早天慈雨



ドリーム小説
「さてと…」

梅雨入りし、長雨が続いている。
だからなのか、普段の家事の行動範囲が狭くなっていた。
昼餉もすみ、その片づけも追えたは、次は何をしようか考えていたが。

「何も思いつかない…」

普段は毛利元就の身の回りの世話をしている
毎日小さな体で忙しなく動いているのだが、ポツンと暇になった。

その元就は部屋で執筆をしている。
執筆期間に入ると元就は呼びかけても生返事で、彼への用事はまったく果たせない。
今、暇になったからと話しかけてもきっと聞き流されてしまうだろう。
それでも、休憩したいと元就が思えば声をかけてくれるから。
彼の部屋から1室分離れた部屋の前の縁側に腰を下ろした。

庭をなんとなく眺める。
暇になった時、普段何をしていただろうか?と今までを思い返す。
朝昼晩。炊事、洗濯、掃除…。
その他日常的に行っていたこと…。
家政婦のような生活だなと思いつつ、それが好きな人とのことだと思えばそんなに苦はない。
家政婦と言うより、お嫁さんに近いようなものだから。

「………」

自分で元就のお嫁さん。と想像したらなんとなく恥ずかしくなった。
恥ずかしさを紛らわそうと手で自分の顔を軽く扇ぐ。

思えば、言うほど暇な時間と言うのを感じたことがないのかもしれない。
それなりに何かしていたから。

「雨が降っていなきゃ、どこかに出かけたりするのになぁ…あ」

雨が降っていなければ、それなりに忙しいのに。
晴れていたら遊びに行こうか。と暇つぶしになるのかと考えるのは矛盾している。
だからか…。

この屋敷には元就を訪ねてくる客も多いから、客人たちと単純に話をしているだけでも楽しかったし、暇だとは考えていなかった。

「いつもなら、宗茂さんとか来るけど、さすがにこの雨じゃ来ないか…」

立花宗茂、ァ千代。両兵衛こと竹中半兵衛、黒田官兵衛など…。
様々な目的で元就を訪ねてくる。
すぐ近くには元就の縁者である輝元などもいるが、彼らも長雨の影響なのか
あまり姿を見せない。

元就と…。

あぁ、少しだけ寂しさが湧いた。
ここには元就を目的に訪ねてくる者ばかり。
その元就と一緒にいるから、自分とも親しくしてくれるのだが。
生憎、自分を目的に会いに来てくれる人はいない。
友と呼べる人が、ここにはほとんどいないのだと、今気付いた。

ここに来る前の自分は、同年代の友達と遊んだ。
晴天だろうが、雨だろうが、天気など関係なく、会う時間があれば。
お互いの都合さえつけば、コンビニだろうが、ファミレスだろうが、何時間でも
他愛のない話をしていたものだ。
平日は学校があるから、学校の、短い休み時間でも十分に濃く楽しいものだった。

友達と都合がつかなくても、家で一人で留守番をしなくてはならない時など。
家ならば暇つぶし道具は沢山ある。
一人でいようがそれほど気にならない。
静かすぎるのが嫌ならばテレビを見ればいいし、音楽を聴けばいい。
なんでもあった。

けど、今はそれがない。

一人がこんなに寂しいなんて、今初めて知ったような気がする。

「………」

意味も分からずここへ来たことに不安がなかったと言えば嘘になる。
それでも自分は運がいい。
元就のような人に出逢えて、そばに置いてくれて。
便利な存在、道具がなくて、以前とは不便な生活だろうがさほど気にならなくなったはずだ。

はずなのに。
今は少し寂しい。
黙っていたら、余計なことまで考えてしまいそうになる。
もっともっと暗い事を…。

「うわっ!」

ふと体が宙に浮いた。

「お、大殿!?」

元就に持ち上げられた。かと思うとすぐさま元就はその場に胡坐を掻いた。

「な、なんですか?大殿?」

は胡坐を掻いた元就の膝の上に座らされた。

「どうしたんですか?大殿」

急な事で驚いて、疑問ばかり元就になげかけてしまう。
だが、元就はを背中から抱く。

「大殿?」

「なんだろうね。さんに声をかけようと思ったら、こう…胸のあたりがキュッと痛くなったんだよ」

「え!?た、大変です!お医者様をお呼びしないと」

「ははっ。病からの痛みじゃないよ」

「でも…」

元就はそのままの手を取る。

さんが辛そうな…泣きそうな顔をしていたから」

「あ、あの。私、別に…」

「雨と一緒にさんがどこかに行ってしまうんじゃないかと思った」

君は突然現れたからね…。
また突然いなくなってしまうのではないかと思ったんだ…。

耳元でそんな事を言われた。

「い、いなくなんかなりませんよ!私…大殿が嫌だって言うまでは…」

さん」

名を呼ばれて、首だけで振り返った。
その時、元就に額を軽く叩かれた。ペチンと音が聞こえた。

「大殿…?」

元就が珍しく怒ったような顔をしている。

「私が嫌に思う日が来ると思うのかい?君は…」

「そ、そんなの…人の気持ちなんて…」

「そうだね。人の気持ちなんて変わるものだよ。けど、さんへの想いはずっと変わらないよ、よくさんだって私に言うくせに、その逆は可笑しいな」

元就が弱気になった時に、たまに愚痴を零す。
宗茂の方がいいんだろう?みたいな。
そんな時に、は怒って「私は一度も大殿を嫌いだなんて思ったことありません!」と言うんだ。
頭がいい癖に、私の気持ちなんて知りもしないで!
などと。

「そ、そうでした」

痛くもないけど、叩かれた額を軽くさすった

「それにね、さん」

「はい」

「これが私にとって最後の恋なんだよ」

「はい?」

「最後で永遠の恋なんだよ、きっと」

怒った顔は消えうせ、元就は穏やかに笑っている。
は照れながらも、はにかんだ。
自分もきっと元就への想いが最後で永遠なんだろうと信じたくて。

さん。我慢しなくていいよ。辛いことがあったならば辛いって言ってもいいし、
悲しいことがあったならば、泣いてもいいんだ。
私はそれをちゃんと聞くから、君の想いも受け入れるから」

「大殿…」

寂しさがあった。
けど、それを元就に愚痴るのはよくないと決めつけていた。
元就はすべてを受け入れてくれると言う。

は体を反転させ、元就の首にかじりついた。

「大殿…私、急に寂しくなったんです」

「寂しい?」

少しずつ、元就にさっきまで湧いた寂しさを零した。
思っていたことを、以前の生活のことを話した。
話しているうちにボロボロ涙が零れた。

元就はそんなを咎めることなく、最後まで話を聞いてくれた。
泣くなとも言わなかった。
好きなだけ泣かせてくれた。
元就のそばは本当に心地いい。
とても温かい。

このぬくもりが本当に好きだ、自分は…。

「うん。大丈夫だよ、さん。私は君を一人にはしないから。
寂しい思いなんてさせないから…私にとってもね、今までは一人でいても何とも思わなかったけど…」

元就はの背中を優しくさする。

さんがいない時間はとても寂しく感じるんだ。今もね、休憩をしたくてさんに声をかけようと思ったんだけど…」

の庭を眺める表情が、初めて見るもので切なくなったそうだ。

「ありがとうございます。大殿」

は元就の顔を見る。

「でも、もう大丈夫ですから!大殿のおかげで元気が出ました!」

「そうかい?無理はしなくていいからね。本音を言えばもっと私に我がままを言ってくれてもいいんだよ?」

「我がままなんてないですし、普段は大殿の方が我がままだから。私まで我がままを言ったりしたら周りが大変です」

は小さく笑った。

「え?私は…我がままなのかい?」

「はい。大殿は我がままですよー?自覚ありませんでした?」

「ないよ、そんなの。参ったなぁ」

元就も笑って後頭部を掻いた。

「さて、さん。お茶でも淹れてもらえるかな?」

「はい。お菓子も用意しますね」

「うん。で、一緒に休憩をしよう」

「はい!」

やっぱり、あの頃と違ったとしても、ここは。
元就のそばに居られるのはとてもいい。

「大殿」

立ち上がり、数歩歩いた先で振り返る

「ん?なんだい?」

「私も同じです」

少し言うには勇気があるが。

「私もこれが最後のなんです。最後で永遠の恋。大殿に」





後日。
梅雨明けしたのか、それとも単なる梅雨休みなのかわからないが。
数日晴天が続いている。
すると、立花宗茂とァ千代。竹中半兵衛と黒田官兵衛が訪れ久々に賑やかな屋敷となった。

「お、大殿!そ、その話は内緒だって言ったじゃないですか!」

「そうだったかなぁ?」

元就は客人たちの前で、先日のの話をしたのだ。
自分に会いに来る友がおらず寂しいと。
にしてみれば、そんな事を宗茂たちに話す事はないし、結果。
元就のそばに居るのが一番だと納得したのだから、わざわざぶり返さなくてもいいじゃないかと。
それに聞かされた宗茂たちも反応に困ると思うのだが…。

「心外だなぁ殿」

「はい?」

宗茂が少し悲しげに俯く。

「え?え?む、宗茂さん?」

そんな宗茂に慌てるだったが、宗茂がすぐさま、の手を取り。

「俺は殿に会いに来ていると言うのに…」

「そ、そんな事は。だって、大殿と」

「最初は元就公との話が目的でしたが、今は殿に会いに来るのが目的ですよ。
俺はあなたを友人以上に思っているのになぁ」

「うっ…」

顔を真っ赤にする

「こら。何度も同じことを言わせんじゃないよ、宗茂」

元就はその手を離せと宗茂の手を軽く叩く。

「ですが、殿は俺に会えなくて寂しいと思ってくれているんでしょう?」

自信たっぷりに笑顔を振りまく宗茂に、元就は盛大に嘆息した。

「違うでしょー。あんたは単に元就公をからかうのが目的でしょ?ちゃんを使ってさ」

半兵衛がニシシと笑う。

「元就公の表情を崩せるのってちゃんだけだもん。例えばー」

「は、半兵衛さん!?」

半兵衛がの背中に抱き着いた。

ちゃん。この所中々会いに来れなくて、ごめんねー。官兵衛殿が沢山仕事を押し付けるからさー」

普段子ども扱いをされることを嫌がる癖に。
今は、その背中から子供みたいに顔を覗かせて「ごめんね」と謝って。

「そ、そんな!皆さん忙しいは知っていますし。その、わざわざ大殿に会いに来て」

「だからー。俺だってちゃんに会いに来ているんだよー」

「半兵衛…君まで…」

元就の口角が引きつっている。

「なんてねぇーほら。元就公のあんな顔。中々見れないよー?」

呵呵と笑う半兵衛。すっとから離れる。

「趣味が悪いな。半兵衛」

「だけどさ。官兵衛殿。面白いもの見れたでしょ?」

「卿は…」

官兵衛は自分の事ではないのに、ため息が出る。

「でもさ。確かに元就公に会いには来ているけど、俺たち別にちゃんを蔑ろにしているわけじゃないし」

「あ、あの。私はそんなに…」

かえって宗茂たちに嫌な思いをさせてしまったようで申し訳ない。

「最初の目的は元就公だとしても。俺達全員。君に会えるのも楽しみにしているんだよ」

ね?と半兵衛がにっこり笑った。

「そうですよ。殿。元就公が縁で俺達はあなたと出会えたんですから」

宗茂もそうだと言う。
あぁやばい。なんだか涙腺が緩みそうになる。

「私として、その縁があまり嬉しくないよ…君たちはこぞってさんにちょっかいを出す」

元就は不満を漏らすも、さらに不満を漏らす者がいた。

「まったく。この馬鹿共の事などどうでもいい!私とこいつらを同等に扱うな!」

「ァ千代?」

今まで黙っていたが、ァ千代はいよいよ立ち上がる。

。こいつらは歴史だとか小難し話で元就に会いに来ているが、私は最初からお前を友と思って来ていたのだぞ!」

「え…」

「こいつらの話など、私には興味ない。それなのに、私にまでそのような線引きをしおって。
ちょうどいいから、女同士親睦を深めに行こう」

宗茂や半兵衛だけでなく、元就のことまでの周りから追い払うァ千代。

「お前と城下に出るのを、私は結構好きなのだ」

「うん。私もァ千代さんとお出かけするの好きです!」

「ならば問題ない。今から出かけよう」

「はい!」

いい所はァ千代がすべて掻っ攫って行ったようだ。
だが、思えばァ千代は確かに元就たちと歴史を語るわけでもなかった。
最初から、を可愛がってくれていた。
友だと思っている。そう言ってくれたのがすごく嬉しい。





「まさか、ァ千代に奪われるとは…」

宗茂が苦笑する。

「いいんですかー?元就公。大事なちゃんを盗られちゃってー。
相手が女の子だから危機感なし。って言うんですか?まさか」

ァ千代はその辺の男子よりも男らしい部分があり、一部の女子から人気があるのだ。

「ん?別にいいよ。私はさんが嬉しそうに笑ってくれているのが、嬉しいんだ」

元就は嘆くでもなく、落ち込むでもなく。
穏やかに笑っている。

「あんなさんの顔…二度と見たくないからね…」

胸に痛みを覚えるような悲しげな彼女の顔など…。

「なんですか?元就公」

「なんでもないよ。ま。君たちよりもァ千代ならばよっぽど信頼できるからね。
いい加減、何度も言うけど。さんを君たちにあげるつもりはないからね!」

宗茂と半兵衛はしっかりと釘を刺されてしまうも、官兵衛だけは最初から我関せずとばかりに茶を飲んでいた。

「最後で永遠の恋なんだよ、これは」

元就はそう呟いた。








11/06/11
19/12/29再UP