二人で。



ドリーム小説
毎日ではないが、七日に一度か二度。
は直政と外に出かけるようになっていた。
直政が忙しいのもあるから、一緒に出掛けられるだけでも良しだと思える。
ただ、遊びに出かけると言うより、散歩に近い感じだ。

そんなある日の事。

「どこか行きたい場所?」

直政に尋ねられた。

「どこかって言われても…今は観たいお芝居もないし…」

は小さく唸る。
そもそも、直政と出かける場所も近場が多い散歩感覚なので特定の場所などあまり考えた事はない。

「急にどうしたの?旦那様」

「………その、なんだ…」

誰かに何かを突かれたのだろうか?
いや、直政の周りには茶化して突くような性格の者はいない。
これが真田の話だった場合、くのいち辺りなのだが。
直政は短めのため息を吐いた。

「家康様に命じられて九州に行くことになった」

「九州!?え?左遷?」

直政はの額を軽く叩いた。

「違う。それにあの地はいまだに大名同士の争いが起こっている。それを治める為に秀吉が軍を出すそうだ」

「ふーん」

「家康様は秀吉に命じられて徳川からも軍を出してほしいから、それを俺に…なんだ?何を笑っているんだ?

真面目に説明をしている直政に対し、は口を手で隠し笑っていた。
そんなを見て直政は顔を顰めるので、はちゃんと理由を話す。

「だって、家康様って呼ぶのに対して、秀吉様の事を呼び捨てしているんだもの、旦那様は」

「………」

「一応、家康様の上司にあたるんじゃないの?秀吉様って」

一度家康と秀吉は織田家の後継を巡って争った。
戦は徳川が勝ったものの、秀吉からの申し出で家康が協力する形となった。
一応臣従した事になったのだが、直政にはそれが不満のようだ。

「ご本人を前にしてそんな口の利き方をしたら大変だよ〜?家康様にもご迷惑がかかってしまうよ」

「そのようなヘマはしない」

腕を組みふんぞり返る直政。

「とにかく。しばらく九州に遠征で行くことになった」

「はい。わかりました」

九州は遠い。
しかも戦をしに行く。
今の九州は聞けば島津家がどんどん勢力を増しているそうだ。
そのうちの大友家が島津に対抗していたが、苦戦を強いられ秀吉に援軍を頼んできたのだ。
それは大友家が秀吉に臣従するという事で、秀吉にしてみれば天下統一への更なる一歩になるのだ。

(……そう言えば、少し前にユキさんが四国に行ったって文が来たっけ)

人質として真田を出た幸村。
人質と言っても生活は悪くないらしく、友もできたと文が届いた。

「だから……行く前に、の希望があるならどこかに連れて行ってやろうかと思った」

直政は家を空ける事になり、を気遣ってくれているようだ。

(そっか…家康様から頼まれれば旦那様は断らないし…)

少しばかり照れ臭い。
自分を気遣ってくれる優しさを知ってしまったから。
そう言ってくれるならば、は真面目に考える。
行きたい場所を。
観光名所的な場所はまだわからない。
その辺はいつでも行けるだろうし、長くは行けないだろう。
だけど。

(あ…ひとつだけある)

行ってみたい場所が。

「い、いつ出立するの?」

「明後日だ。だから、明日ぐらいしか時間は取れない」

「………そっか…明日一日…」

いや、一日も無理な気がする。
直政にも出立の準備があるから。
それだとが行きたい場所は無理だろうと考える。

「今回はいいよ。旦那様が帰って来てからで。そしたらいつでも行けるだろうから」

我慢した方がいい。
直政の出立に影響が出ても困る。
だから時間ができた時の方がきっといいはずだと。
だけど。

「それで?どこだ。そこは」

「え?」

「どこに行きたいんだ。ちゃんと言え」

「………」

我がままを言ってもいいのだろうか?

「………」

ちらりと直政の顔を窺ってしまう
直政は急かす事もなくの答えを待っている。

「………うみ…が見たいです」

「海?」

は頷く。

「今まで見たことがないわけじゃないけど…信州に居た頃は見られる機会はなかったから」

湖などは何度か見たことはある。

「海か…」

可笑しな答えだっただろうか?子供じみた答えだっただろうか?
直政の期待するようなものではなかったかもしれない。
そう思うと、自分の答えを引っ込めてしまいたくなる。

「あの、やっぱり」

「わかった。海だな。行けない場所でもない。明日行こう」

「旦那様…いいの?」

「あぁ。馬で行けば、半刻もかからないだろう。そんなに難しい場所でもないから大丈夫だ」

「ありがとう!旦那様」

は素直に喜んだ。
これには直政は少々驚いたようだが、すぐさま小さく笑んだ。





は自分でも珍しく早起きをしてお握りを用意した。
ちょっとした弁当だ。
まだ夜明け前であるのに、目が覚めた自分がすごいと思った。
だが、それ以上に驚いたのは直政の行動だ。

「行くぞ、

「え?もう?」

「早い方がいい」

弁当の準備ができたところで行こうと言って来た。
直虎ですらまだ寝ている時間。
家人には出発を告げ騎乗の人になる。

「大丈夫だ。怖くない。しっかり捕まっていろ」

「う、うん」

一人で馬に乗ることはできないので、直政の後ろに乗せてもらう。
二人分で馬に負担かと思うと申し訳ない。
真田に居た頃、甘やかされていたのか、馬だけは乗せて貰えなかった。
直政の腰にしっかりと腕を回す。
真っ暗な周囲に多少恐怖はあるが、どこかワクワクした気持ちになった。

直政の馬は家康から頂いた栗毛の名馬だと言う。
直政はかなり愛着があるらしく、そんな馬に乗せて貰えたのはすごい事かもしれない。

。寒くはないか?」

「大丈夫」

「そうか」

時折直政が気遣ってくれるのがくすぐったく感じつつも嬉しく思う。
そうしているうちに到着したらしい。
松林が沢山茂っている。
でも、潮の香がの鼻を霞める。

「まだ薄暗いね」

馬を一本の松へと繋ぐ直政。

「日の出前だからな。日の出前に着けて良かった。が寝坊しなかったからだな」

「えぇ?何それ」

あぁ、波の音が聞こえる。

。こっちだ」

腰を下ろせそうな場所があったので、二人で並んで腰かけた。
しばらく待つと、段々明るくなり始める。
水平線から眩い光が出始める。

「うわ。なんか感動しちゃうなぁ」

「そうか?」

「特別なことではないんだけど。そうそう毎日見られるわけではないし。あ、海沿いに住めば見られるけど」

どこかで神聖視してしまうのかもしれない。
例えば元旦に見る初日の出など。

「なんとなく季節ごとに見え方が違うのかも」

「そうかもな」

少しだけ肌寒いから、お互い鼻先が赤くなっているのもなんとなくいい思い出になったように感じる。
しばし日の出に見惚れ時間を忘れてしまいそうだ。
静かな中で聞こえる波の音。
やはり信州で見た湖とは断然違う大きな果てしない海。
湖は湖で神秘的な部分も持ち合わせているから嫌いではない。

「うみにおふねをうかばせて いってみたいな よそのくに」

「なんだ?急に」

が言いだした。と言うより歌いだしたことに直政は驚く。

「ごめん。なんか急に子供の頃に歌ったのを思い出したの。でね、いまの歌詞の部分が好きだったのを思い出した」

「四国や九州なら船で行けるだろうが」

「ううん。もっとだよ、もっと遠くの国だよ」

「もっと?…南蛮とかか?」

「うん。イスパニアとか…本当に遠く!」

「そんな事を考えているとは思わなかったな」

子供っぽいと思われているだろうか?でも単純に小さい頃思った事なのだ。
今ではあまりそう思うことはなくなったが、海を見ていたらふと湧いた事なのだ。

「ガキっぽいとか思うでしょう?それか…女の子らしくないとか」

「いや、そんな風には思わない。良い事じゃないか」

「そう?旦那様がそう言ってくれるならばいいや」

不思議だと思った。
こんな話、真田に居た頃はした事もなかったのに。

「あ。旦那様、お腹空かない?お握り用意したから」

「あぁ、いただこう」

ほとんど家事はやらないだが、お握りはしっかり用意できてよかった。
包みを開いて、お握りを差し出すと、直政は戸惑うことなく一つ手に取り食べてくれた。

「どうかな?」

と言うより。ただのお握りだから感想なんてないだろうと思うが。

「いいんじゃないか」

「本当?」

「ああ。中々贅沢だな、これは」

誰もいない浜辺で広大な海を眺めながらの食事なんて。
もお握りを手に取り食べる。
本当、のんびりと贅沢だと思いながら。

「しばらく家を空ける。義母上の事頼むぞ」

「うん。…あ…」

「どうした?」

「頼まれても、実際私の方が直虎ちゃんを頼ってしまいそうだなって」

事実、井伊家の現当主は直虎だ。
何かあっても守られていそうだ。

「それは否定できないな。仕方ない、義母上によく頼んでおこう。の面倒を見てくださいと」

「もう。面倒ってなに?ひどいなぁ。旦那様は」

お互いに笑ってしまう。
こんな風な時間は意外にも初めてではないかと思える。

(少しは旦那様と距離は縮まったよね。良かった)

不純とも言える動機で井伊家には嫁いできたから。
直政が良人で良かったと今思える。

それからしばらくして二人は府中に戻った。
二人して早くに出かけていた事に直虎はとても驚いていた。

「旦那様。今日はありがとう。私の我がままを聞いてくれて」

「我がままだとは別に思わない。最初に俺がに行きたい場所があるか聞いたのだからな」

「そうなんだけどさ…別に九州から戻って来てからでもいいと思ったから私は」

「それではいつになるかわからないからな」

戦が一日二日で終わるようなものではないから。
万が一怪我でもして帰って来ようものならばそれどころではないだろう。
ただ直政に怪我などしてほしくないのだが。

「それでも、私は…」

「ならば、また行こう。いつでも連れて行ってやる」

二人で。

「うん。約束だよ?旦那様」

「あぁ」

そして翌日直政は家康の命で九州へと出立していくのだった。







15/04/25
19/12/29再UP