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不得意残念。
「どうですか?さん。進み具合は」 「ん〜…まだ完成しないよ〜難しいね、本当」 今までやったことがないからとは項垂れる。 がしている事は現在九州へ遠征中の直政の着物を手縫いで仕立てている事だ。 当初は練習もかねて自分用の物をと思っていたが、直虎に「直政になんですね!」と嬉々として迫られたお蔭で直政用を縫い始めた。 別に嫌ではないが、まだまだ腕前が未熟な自分だから、下手な物を作って直政に飽きられたらと思うのが嫌だったのだ。 だが、人様に教わりつつこうして毎日ちっくり縫い続けている。 「焦らなくていいんですよ。直政の為にしてくれている事が私は嬉しいんです」 今までが世間一般の武家の奥様からかけ離れていただけに、自身は苦笑しか出ない。 「でもね。できれば旦那様が帰宅される前には完成させたいんだ、私は」 「何故ですか?」 「驚かしてみたいと思うし…」 「驚きますかね?直政は」 「あはは。驚く顔見た事ないね、そう言えば」 いつも淡々としているから。 「さん。無理はしないでくださいね。それで体を壊される方が私は嫌ですよ」 「そんな軟じゃないよ。大丈夫、ありがとう」 そうだ。今の自分には直政に変わって家を守らねばならないのだから。 「直虎様。お客様がいらっしゃいました」 「お客様ですか?」 直虎が呼ばれ、室を出る。 珍しいなと思いつつ、それが誰なのかは女中に問うた。 「本多忠勝さまでございます」 「忠勝さんが?何でしょうか…あ、はい、今行きます」 直虎は立ち上がる。 「さんも行きましょう。忠勝さんとお話したくないですか?」 「え、でも…小父様は直虎ちゃんに用があるわけだし…邪魔になったら」 「邪魔になんて思いませんよ。多分、直政の事だと思います。さんにも聞いて貰わないと」 直政の事だと言われて、少し緊張した。 「突然押しかけてすまない。直虎殿、も変わりないか?」 「はい」 「小父様もお元気そうで」 まだ現役である忠勝がそうそう衰えるようには見えない。 「家康様に新入りから報告が届いた。九州での遠征は無事に終わったようだ」 その言葉に直虎もも安堵した。 「ただ、奴は豊臣と島津の橋渡し役となってすぐには戻れそうにないようだ」 「そうなんですか」 「ま、と言っても、そう長くはかからないだろう。九州も豊臣傘下になったようなものだからな」 確実に天下は秀吉のものになっている。 「半月以内には戻ると思うぞ。家康様が早く二人に知らせてやれと。多分、新入りの事だ文など出してないだろうからな」 「はぅ〜残念ながら届いていないんですよね」 「まったく新入りもしょうがない奴だ」 忠勝は豪快に笑った。 自分の事を話題にされて、今頃直政はくしゃみでもしているんじゃないだろうか? 「四国、九州と平定され、残りは関東と東北か…まだまだ終わらんな」 「早く争いのない世になればいいですね」 その為にはまだまだ戦は続きそうだが、忠勝と直虎はしみじみ頷いている。 (秀吉様が天下統一なさったら…旦那様が戦に出る事はなくなるのかな…) 家康が治める地域で、家康の下で直政は働くのだろうと想像はつく。 その頃には直虎から家督を譲られて、井伊家の事で忙しくなるかもしれないが。 できる限りは手助けしたいとは思う。 「新入りがおらんで寂しいか?」 「べ、別に寂しくないです。義母上がいるんで、平気ですー」 一人大人しいに向けた忠勝。 は強く否定する。 「さんは今忙しいんですよ。直政の為に着物を仕立てているので」 「ほぅ。それは新入りが羨ましいな」 はあっさりばらされたことに赤面してしまう。 「ちょ!それは内緒にしてほしいんですけど」 「え?そうなんですか?」 「だって、失敗したら恥ずかしいもの」 「そんなに不安にならずとも。さん器用なんですよ、とってもお上手です」 「いやいやいや、そんな事ないんで…小父様!他の方には話さないでくださいね!家康様にもですよ!?」 傍から見れば恥ずかしがる必要はないかと思うが、にしてみればまだ出来上がってもいないのに、あれこれ言われるのは勘弁して欲しかった。 「わかった。殿にも黙っておこう」 元々お喋りな人ではないので、その辺は信用できるだろう。 「義母上もですからね。人様に言わないでくださよ」 一応直虎にも念を押す。 「はぅ〜わかりました〜」 「と言うより、すでに家康様にお話してませんよね?」 「していません!大丈夫です!」 「本当かなぁ…」 少々疑いの目を直虎に向けてしまうも、直虎の慌てっぷりには笑んでしまうのだった。 それから、半月以内になんとか完成させようとは毎日せっせと着物を縫った。 無理はしてはいけないと言われても、手の空いた時間に費やして。 でも残念なことに初めてだからなのか、中々思うようにいかないでいる。 (こんなことなら、もっとちゃんと習っておけばよかった…) 礼儀作法などはきっちり習ったものの、家事的なものは一切だったので、今頃になって後悔してしまう。 最低限の料理。握り飯や味噌汁ぐらいは作れるが、針仕事は情けない結果だ。 「いたっ!」 できなくて焦るからか、ここ最近針で指を刺してしまう回数が増えた。 「ふ〜…最悪だよ〜」 とてもじゃないが、直政が帰るまでに完成しそうになかった。 「さん!直政が帰って来ますよ!」 直虎の弾んだ声とは逆に、の気持ちは沈んでしまう。 あと半刻もしないうちに屋敷に戻って来るそうだ。 家康に報告してから戻ると連絡があったそうだ。 (間に合わなかったよ…) 少し前までは武家の妻として頑張ろうと思っていたのに。 最初の段階で躓いてしまったように感じた。 はかぶりを振って、急いで裁縫道具などを片付ける。 (着物はまだ完成しないけど…旦那様が無事に戻られた事が大事なんだから) 気持ちを切り替えようとは頷く。 そして。 「お帰りなさい」 「お帰りなさいませ、旦那様」 玄関で直虎と直政を出迎えた。 「只今戻りました、義母上。も変わりはないか?」 九州は遠い。行きもそうだが、帰りも大変だったろうに。 直政が疲れた顔をしているように見えた。 「特に何も。旦那様、先にお風呂にどうぞ。お疲れでしょうから」 「?」 どうぞ、どうぞ。と直政を風呂場へ向かわせる。 「おい」 直政が何か言いたそうであったが、強引に背中を押した。 「さん…」 はかぶりを振る。 「直虎ちゃん。内緒だからね」 結果的に完成しなかった着物。直政が戻って来た時に見せたならきっと驚くかな?と考えていた。 少しでも喜んでもらえるかな?などと淡い期待をして。 でもダメだ。 「ダメすぎるね、私」 手際の悪さが目立ってしまった。 直政が帰って来て数日。針仕事は上手く進まない。 気持ち的にも躓いてしまったようだ。 直政が出かけている今、少しは進めようと始めてみるも、物を見てため息しか出なかった。 (なんか…こことか、無様だよね…曲がっているように見えるし…) あと少しかな?と思っても、出来栄えに納得できなそうで。 これはこのまま渡さずにいた方がいいのではないか?と思えて来た。 (こんなの旦那様に着せられないよ…と言うか、着ないだろうなぁ…) いっそのことくしゃくしゃにして捨ててしまいたい気持ちになる。 手にした物を少し強く掴んでしまう。 「何か隠し事をしていると思えば…」 「だ、旦那様!?」 背後から聞こえた直政の声には驚きつつ、手にしていたそれを後ろに隠す。 「知らぬ振りをしていればよかっただろうが、それよりもお前のその態度が気になった」 「………」 「どうした?」 直政はの向かいに腰を下ろした。 流石に隠しきれない、誤魔化しきれないと思ったはおずおずと未完成の着物を直政の前に出した。 「……武家の奥さんなら…着物ぐらい縫えないとって聞いて…旦那様が戻られる前に完成させようと思ったけど、できなくて…自分の不器用さと手際の悪さが嫌になって」 見てくれが悪いものだと、本当は直政の前に出したくない。 は直政の顔が見られず、俯いてしまう。 「別に今すぐ完成させろとは思わないぞ、俺は。そんなに焦らなくてもいい」 「………」 「なんだ、それでは不服か?」 「少し…」 直政は小さく吹いた。 「なんだ、少しとは」 「…………だ、だって…本当は…旦那様を驚かせたいって気持ちがあったから…」 は叱られた子供みたいに唇を尖らせている。 「だったら、俺は九州に残っていた方が良かったか?」 「そういう事じゃない!」 は顔を上げた。 「じゃあなんだ?」 「………焦らず、コツコツ進めます」 ばつが悪そうなに直政は手を伸ばし頭を撫でた。 「癇癪を起こした子供みたいだな」 「どうせ餓鬼ですよ」 頭を撫でているから余計にそう感じてしまう。 「泣くかと思った」 「泣きません!」 そこまで子供ではないとは言いたかったが、それよりも直政の言葉の方が早かった。 「泣いてもいいんだが、別に」 「………え?」 「…は何度か泣きそうなのを我慢していただろう?別に我慢する必要はないと思うんだが」 「そ、んな事は…」 絶対に泣き言は言うものかと踏ん張るつもりではあった。 それは嫁ぐときに決めた。 でも、ここでの生活は想像以上に悪いものではなかったから、直政の言うような我慢などしていたとは自分では思っていない。 我慢というか、悟られまいとしていた事は幾つかあったが。 「世間から…傍から見れば俺はいい良人と言えるかわからん。いや、寧ろダメな良人だろうな。それでもちゃんとの事は支えようと思っている」 「旦那様…」 「だから、俺の前で我慢する事はないぞ」 そう言った後、直政でも照れがあったのかの鼻先をキュッと軽くつまんで苦笑した。 「旦那様〜?」 「はは、悪い」 は小さく息を吐く。 直政は自分をダメな良人だと言った。 嫁いだばかりの頃ならば「まったくだ」と頷いたかもしれない。 口を開けば小さな争いを起こしてしまって。 だが、今ではそう悪く思わない。 直政なりにを気遣ってくれているのがよくわかる。 (私の方が…ダメだと思う…旦那様に隠している気持ちがあったのだから) それを理由に井伊家に嫁いだ。 今頃になって後ろめたさを感じているのだろうか? だからと言って、その隠したものを直政に言う話ではないのだ。 「そう言えば、九州で変な奴に会った。島津の者で、戦った相手なんだが…戦の後は人の後をちょろちょろ着いてきたな。好敵手がどうとか…」 「お友達になったの?」 「友?」 友と言われて直政は変な顔をし考え込んだ。 「ねぇ、旦那様」 「ん?」 「もっと話しを聞かせてほしいな。九州ではどんなことがあったの?」 少し暗い穴に落ちそうになったけど、直政の何気ない言葉にそれは消えた。 今は少しでもいいから、些細な事でもいいから直政と話がしていたいと思った。 「そのお友達になった方の事とか知りたいな」 「いや、別に友だとは…あ、俺の事より、はどうなんだ?俺がいない間の話を聞かせてくれ」 「じゃあ、順番ね。私も話すけど、旦那様もちゃんと話してよ」 「わかった」 まずは出しっぱなしの裁縫道具を片付けよう。 そしてお茶と菓子を用意して、しばし直政との会話を楽しむのだ。 着物はもう少し時間がかかるが、焦らないでやろうと決めたからいいのだ。 15/05/21
19/12/29再UP
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