いまのところ。



ドリーム小説
「新入り。お前との夫婦仲はどうなのだ?」

本多忠勝から心配だともとれる言葉を言われてしまった直政。

「…忠勝殿。余計なお世話です」

「まぁそう言うな」

忠勝は苦笑する。

「別に…悪くはないと思いますが」

「だが。良くもないとも聞こえるな」

「………」

確かに。実際はそうなのかもしれない。
見透かされていると思うと何も反論できない直政だった。





(周りがどう言おうが関係ないはずだ)

直政はそう思っている。
他所様の夫婦仲など直政自身どうでもいいわけだし。
首を突っ込む理由もない。
が周囲に「あそこの夫婦は仲が良くて羨ましいわ〜」みたいな事を言っていたならば、自分に非はあると認め、何かしらの努力はするつもりだ。
だが、別段がここに不満を持っているようには見えない。
武家同士の結婚だからと割り切っているように見えるからだ。

さんは寂しいんですよ!」

たまに義母直虎にそんな事を説教されてしまう。
確かに慣れ親しんだ場所から遠く離れた地へ嫁ぐのは不安などもあろうが。
毎日泣いて暮らす様子もないし。
寧ろ、一人でフラフラどこかに出かけて楽しんでいるように見える。

が嫁いでまだ二月。
何を慌てる必要があると言うのだろうか?

「早う義母上に孫の顔を見せて安心させたいのではないか?」

「い、家康様…」

今度は主君家康に言われてしまった。

「お主もそろそろ家督を継ぐだろう。そうなれば周りは嫌でも跡継ぎを期待するだろう」

「はぁ…」

「それよりも、まだ奥方と仲睦まじく過ごして居たいか。そう思うのも無理はないな」

家康に豪快に笑われてしまった。
別に仲睦まじいわけでもないし。
ふと思う。家康は今でこそ子宝にも恵まれ、側室も数人いるが、正妻と長男を信長によって殺されたようなものだったと。
正妻もかなりの性格だったらしいが、やはり色々思う事はあるだろうにと。





「いよっと!到着ぅ〜…って、半蔵の旦那。別に悪さなんてしないっすよ、あたし」

井伊家の庭に珍しい御仁がやって来た。
家康に仕える忍び、服部半蔵と真田の忍びくのいちだ。

「…気にするな…」

「気になるっすよ〜あたしは信之様のお使いで来ただけなんで。まったく忍び使いの荒い人達だよ〜」

「なんなんだ、一体?」

直政は庭でそんなやり取りを繰り広げている二人を見つけ顔を出す。
くのいちはスッと膝をつき、姿勢を正す。

「お初にお目にかかります。主より奥方様への贈り物を届けに参りました。突然の来訪お許しくださいませ」

「主…」

「あれ?くのちゃん!?」

ひょっこり顔を出したのは
すると、畏まっていたくのいちの表情も晴れたように変わった。

ちん!久しぶり〜元気してた!?やっぱり、ちんがいないと寂しいよ〜」

「元気だよ。文にもそう書いたでしょ?何の不自由もないよ」

お互い駆け寄って手を取り合って喜んでいる。

「どうしたの?今日は」

「そうそう。信之様からちんに贈り物だよ〜あ、正しくは昌幸様や幸村様からもあるよ」

上がらしてもらっていい?とに問うくのいち。

「旦那様。良いですか?」

「あぁ」

直政の許可を貰い、はくのいちを中へ招く。

「怪しい動きはないとは思うが…」

半蔵はくのいちの気配に気づき追って来たらしい。
本来ならば気配を消してくるはずのくのいちが、堂々とここへやって来たので怪しんだのかもしれない。

「実家からの贈り物とはいえ、相手はあの真田…」

「またまた、半蔵の旦那は疑り深いなぁ〜そんなんじゃ信之様に嫁いだ稲ちんが悲しむよ〜」

「ぬ…」

カラカラと笑うくのいち。
一応、可笑しな真似はするなとくのいちに警告はして消えた。

「で。信之様さまからって?」

「んとね。あ、その前に。井伊直政様。これは主から預かって参りました、文でございます。どうかお受けとりくださいませ」

くのいちは今一度畏まり、直政に一通の文を差し出した。

「俺に?」

直政は文を受け取る。

「でねでね、よっこらせと」

くのいちは背負っていた荷物をおろし、広げていく。
一つ一つ説明を受けているは、嬉しそうに一つ一つを手に取っていく。
そんな様子を眺めながら直政は主からだという文を広げ読み始めた。

(…真田、信之…)

戦で数回顔を合わせた事はある男で稲姫が嫁いだ相手。
主というので、てっきり真田昌幸からのものだと思っていたが、まさかの信之からだった。
実際、くのいちは真田家に仕えているものの、どちらかと言えば弟幸村に従っている事が多いらしいが。
内容は丁寧にの事を頼むと書いてある。



の行動にはいつも驚かされることばかりで、まさか此度も自分から嫁ぐと言いだすとは思いませんでした。
直政殿も手を焼かれるかと思いますが、根は素直でとても愛おしいと思える娘です。
もう我々の手を離れ、を守ることはできません。
これからはどうぞ直政殿がの事を守ってくださるよう、よろしくお願い申し上げます。



(愛おしいと…普通書くだろうか?)

もっと他に表現はなかったのかと直政は思えてしまう。
ただ、真田では大事に育てられていたのだろうという事は想像がつく。

(守るか…)

信之に頼まれたわけではない。
そのような事は言われずともそうしている。
何分、そうは見えないだろう事と、直政自身が今はそんなに深く考えていないだけだ。
井伊家を守ることがを守る事に繋がっていると考えて。

そう言えば、が井伊家に初めて来たとき。
つまりは祝言を挙げた時。
第一印象は変な女。だったと覚えている。
言葉遣いは武家の娘とは思えない軽さに、行動も物怖じしない奔放さ。
それどころか、義母である直虎に対しての礼儀の無さ(直虎は気にしてはいないが)に呆れたものだ。
そうして直政とは口を開けば軽い言い争いになっている。
本当に手の焼ける奴。
今ではそんな印象を持っている。
そんなの性格だから、家康だけでなく、忠勝も気安く接しているのかもしれない。

(…俺が随分時間がかったのに対して、はあっという間だったな…)

それが信之の言う愛おしさに繋がるのだろうか?

「旦那様。くのちゃんが渡した文は昌幸様から?昌幸様もお元気ならばいいのだけど」

が一人離れて文を読んでいた直政に近づき声をかけた。

「いや、信之殿からだ」

「信之さま…?なんて、書いてあったの?」

「お前には手を焼くだろうと」

「何それ、失礼だなぁ、信之さまは」

は眉を寄せて苦笑している。

「私、信之さまに面倒かけてないのになぁ」

が勝手にそう思っているだけだろう。信之殿が苦労なさっているのが目に浮かぶ」

「旦那様、ひどい」

は頬を膨らませる。

「面倒なんてかけてないよ、本当。良い子でいたもん…」

?」

その時のの表情に引っ掛かりを覚えた直政。

、お前「あ。そうそう、旦那様も見てよ。贈り物の中に旦那様にも合いそうなものあったよ」

来てくれと直政の手を曳く

「あ、あぁ…」

いつもと変わらないだが、微かにだがそう見えたのだ。

(泣くんじゃないかと思った…)

実家が恋しくなって悲しくなったのか?
それは直虎によく言われることで、直政にはどうしようもない。
慰めると言っても、どう伝えていいのかわからない。
なるようにしかないかと。

「くのちゃん。今晩どうするの?すぐ帰っちゃう?」

「まぁ、普通はそうだと思うよ」

「ユキさんにすぐ帰れとは言われていないでしょ?」

「言われてはいないけど〜」

「じゃあ、今夜は泊っていきなよ。すぐ戻るなんて疲れちゃうでしょ」

はくのいちの手を取る。

「あたしは一応忍びだから、そんなん気にする事ないんだよ?」

「忍びかもしれないけど、それはそれ。くのちゃんは私の友達でもあるもん。ね?旦那様、いいでしょ?」

「まぁ別にいいが」

「ほら!旦那様のお許しも出たから遠慮しないで、くのちゃん」

「にゃはは〜どうしようかにゃあ」

くのいちは困っているようだ。
半蔵に危険視されているから余計な疑いをもたれないようにしているのだろうか?

「あなたが居てくれるとが喜ぶ。ならば遠慮なく寛いでくれ」

自分でも驚くような言葉が出たと思った。
それはも思ったようで瞠目している。

「え、っと。うん、くのちゃん。いいでしょ?」

少しだけの頬に赤みが増した。

「ありがとう。ちん。でも、泊りは遠慮するよ、少しだけ休ませてくれればいいから」

そう言ってくのいちはの手を握り返した。



「んじゃま。お邪魔様でした。ちん、元気でね」

本当に少しだけだった。
と積もる話もあるだろうに、くのいちは十分体を休めたからと言い出立しようとしていた。
直政とはくのいちを見送る為に外い出た。

「遠慮なんかしなくて良かったのに。旦那様だって良いって言ってくれたんだよ?」

は引き止めたいのか、くのいちの手を取り離さないでいる。

「本当はゆっくりしたいところなんだけどね。そうも言っていられないんだ」

「え?任務の途中だったの?」

「ううん。そうじゃないよ」

くのいちは逡巡したのち、口を開いた。

「あのね、ちん。真田は改めて豊臣の傘下に着いたんだよ」

がまだ真田に居た頃は、信州を収める一大名だった。
周辺国との争いに小さいなりに対抗し、領地を守っていた。
徳川と対立していた時に、豊臣や上杉の援軍があったようだ。

「その為に幸村様が豊臣に行くことになったんだ…」

「え?それって、どういう…」

「人質か」

直政の言葉には直政の顔を見上げた。

「人質?」

の顔が曇るも、直政は小さく笑い、珍しくの頭を撫でた。

「人質と言っても、そう悪いものではない。相手への忠誠の証ではあるが、客のようなものだ。人質の能力が高ければそれだけの待遇はされる。真田幸村ならば秀吉は悪くはしないと思うぞ」

もっとも。差し出した側が裏切るような真似をすれば人質は処罰されてしまうのだが。
それでもには直政の答えに安心したようだ。

「そっか。ユキさんならば大丈夫かな…あ、じゃあくのちゃんもユキさんに着いていくんだ?」

「うん。あたしは幸村様に拾われたようなものだからね」

武田家滅亡の時、武田の忍びだったくのいちを幸村が真田に仕えないかと招いたのだ。

「ま。だから早く戻って幸村様のお供をする準備があるんだ」

元々は荷物などはないがやる事は沢山あるらしい。

「それなら今回は見送るよ、くのちゃん」

「ありがとう、ちん。じゃあ、またね」

「うん」

がくのいちの手を離すと、彼女は数回手を振って笑顔を見せてから姿を消した。

「……そっか、ユキさんも離れちゃうんだ…」

寂しそうに呟く
ユキさんも。
というのは、自身も離れた事を意味しているのだろう。

「泣くか?」

「な、泣きません!」

直政の一言には直政を睨んだ。

「そうだな。お前に泣き顔は似合わないだろうな」

戻るぞ。と直政は踵を返す。

「え?あ?旦那様!?」

は小走りで直政の後を追った。

「明日…」

「はい?」

「明日、時間がある。どこか行くか」

「え?」

「どこか行きたい場所でも考えておけ」

の答えを聞かずに直政はスタスタと屋敷内へ入っていった。

(いつか、信之殿のように思う日が来るのだろうか?…わからん)

の事を愛おしいと思える日が。








15/03/29
19/12/29再UP