ごせたらいいと思って。

「ユキさんも。いっぱい迷惑をかけてごめんね。あと、色々ありがとう」

「気にするな。私も同じだ。が元気ならばそれでいい。例え離れ離れだとしても私達は家族だからな」

幸村は微笑みの頭を軽く撫でた。
そして二人は京へ向けて出立した。
そのすぐ後、信之と稲が居る室に二人で通された。
幸村と会っていた時と違い、妙に緊張してしまう。

「此度は申し訳なく…あなたの大事な妹を苦しめてしまい、本当に申し訳ない」

直政は信之に頭を下げた。
畳に額が付くくらい深く。

「直政殿。顔を上げてください。聞けば、あなただけでなくも勘違いをしていただけのようなので。私からは何もいう事はありませんよ」

「信之殿…」

直政は顔を上げる。

「これからもが面倒をかけると思いますが、よろしくお願いします」

信之が、の知るいつもの顔で言うので。は安心した。

「ただ。これだけはお忘れなく。再びを泣かせるような真似をなさった場合は本当に離縁していだだきますので」

「信之様」

笑顔で言い切ったので一段と怖さが増した。

「はい。ですが、もう泣かせるような真似はいたしません」

直政も言い切るので、としては照れ臭くはあるが嬉しくもあった。

「では。改めて。こちらこそ妹をよろしくお願いします」

今度は信之が直政に頭を下げたのだった。





本当はもっとゆっくりしていけばよいのだが、関東移住の件で忙しい中直政は飛び出してきたので、早く府中へ戻ることにした。
にしてみれば自分が親しんだ場所であるから直政にも知ってもらいたいと思うが、それはまた機会があればと思う事にした。
何より家康の事、家の事を優先しそうな直政が自分の為にここまで来てくれたのだから。

に会わせて貰えないのだろうと覚悟はしていた」

行きとは逆にのんびりと府中へ向かっている直政と
少しばかり無理をさせたからと馬には乗らず、手綱を引きながら歩いている。
直政はに乗るように言ったが、は直政の隣を歩くことを望んだ。

「それは」

「それぐらい信之殿も幸村殿もお怒りだと思っていたからな。は本当に真田で大事にされていたのだと改めてわかった」

「そうかも。二人とも私の大事な家族だって言ってくれるから」

勿論にしてもそれは同じ気持ちなのだ。

「私。信之様が好きだったの」

「は!?と、突然なんだ!!?」

直政が目を丸くする。

「過去形です。憧れていたんだけど、でもやっぱりお兄ちゃんだったのね、信之様って。それに、今、私の好きな人は旦那様だから」

「す、好きな人って」

「だって本当だもの。最初は夫婦っぽくなかったけど。ちゃんと直政様の事好きになっていましたよ、私は」

直政が迎えに来てくれたあの時、それをちゃんと伝えたかったのだ。

「………」

「直政様。ずっとお慕いしております」

はにっこり笑って直政の顔を見上げた。
直政は若干面倒くさそうな顔をするので、は軽く頬を膨らます。

「もう〜折角告白したのに」

「それは悪かった」

直政は小さく笑った。

「本当に思ってます〜?」

「思っている。俺もの事が好きだからな」

ふいに唇が重なった。

「っ〜〜。なんで、今ここでしますか!?」

真っ赤な顔をして抗議する
だけど、内心嫌ではないわけで。照れ隠しのようなものだ。

「したかったから。それだけだ。夫婦なんだ。別にいいだろう」

「そうなんだけど…なんか直政様が急に強気になるし」

「我慢は良くないとわかったからな」

直政は空いている片手での手を握る。
は口元を緩めその手を握り返した。

「直政様。改めて思いました。私、井伊家に、直政様に嫁いできて良かったです」

「そうか。俺も、嫁いできたのが、で良かった」

傍から見れば夫婦に見えないかもしれないけど。
素直じゃない二人だろうけど。
きっともう大丈夫なはずだ。
天邪鬼はどこかに消えて行ったのだろうから。





終わり

15/09/12
19/12/29再UP