秘めたる出来事。



ドリーム小説
『昌幸さまにお願いがあるのですが』

そう言って、信之と幸村の父である昌幸に話を切り出したのが始まりだ。
の話を聞いて昌幸は眉を顰める。

『何故にそのような事を願い出るのじゃ?よ』

信之と幸村がを妹のように接し扱ってくれるのと同じく、昌幸もに娘と変わらぬ愛情を注いでくれた。
だからの願いを聞きあまり好ましくないと感じたようだ。

『以前から考えていた事ですよ?私もいい年齢でしょうし…いつまでも厄介になっているわけにはいかないでしょうし…』

『厄介者などとは我らは一度も思った事はない。そうに感じさせていたのだという事が我らには悲しいな…』

『い、いえ!本当真田の方々には可愛がってもらって、私は十分幸せ者です』

『だったら、何故じゃ?今すぐでなくともよかろうに…』

『ごめんなさい、昌幸さま…』

だって、ずっと一緒に居られないとわかったから。
あの人の隣には別の人が並ぶのかと思うと悔しくて、切なくて…。
一番になれないってこんなにも苦しいのだと思って。
近くで見ていられないなら、どこか遠くに行ってしまいたかった。
何か理由をつけて。
そんな理由で井伊家に嫁いだ自分は卑怯だとわかっていても…。





「直虎ちゃんは戦に出る時、なんでそんな軽装なの?」

直虎が庭で鍛錬をしていたのを、は邪魔にならぬよう見学していた。
普段の直虎は気弱な性格であるが、戦に出ると気弱な言動はありつつも果敢に攻めていく。
しかも、華麗な蹴り技で敵を打ち倒して行くのだ。
ただ、気になるのがその装備。
どう見ても、戦場では目立つ格好。
軽装。とは口にしたが、一言で言えば、露出が多い。
胸元を露わにして、これは敵を油断させる意味があるのか?と思える。
ただでさえ、直虎の胸は大きいから…。

「え?えっと…これも井伊家家訓の一つで」

少し休憩だと言うので、は直虎にお茶を用意した。
のんびりとお茶で渇きを潤す直虎。
まだ若いのに、「ふぅ」とお年寄りみたいに一息ついて。

「は?」

「お爺ちゃんが、井伊家当主にはこの格好だと言うから」

思わずは直政を見てしまう。
彼も途中から義母の鍛錬に付き合っていた。

「…の言いたい事はわかるから黙っていてくれ」

そして直政も茶を一口飲んだ。

「了解です」

「?」

二人のやり取りに直虎は首を傾げた。
現当主の直虎。跡を継ぐのは直政。
じゃあ、直虎の跡を継いだ直政も同じ格好をするのか?と。
当然。するわけはないのだが。

「旦那様が直虎ちゃんより重装備なのは、その反動なのかな?」

「そう言うわけではない」

「そう?」

じっと直虎を見る

「なんだ?」

「どっちにしても目立つよね?その赤」

徳川の色はどちらかと言えば青だろうに。
その中で赤とはこれも新参したばかりの頃は大層目立っただろうなと思う。

「赤って言うと、武田家を思い出すね。あとユキさん」

武田の赤備えと言えば有名だった。

「武田はわかるが、ユキ、さん?」

「真田幸村だよ」

「あぁ、そうか。そう言えば、昔言われた事がある。幸村の方が赤が似合うと」

幸村も装備を全身赤で揃えているが、直政ほどかっちりはしていない。

「誰、そんな事言ったの…」

「幸村の兄だ」

「…信之さまが?そっか…」

は微かに目を伏せるも、すぐさま笑みを浮かべる。

「本当…相変わらずの弟馬鹿なんだから、信之さまは」

「真田さんちのご兄弟は仲が良かったんですか?」

直虎が話に混ざる。

「それは相当なもので。ユキさんも信之さまを慕っていたし」

さんもそんなお二人から可愛がられたのでしょう?」

直虎たちはが二人にとって妹のような存在だと聞かされていたから。

「うん。とってもよくしてくれたよ、だから…」

「どうかしましたか?」

「あ、ううん。なんでもない。さて、お茶のおかわりでも持って来ましょうか」

は空になったからと盆に急須を乗せて立ち上がり、奥へと引っ込んでいく。

「思い出させてしまったのでしょうか…」

「何をです?」

「ご家族の事です。自分の意思でと言いつつも、信濃からここは遠いです。ご家族と遠く離れて暮らすのは誰だって寂しいですから…」

寂しいだけではない、不安もあるだろうに。

「あぁ、だからですか。忠勝殿も少しばかりいつもと様子が違うので」

忠勝の娘稲は信濃の真田家に嫁いでしまった。
嫁いだ本人も寂しいが、それを見送る家族もまた寂しいのだろう。

「虎松。忠勝殿の事は気づいて、どうしてさんの事は気づいてあげられないのですか〜」

「は、義母上」

義母に睨まれ直政は慌てる。

は平気なんじゃないかと…そんな変わった様子はないではないですか」

「強がっているからに決まっているでしょう!はぅ〜もう少し乙女心のわかる子に育てればよかったです…」

戦場で先陣を切る事しか考えていなかった戦馬鹿とも言える息子に育ってしまったと直虎は嘆いた。

「虎松の言葉を借りるならば、そんなのはダメ、ダメですよ!虎松」

指をピッと指されてしまい直政は一歩引いてしまう。

「前にも言いましたが、さんにとって一番頼れる存在にならなくてはならないんですよ、あなたは」

「……確かに、言いました。義母上は…」

「でも。同時に大丈夫だと私は信じてしますよ。虎松は優しい子ですから」

よしよしと直虎は直政の頭を撫でた。

「っ!…義母上…ダメです、ダメすぎます。それは」

幼子ではないのだと直政は顔を赤くし反論するのだった。



***



(ヤバい、ヤバい…余計な事を思いだしちゃった…)

は盆を置きため息を吐いた。
真田親子には本当によくしてもらった。
家族だと認めてくれて、にもそう思う気持ちはある。
昌幸を父と、幸村を兄であり弟のような、そして信之を兄と…。
いや、もっと言えば、信之に対して兄以上の想いがあった。
だから。

「うん。とってもよくしてくれたよ、だから…」

だから、最後まで信之には反対された。井伊家へ嫁ぐ事を。

『信之さまとユキさんには沢山お世話になったのに、何も返せないまま出ていくことになってごめんね。私には何もできる事がなくて…』

井伊家へ嫁ぐ事が決まった。
昌幸に告げられたあと、は兄弟にも自分の口から話した。
本当は黙って出て行こうかとも思ったが、流石にそれはできないだろう。

『そんな事はない。出立までには何か私達から贈れるものを用意をしよう』

幸村は普通に喜んでくれた。
でも、寂しくなるとも言ってくれた。

『それに、にとってここは帰る場所でもあるんだ。いつでも帰って来ていいんだ』

『やだ、ユキさん。それじゃあ私に早く離縁してしまえと言っているように聞こえるよ?』

『い、いや。私はそんな風には』

焦る幸村には笑う。
和やかに進む別れ話。

『でも、私がいなくても真田は大丈夫だし、それ以上に信之さまに素敵な奥さんができるんだから問題ないよ』

『そうだな。が居なくなると寂しくもあるが…同時におめでたい事ではあるんだしな』

『ユキさんも早く奥さん貰おうね』

『わ、私はまだいい。今の私には勿体ない話だ』

まぁいい。幸村のそばにはの大事な友達が着いている。
彼女がそばに居てくれれば幸村は安心だ。

『幸村。悪いが、少し席を外してくれないか?』

『兄上?…はい、わかりました』

今まで黙っていた信之が幸村に退席を願った。兄の言う事に幸村は何の疑いも持たずに席を立った。
信之と向かい合って座っている事に酷く喉が渇く。
信之の婚姻が決まってから、極力は信之の傍にいないようにしていたから。

『何故、私に一言も相談をしなかったんだ、

『……する必要はないかと…昌幸さまにすべてお任せしていたから』

それに信之は自身の婚礼準備で忙しではないかと、それらしい理由を加える。

『信之さまは…私の嫁ぎ先に不満?』

『井伊家に不満などない。不満なのは、が私に何も言わない事だ』

『だから、それは』

そんな風に言われると、少し期待をしてしまうではないか。
嫁ぎ先に不満はなくとも、嫁ぐ事に不満ならば。
元々信之の婚礼は家康が持ってきた話で、ある意味政略結婚のようなものでもあるから。
そんな結婚を信之が実は望んでおらず、自分をと思ってくれているのか?
だが、もう遅い。
話はとんとん拍子に進んで、すでに決定なのだ。

『残念だな。信之さまに反対されるのは…でも、決まったことだし』

話はこれで終わりだと、は立ち去ろうとする。

!』

『のぶゆき、さま…?』

強い力で引き止められた。息が苦しいくらいに。
信之に背中から抱きしめられていたから。

『何故だ。はずっと居てくれると言ったではないか。幸村と共に…ずっと3人で居られると思っていたのに…私達は大事な家族だろう?』

『あ…』

なんだ、肩透かしを食らった気分だ。
結局はそうなんだ。
信之から見れば、結局自分は妹と変わらない存在で、それ以上の目では自分を見てくれないんだ。
は反転して、信之の体を押し返す。

『妹離れもしてくれないと困るよ、信之兄さま。私の方が心配になっちゃうよ、それじゃあ』

苦笑交じりでは言う。
兄さまと最大限の嫌味を込めて。

(信之さまには嫌味には聞こえないだろうけど…)

捨て台詞の一つも吐けない自分。
妹でしかなれない自分。

『しっかり真田の家を守ってよね。私の帰る実家が無くなっちゃうのは困るんだから。井伊家、徳川家との繋がり大事にしてよね』

…すまない。情けない姿を見せたな』

そう言って信之はいつもの、が知っている笑みを見せてくれた。

「………」

「なんだ。茶の用意などしていないではないか。ダメだ、ダメすぎる」

「び、びっくりした…」

背後に直政が立っていたものだからは驚く。

「どうかしたのか?具合が悪いなら休め」

「あ、ううん。そんなんじゃないよ」

「…実家を思い出してしたのか?…」

実家を思い出していたと言えば、そうだろう。
ただ、旦那を前に好きだった男性の事を思い出していましたとは言えないだろう。

(好きだった…なのかな…今でも信之さまの事を考えると…)

嫌いになったわけではないから、そこは難しいところだ。
すぐに気持ちが、想いが切り替わるなんて簡単にはできないだろうから。

「本当にダメだ、ダメすぎる」

「あ」

直政はさっさと茶の、おかわりの準備をして盆を持った。

「義母上をお待たせするのは失礼だ」

「………」

この男は本当義母中心だなとは思う。

「何をしている?早く来ないか」

「え?あ、うん…」

「話の続きを聞かせてくれ」

「え?」

直政は廊下をスタスタ歩く。なんと言った?とは慌てて追いかける。

が真田でどのような暮らしをしていたのか、聞いてみたいからな…あと、実家を思い出して寂しいなら、寂しいとちゃんと言えばいい。俺はそれをちゃんと受け止めるつもりだ」

直政はの前を歩いている、しかも歩調が少し早いのではどんな顔をして彼が言っているのはわからない。
わからないけど、思っている以上に井伊家に迎えられているのだろうなと小さく笑った。







15/03/15
19/12/29再UP