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嫁姑旦那問題。
その日。珍しくは考え事をしていた。 「どうかしたんですか?さん」 「………」 無言でジッとしているに直虎が様子をうかがうも、は反応しない。 「はぅ〜さん!もしかして具合でも悪いのですか?それともまた直政が何かしでかしたんですか!?」 直虎はこうだと思う理由を一つ上げてはどうしようと慌てている。 「義母上。なんです?騒々しいですが」 義母の騒ぎに気づいた直政が顔を出す。 「直政!そこにお坐りなさい。あなたはまたさんに何かしたのでしょう!?」 「は?」 「早く!」 「は、はい」 直虎に言われて直政はその場に正座した。 「なんでもいいから、さんに謝るんです」 「なぜ?」 「あなたが謝れば済むことですよ」 「はぁ…」 直虎の頭には、の様子が変なのは直政の所為に違いないと思い込んでいる。 また。などと言われるのは直政には心外だろう。 「……。何があった?……」 直政は一応に問うも、そうじゃない。と直虎に睨まれる。 仕方なく、直政は詫びを入れた。 「すまなった、」 「………くっ…フフフ…」 「「?」」 「なんで、旦那様が謝るの?可笑しい〜私何もされてないし」 は腹を抱えて笑いだす。 「、さん?…直政が悪いわけではないんですか?良かったぁ」 「………」 直虎は安堵するも、直政はムッとする。 「いたい。旦那様、痛い!」 ムッとした直政はの頬を抓った。 「お前のその態度に義母上が心配したのだぞ。しかも、俺は意味もわからず頭を下げて」 「こら、直政!」 「………まったく」 直虎に叱られて直政は手を離した。 「ごめんなさい。いやぁ、なんか、ちょっと考え事をしていただけで、そんな大袈裟になるとは思わなくて」 抓られた頬を摩りつつもは素直に詫びた。 「考え事?」 「うん。ま、大したことじゃないよ」 「それは直政の事ですか!?最近の直政はさんの良人としてよくやっていると思いますが……決して他所で女を作るような不誠実な子ではないですから!!」 直虎の言葉に直政は肩を落とす。 「……義母上…」 義母は自分をどう思っているのだろうと。 「違うよ。そんな事考えていないし…まぁ、旦那様が妾でもこさえてもそれは仕方ないっていうか」 「な!?!!?」 妻がそんな事を平気で口にするとは直政でなくても驚くだろう。 「いやいや、その話は置いといて〜」 「置いておかれても困るのだが」 「まぁまぁ。私が考えていたのは、嫁姑問題だよ」 「え?」 嫁姑問題? 「わわわ私はさんに何かしたのでしょうか!?」 「していないよ」 「ならば何だ?」 親子は困惑する。 「いやね。普通よくある話でしょ?怖いお姑さんにいびられる嫁って」 「そうなのですか?」 「らしいよ」 特に武家では怖いと言うか、厳しいお姑さんが多い。 家を守る為というのが第一にあるだろう。 の勝手な想像でもあるのだが、隅々まで掃除をしていないと。 埃を人差し指でスッと取って。 「さん、あなたは掃除も満足にできないのかしら?とか嫌味を言われたりさ」 味噌汁を作っても。 「こんなしょっぱいもの飲めますか!?私を殺す気かい!?みたいな?」 例え話を聞かされた二人はさらに困惑してしまう。 「え〜…私にそんなお姑さんになれと言うんですかぁ?」 しょんぼりしてしまう直虎には慌てて弁明する。 「違うよ〜そうじゃなくて。直虎ちゃんがそう言うお姑さんじゃないから良かったなぁって話」 「え?」 「私達、仲良しさんじゃない?まぁ…他所から見れば嫁姑に見えないかもしれないけど。私は直虎ちゃんがお姑さんで良かったなぁって思うの」 誰が好き好んでいびられたいと思うだろうか? 自分は割といい環境で暮らしているなとしみじみ考えていただけだ。 実際、は家事をすることはほとんどない。 ちゃんとしてくれる家人が居る為に…。 「そんな…さん!私の方こそ、さんが直政のお嫁さんになってくれて嬉しいです〜」 「ありがとう!直虎ちゃん!」 お互い強く手を取り合ってしまう。 直政にしてみれば一人だけ場違いな感じだと思える。 「まぁ、そんな風に思うと。本当私って良いところに嫁いだなぁって思うわけで」 「本当ですか!?」 「本当だって」 「良かったですね、直政」 目を輝かせて自分を見る義母に直政は口角を引きつらせるしかなかった。 「はぁ」 「あと…もしかしたらの話なんだけど」 「まだあるのか…」 どうせくだらない事だろうと直政は嘆息する。 「この先、旦那様が側室でも作ろうものならば、私はその人と旦那様を取り合うような戦いを繰り広げるのだろうかと…」 「はぁ?」 至極真面目に言いだすに直政は呆れる。 「はぅ〜それは私も経験がないのでなんとも言えませんねぇ他所様はどうなんでしょうか?」 直虎は未婚であり、結婚生活を知らない。 以前婚約者がいたとかいないとかという話があるが、祝言を挙げるまでには行かなかったらしい。 「義母上…」 何故に直虎も真面目に考えるのだと直政は思う。 「あ、でも。よく聞く話では、旦那様が女好きだから側室を増やしちゃう話と、正室と不仲だから側室に求めちゃう話とか、跡継ぎ問題とか?」 「はぅ…どれも嫌な感じですねぇ」 「あとは…同盟の為とか。いずれ、側室ができた場合を考えると…」 「私は何があってもさんの味方ですよ!」 「本当?心強いなぁ」 二人で何を話しているのだろうか?と直政は頭が痛くなる。 「まったく…ダメだ、ダメすぎる。義母上もも」 「旦那様?私は至って真剣なんだよ?」 「そうです。さんにとって大事な事ですよ」 直政はかぶりを振る。 「勝手な憶測で物を言わないで欲しいのだが…俺に側室だとか、他所で女を作るとか」 「でも、この先はわからないよ?」 「はぁ…馬鹿馬鹿しいとしか俺には言えん」 直政は話は終わりだと室を出て行ってしまった。 「旦那様を怒らせちゃったかなぁ…ただの戯言みたいなものなのに」 直虎は苦笑する。 「根が真面目な子ですから」 「まぁ、この手の話は男性が聞いたら楽しめないかなぁ」 真田でもそうだろうなと思う。 幸村辺りは頭を抱えて悩みそうだし、信之は笑っていても軽く説教が始まりそうだ。 気軽に乗ってくれそうな御仁はいないだろう。 「しょうがないなぁ」 も立ち上がる。とりあえず、直政のご機嫌を直そうと出かける事にした。 「あ〜ほんのちょっとのつもりが随分長居しちゃったんだなぁ」 は外に出て星が出始めている空を見て言った。 「どれ、殿。屋敷まで送ろう。直政にはわしから話をしようではないか」 「いいんですよ、家康様。元々は私が旦那様のご機嫌を損ねたんですから」 はちゃっかり家康といた。 本当は何か直政が喜びそうなものでも探そうと外に出たのだが。 出た先で、偶然家康に声をかけられたのだ。 彼は鷹狩りの帰りだったようで、料亭で食事をしていた所、歩くを見つけ呼び止めたのだ。 少し話でもしようと誘い、も少しくらいならばと世間話を楽しんでいたのだが、楽しすぎて時間があっという間に過ぎてしまった。 「しかし、直政に叱られてしまうだろうに」 探そうとしていた土産も見つかっていないのが現状だ。 「家康様が出ては、旦那様は何も言えなくなっちゃいますからいいんです」 「それでは殿が直政に叱られてしまうだろう?」 「はい。悪いのは私ですから」 「ふふっ…いや、しかしあの話は中々面白いとわしは思うがの」 直政の機嫌を損ねた話を、は平然と家康にしていたのだ。 ま、家康の方から直政はどうした?と聞かれたので今はこういうわけです、とが話したに過ぎないが。 「家康様。大物すぎますよ?それにご自分が奥様にそんな話をされたら嫌じゃないですか?」 「はは。さぁどうだろうな。わしにはすでに側室もいるゆえにな」 しかもかなり多くも。 それに関しては色々な理由もあるだろうからが口に出す事はないわけで。 「直政も真面目すぎるからのぅ」 「やはりそこですか?義母上様も同じことを仰っていました」 真面目で不器用というのが、最近が思う直政だ。 でも悪い人ではないから、嫌いではない。 「さ。殿。せめて屋敷までは送らせてくれ。そなたに何かあっては直政に顔向けができぬ」 「大袈裟ですよ、家康様。私の方が恐れ多いです」 「そうです。家康様のお手を煩わす事などないですから」 いつの間にか直政が店先で立っていた。 「だ、旦那様」 「直政。すまなんだ。わしが殿を引き留めたばかりに」 「いえ。が家康様にご迷惑をかけている方が申し訳なく思いますので」 自分の嫁に対して割と失礼だなとは思うも、この人が家康第一なのは今に始まったことではないのでしょうがない。 「家康様も早くお戻りくださいませ。皆が心配しております」 「ん。そうか」 家康のお付きが馬をひいてやって来る。 家康は馬に跨ると、に笑みを向けた。 「ではな、殿。またわしの話し相手になってくだされ」 「こちらこそ。私で良ければいつでも」 「直政。仲良くやるのだぞ」 直政は頭を下げる。 それを見届け家康は帰っていった。 「………」 まだ機嫌でも悪いのかなとは少し心配になる。 中々戻らないを心配して、直虎が無理やり外に出したのではないかと思い。 「帰るぞ」 直政が歩き出す。 「は、はい」 は慌てて後を追う。 「えと…旦那様はどうして場所がわかったの?」 「半蔵殿が知らせてくれた」 「あ〜」 主君に迷惑をかけては困ると重い腰を上げたのだろうな。 (…気まずい…自分で蒔いた種だけど…) 相変わらず直政の考えている事がよくわからないから。 わかりやすい事と言えば、直虎、家康第一。という事か。 (でも、結局…ご機嫌直しのお土産は手に入らなかったし、どうしようかなぁ。旦那様には単にふらふらしていると思われただろうし) 主君に面倒までかけて世話が焼けるとか思っているのだろう。 「あの、旦那様…昼間は」 「俺は側室など要らない」 「は?」 「お前を相手にするだけで手一杯だ」 「………」 「ぼやぼやするな。帰りが遅くなると義母上が心配なさる」 そう言って、直政はの手を握る。 「旦那様から見て、私は相当手のかかるお子様なのかな?」 妹のように見られているだろうなと以前思ったが、それよりも格下げになった気もする。 「何を言っているのだ、は。お前は俺の妻だろう?」 は瞠目するも、すぐさま笑う。 「うん。そうでした」 「まったく…どうでもいいが、あのような話を他所でするんじゃないぞ。恥ずかしい」 「………」 が目を逸らす。 「…お前まさか…」 「えへ。家康様にお話しちゃった」 「ダメだ、ダメすぎる…」 「だって〜」 井伊家の馬鹿馬鹿しい部分を主君に話す事などあるだろうか? だから帰り際に家康に「仲良く」と言われたのか。 あぁ、恥ずかしい。 「でも、本当にこの先わからないじゃん。旦那様に側室できるかもしれないし」 「まだ言うか」 「だって、旦那様カッコイイから。相手がお嫁さんにしてください!って言うかもしれないでしょ?」 「な…」 「もしそれが家康様の娘様だったら断れないくせに。最善を尽くすんでしょ?」 「だ、だから。俺は、今のままで十分だ…だけでいい」 傍から見ればくだらない会話かもしれないが、この夫婦にはちょうどいいのかもしれない。 現に繋いだ手は解かれる事はなく歩んでいるのだから。 ちなみに「良人」とは旦那さん、夫のことです。
15/04/12
19/12/29再UP
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