|
残念な旦那。
が直政に嫁いでから、早二月経った。 井伊家での生活も慣れたと言えば慣れた方だ。 それは義母直虎が強い味方で居てくれる事が大きいかもしれない。 肝心の直政とは夫婦と言えるのか微妙な関係だ。 どちらかと言えば、妹の面倒を仕方なく見る兄。のような感じだ。 ある意味真田に居た頃と変わらないような気もする。 下世話な話だが、夫婦としての営みなんぞないのだから…。 (女としての魅力ってのがないのだろうなぁ…私って) がっつかれるのも嫌だし、直政がそう言う性格でもないのはわかる。 どちらかと言えば馬鹿真面目に近い。 だから、まぁ今はいいかと思える。 だが子供でもできれば、自分の意識は簡単に変わるんじゃないかと思える反面、ちゃんとした夫婦なのにどこかで罪悪感を感じてしまうのではないかとも思った。 それは誰に対して?と考えるも、誰にも言葉にできない事だ。 (それに…直虎ちゃんみたいな人が傍にいたらねぇ…) 義母直虎の方が女性として魅力的だと思う。 肉体的にも性格的にも。 直政にしてみれば、義母が理想の女性だったりしないのだろうか? 「。出かけるぞ」 「…はい?」 ある日の事だった。 直政がを連れ屋敷を出た。 突然の誘いには呆気にとられるも、直政なりに気遣ってくれたのだろうか?と思い従った。 「え?ここは?」 連れて行かれた先は大きな寺だった。 (また色気のない場所に…) あれか?先祖代々の墓参りにでも連れて来られたのだろうか? それも井伊家家訓のひとつのなのだろうか? 墓参りは大事な事だから、文句など言わずにおくが。 初めて誘って貰えたと思えば行先が寺かと思うと、正直気分はへこむだろう。 「あ!直政、さん、こっちですよ〜」 直虎が待っていた。 その姿に、やはり先祖の墓参りかと思うも、そのまま中へ案内された。 庭の見える一室に案内されたかと思うと、大柄な男性が目を瞑り腰を下ろしていた。 「忠勝殿。お待たせしました」 直政の言葉に、大柄の男は目を開ける。 「忠勝殿。妻のです。至らない面は多々あると思いますが、よろしくお願いします」 「おぉ。お初にお目にかかる。拙者本多忠勝と申す」 厳つい外見とその体格に少し恐怖を覚えたが、礼儀正しい姿には慌てて頭を下げる。 「あ、と申します」 本多忠勝の事は知っている。 家康の側近中の側近で、信之に嫁いだ稲姫の父だ。 忠勝に会わせるために、この寺へ来たと言うのだろうか? は直政の袖をこっそり引く。 「なんだ?」 「忠勝さまに会うために、このお寺に?せめて屋敷に招いた方が良かったんじゃないの?」 忠勝に聞こえないよに小声で問うも直政からは否定されてしまう。 「違う。ある方から招待を受けたからだ」 「ある方って…」 直政がそのような言い方をするのは一人ぐらいしかいないような気がする。 「待たせてすまなんだ」 場の空気が一層引き締まったような気がした。 「家康様」 やはりか。 「直政。そちらの方が奥方かな?わしの我がままを聞いてもらい本当にありがたい」 あまり多くないと言える家臣を引きつれて徳川家康がやって来た。 用意されていた席に腰を落ち着ける家康。 今回の集まりは家康主催の茶会のようだ。 と言っても、家康がに会いたいから設けた席のようで。 「我がままなど、そんな。家康様の命ならばどのような事でもお受けいたします」 「はははっ。では、奥方をわしによこせと言えば、断らないのか?お主は」 「はい」 即答されたことには直政の顔を凝視してしまう。 (え?何?私、今からこの人に貰われちゃうの?いくら主の命令だからって…) まぁ、この時代、そのような話がないわけではないだろうが。 あっさりすぎる直政の態度に怒りを通り超し呆れてしまった。 元々夫婦と言えど、形ばかりのようなものだから仕方ないのだろうと。 「殿。ご冗談を…新入りも奥方の前で何を言うか」 忠勝が嘆息すると、家康が豪快に笑った。 「すまん。少し悪ふざけが過ぎた。直政、冗談だ」 「冗談。ですか…」 「そのような事をしたら、真田に刃を向けられるかもしれんからな。忠勝も婿殿に顔向けができんだろう」 緊張感のあった雰囲気が、冗談だと楽しげに話す家康によって溶かされていく。 にしてみれば夫への呆れ具合が勝っているのだが。 「ふふ。そうですね、信之殿と言うより、忠勝さんは稲さんにお叱りを受けてしまうかもしれませんね」 直虎がそれが一番かもしれないと言うと、家康はさらに笑った。 「ぬ…それだけは勘弁していただきたい…」 苦虫を潰したような忠勝に周囲は笑った。 笑っていないのは直政とだけだった。 *** 「冗談とはいえ、先ほどは気分を害されたであろう。本当にすまなかった」 茶会も終盤になり家康に話かけられた。 にしてみれば、真田の家に泥を塗るわけにいかないと礼儀作法に十分気を遣った。 慣れない事だと偉く気も張っていた。 本来は嫁いだ井伊家の。と言いたい所だが、直政にも礼儀も知らない奴だと馬鹿にされたくなかったのだ。 何もできないという事は、真田の家を悪く思われるてしまうだろうと。 今の所失態はないと思うが最後まで気は引き締めなければならないだろう。 「いえ。主の命ならば当然だと思います。ただ…」 「ただ?」 「私のような者が家康様の好みに当てはまるかどうか…」 「何を言われるか。殿は十分に魅力的な女性だ。そのような方を迎えた直政が羨ましい」 「ありがとうございます」 確か、信之に稲を薦めたのはこの家康だ。 それを思うと、の運命を変えた人だ。 運命などと言うとおこがましいが。起点ではあるはずだ。 嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、直政の態度が今一番引っかかっているので案外家康に嫌悪感など抱かずに済んでいる。 「直政の事をよろしく頼む」 「………はい」 笑みを浮かべてみるも、すぐに返事ができなかった。 「もっと早くに会わせていただこうかと思っていたのだが、生憎多忙続きだったのでな」 その後、忠勝とも話ができた。 「いえ。忠勝さまがお忙しいのは十分承知していますし、本来ならば私の方がご挨拶に伺うべきでした」 「婿殿がそなたの事を案じておった」 「…信之さまが?」 信之が忠勝に宛てた文の中に娘稲の事以外にの事も書いてあったそうだ。 「婿殿のようにはいかぬが、拙者で良ければいつでも頼るがいい」 娘稲が嫁ぎ離れたのと同じ時期にがやって来た。 しかも真田の縁者でもある。 忠勝にしてみれば、どこかで稲と重ね合わせているのかもしれない。 「では、ご無礼をお許しください」 「?」 「小父様と呼ばせていただきたいのですが…」 「そのくらいお安い御用だ。殿」 「私の事もとお呼びください」 ある意味忠勝とも縁戚関係とも言えるだろうから。 「新入りが苛めでもしたならば、いつでも拙者が駆けつけよう、」 「はい。ありがとうございます。小父様。ところで…」 「ん?」 「先ほどから気になっていたのですが、何故旦那様の事を新入りと呼ばれるのですか?」 井伊家は徳川の中でも新参ではあるが、直虎の代から家康に仕えているのでそう新参ではないはずだ。 そろそろ直政も家督を継ぐのではないかと言われているので、新入りというのも微妙な感じだが、忠勝は不敵に笑った。 「まだまだヒヨっ子だからだ」 と。 「ならば仕方ないですね」 とは笑うのだった。 *** 「色々思う事もありましたが、今日は比較的楽しめました」 茶会も終わった帰り道。 直政の後ろを歩くと直虎。 「突然だったので、何事かと思ったんだけど」 「良かったです〜さんに何も話が行っていなかったとは知らず、私の方こそごめんなさい」 てっきり直政が伝えていると思っていたそうだ。 「家康様が一度さんに会ってみたいと申されたので。さんから見てどんな方に見えましたか?」 「んー……案外冗談が好きな方なんだなと…」 「悪い印象は持たれなかったのですね」 「まぁ一応」 先ほども言ったが、色々思う事はあったが、楽しめたので良しとしようとは思っている。 「と言うか。私はあのまま家康様に貰われた方が良かったのかも。とは思ったけどね」 「え、ええ〜!!?さん、ダメですよ、それは〜あなたは虎松のお嫁さんなんですからぁ」 「でも、太閤殿下に次ぐ実力者様じゃないですか」 「そうですけど〜」 のほほんと答えるに直虎が慌てるも、直政は一切話に入って来ない。 「虎松!ダメじゃないですか!もう!!」 ポカポカと直政の後頭部を叩く直虎。 「義母上…何をなさるのですか」 立ち止まる直政。 「あなたがちゃんとしないとさんに逃げられてしまいますからね!」 「お言葉ですが、義母上。家康様の方からを遠慮すると俺は思いますけどね」 直政の呆れ口調には反応する。 「そんな事ないです。家康様は私の事を褒めてくださいました。旦那様よりずっと素敵な方です!あからさまに売られそうになったこっちの身にもなってほしいです」 「なんだと?主に命に従うのが当たり前だろう。その為に最善を尽くす。当然の事だ」 「ならば、多少はその命を回避できるように最善を尽くしてくれてもいいんじゃないですかね?」 「俺は家康様に忠義を誓った。家康様に命じられて拒否するような真似はできない」 「はーもうー。旦那様のわからず屋」 「何?」 「もう〜二人ともいい加減にしてください〜」 二人の間に割って入る直虎。 「人様に見られて笑われますよ!」 「「………」」 確かに道のど真ん中でやり合えば人々の目に着くと言うもの。 「帰るぞ」 直政は踵を返す。 「さ。さん、私達も帰りましょう」 「私は寄り道をしていくので」 「え?どこにですか?」 「直虎ちゃんも一緒に行く?早速このことを忠勝小父様に言いつけに行こうと思って。旦那様に苛められたら、いつでも駆けつけてくださるとの事なので」 楽しげに笑みを浮かべるに直虎は慌ててしまう。 しかも、本気のようで直政とは反対方向に歩き出す。 「ほえ?」 だが、歩みが止まる。 足が宙に浮いた。 「まったく、ダメだ、ダメすぎる。忠勝殿に好き勝手吹き込むのだろう、お前は」 くるっと視界も反転される。 「ちょ!ちょっと旦那様!これは酷い!!」 直政は米俵でも担ぐかのようにを抱え担いでいる。 「詫びに何か好きなものでも買ってやる」 「物で釣るなんてずるい!そこまで子供じゃない!」 降ろす気はないようで直政はそのまま歩き出してしまう。 は直政の背中を何度も叩く。 「じゃあ、何が望みだ」 「………一応…私の事、売らないでいてくれるとありがたいのですが…」 直政のため息が聞こえた。 「な、なによ〜」 「あれは家康様もご冗談だとおっしゃったではないか」 「でも」 「別に売るつもりなどないから安心しろ。あくまであの場での冗談だ」 「性質の悪い冗談だっての」 は軽く頬を膨らませるも、ふと視線を感じた。 子供たち数人が直政の後を着いてきているのだ。 その子供たちがを見て笑っている。 「お姉ちゃん、悪い事したの?」 とか聞かれる始末だ。 「だ、旦那様!恥ずかしいからそろそろ降ろして!」 「断る。面倒くさいからこのまま担いで帰る」 「えぇ!!?直虎ちゃん、なんとか言って…あれ?直虎ちゃん!!?」 辺りを見回せば、直虎の姿は消えていた。 ただでさえ長身で美男の直政に人々の視線は集中していたのに、喧嘩を始めたかと思うと、相手を担いで歩き出すというさらに目立つ事をしているのだ。 直虎は巻き込まれたくないと思い逃げてしまったようだ。 「旦那様のバカ!!」 後日巷では井伊の赤鬼が女子を攫っていたなどと、面白おかしく話題にしてしまい。 その話が家康の耳にまで入り、周囲からはからかわれてしまう直政の姿があったそうだ。 15/03/22
19/12/29再UP
|