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惚れたが因果。
「殿〜」 が庭の草むしりをしていると、輝元がやってきた。 「あ。輝元様。どうしました?」 「大殿はおられますか?」 まぁ大概彼がここへやってくる用事は元就に会いに来ると言うことだろう。 政や外の状況を知らせ、何もなくても元就に会いに来る。 「いますけど、多分会わないと思いますよ?」 「えっ!?そ、それは何故!?わ、私は何か大殿の機嫌を損ねるような事をしたのでしょうか?」 慌てふためく輝元には小さく笑う。 手を軽く振って違うと。 「?」 「今、執筆中だからですよ」 「あぁそうでしたか」 嫌われたわけじゃないからと安堵の息を吐く輝元。 著作が幾つもある元就。読むだけでなく自分で筆をとり書くこともある。 残念ながらにはそれが面白いかどうか聴かれてもちょっとわからない。 字が達筆すぎて読めないから。 ただァ千代が一度読んだらしいのだが、冗長だとはっきり言っていたし、害毒だとも示していた。 冗長。要は文章がだらだらと続くこと。簡潔ではないという事だろう? 面白くないのだろうか?はその辺気になるのだが、それを周囲に聴くわけにもいかない。 まぁ人それぞれの感想だろうという事であまり気にしないことにしよう。 「では殿もお暇なのですね」 「暇なのかなぁ・・・・放置すると部屋中物で溢れるんですよねー・・・」 「大殿は殿に甘えていますからね」 「へ?」 「だってそうでしょう?部屋を散らかしても殿が片付けてくれますし」 自分でやると言いつつも、結局見ていられずにが片付ける羽目になるのだが。 輝元が言うには、本人は片付けなくても困らない。 どっちの状態でも問題ないのだ。 「あと、大殿は殿に叱られるのが嫌じゃないみたいですし」 「えー・・・それってどうなんですか?年下の子に叱られるッて」 「叱ってもらえるのが嬉しいんじゃないですかねー・・・そう言うことする人いませんし」 隠居した身とはいえ、普通元当主を叱りつけるような立場の者はいないだろう。 いるとするならば、その者の母などさらに目上の人だとは思うが。 「私にしてみれば複雑ですよ、それ」 は眉根を寄せて苦笑してしまう。 「大きな子どもを持った覚えはないですから」 「・・・・・」 「輝元さん?」 輝元の気分を害しただろうか?その顔を覗き込めば、彼は思案している。 「つい最近気がついたのですが・・・・」 「はい?」 「大殿は結構・・・・独占欲が強い方だったんだなーと」 「そうなんですか?」 また急に話が変わったなぁとは思った。 「そうですよ。気づきませんか?殿が・・・・あ、あー・・・あははは」 輝元が力なく笑い出す。 なんだ、急に。 「さん。少し休憩しようと思うんだ、お茶を淹れてもらえるかい?」 元就が縁側に姿を見せた。 「はい。今すぐ用意しますね。あ、輝元様もご一緒にどうぞ」 「あ。すみません」 は用意する為に台所に向かった。 *** 「大殿。見っとも無いので拗ねないで下さい」 「・・・・誰が拗ねているッて?可笑しな事を言うなぁ」 大殿がですよ。輝元はため息が出そうになる。 執筆していたのだが、が他の男と会話しているのが面白くなかったのだろう。 わざわざ休憩にすると言って会話を中断させて。 「今まで大殿は、執筆期間に入ると誰が呼ぼうがお構いなしに見向きもしないじゃないですか。 あれは中々大変だったのですよ?私どもとしては」 なのに、今はが誰かといるものならばそっちが気になって仕方ないようだ。 「そうだったかなー」 「私に嫉妬してどうするんですか?」 「言うなぁ、輝元」 「そうとしか見えないからです。私は大殿に嫌われるような真似はしませんよ、これでも」 珍しく輝元にしては元就にはっきりと意思表示をした。 元就に変に勘ぐられて嫌われるのが嫌だからだろうが。 「本当かい?君はさんにまったく興味がないと言えるのかい?」 「そ、それは・・・・確かに殿はお優しいですし、お話をすれば楽しいとも思えますし・・・ け、けど!大殿が大事になさっている方を蔑ろにしてはいけないと思うからで・・・ い、いつも私に言うではありませんか!さんはあげないよ。と」 そんな大それた真似自分ができるはずがない。 に好感を持ってはいるが、それ以上の気持ちはないのだ。 多分・・・。 少し自信がないけど・・・・。 「んー・・・私はそんなに大人気ないのかな?」 無自覚なんですか?大殿・・・。 輝元はがっくり肩を落としたくなる。 それとも自分の事でも案外気付かないものだと言ういい例えなのかもしれない。 「でも、まぁ・・・・それはね・・・・うん」 元就は腕を組み深く何度も頷いた。 何が言いたいのかは輝元にはわからない。 そうしているうちにが茶の準備ができたと菓子と一緒に持ってきたので。 和やかな休憩時間にはなった。 *** 元就が執筆期間に入ると、邪魔はできないからとはあまり近づかないようにしている。 それでも呼ばれればすぐに行けるように近くにはいるつもりだ。 輝元にも言ったが、その期間元就の書斎は物で溢れてしまう。 なるべく散らかさないようにして欲しいのだが、願い空しい状態だ。 「そうですか。今回はお邪魔する時期を間違えたようですね」 宗茂がやって来た。 時折元就を訪ねてくる宗茂。 立花家当主としてやるべきことがあるだろうに、この男、ふらっとやってきては好きに過ごしている。 「でもまぁ、殿も暇そうですから。よければ俺の相手でもしてください」 「私としては暇と言うよりあの部屋の状態がすごく気になるのですよ?」 元就の書斎から一部屋分離れた縁側に腰を下ろし話をしている二人。 元就にはまだ宗茂が来た事を伝えていない。 執筆に夢中になると話かけても生返事だからだ。 「いつものことではないのですか?」 「そうですけどー。性格的に多分片付けていないと気がすまないのかも、私って」 「片付けられない人よりマシだと思いますけどね」 「それって大殿のことですか?」 「まさか。女性としての話ですよ」 ニコニコと笑顔を向ける宗茂。 これは確かに世の女性が放っておかない。 宗茂が来ると毛利の館に勤める女中たちが、その姿を一目見ようと騒ぐほどだ。 自分はかなり羨ましがられているだろう。 「それで、元就公の執筆期間と言うのはどのくらいなんですか?」 「さぁ?大殿の気分次第だと思いますよ?」 「それは殿の商売も上がったりだ」 それがの暇に繋がるのだろう。 輝元も暇ですよね?と訊ねるくらいだ。 「私ってそんなに大殿中心の生活に見えます?」 「違うとご自分で思いますか?」 「思わないですね。ふふっ、これだけ誰かの為にって生活・・・・始めてですよ、私」 お手伝いさんと言うより未婚ではあるが、奥さんみたいに元就の身の回りの世話をして毎日を過ごしている。 以前の生活とはまったく違う生き方かもしれない。 でも不思議と嫌に思わないのは、それが元就だから。大好きな人だからなのかもしれない。 「本当元就公が羨ましい。斯様に深く想われているのですから」 「い、嫌だなぁ宗茂さんってば。恥ずかしいこと言わないで下さいよ」 口元を手で押さえては照れてしまう。 「どうです?たまには他のものも味わってみませんか?」 「へ?他のもの?」 宗茂はの左手を取る。 「俺とか」 「え、あ、あぁ、あの!い、いつもそうやって私をからかうでしょう?宗茂さんは」 ァ千代って存在がいるのではないか? 「からかうなんてとんでもない。俺はいつも真面目ですよ?前々から殿には興味がありましたから」 「う・・・・」 元々自分はそんなに異性にもてる方ではないと思う。 それなのに、女性達が騒ぐほどの美形の宗茂からアプローチされて照れないわけがない。 顔中を、耳まで真っ赤に染め上がってしまう。 「出入り禁止にされたいのかい?君は」 上から降って沸いた声。 「おや、元就公。それは困りますね」 元就が後頭部を掻きながら立っている。 「お、大殿!あ、あの」 別に自分が何かしたわけではないが、妙に後ろめたく感じるのは何故だろうか? 「その手はなんだい?その手は」 の左手に触れたままの宗茂。 しゃがみこんだ元就にぺしっと叩かれてしまう。 「まったく油断も隙もあったものじゃないね、君は」 「そうですか?まぁ俺に遠慮せず執筆を再開されたらどうですか?」 寧ろ今の状況。邪魔をしないで下さいと言っているように聞こえなくもない。 「君がさんにちょっかいを出しているとなると執筆どころじゃないよ」 「俺としては好機だと思ったんですけどね」 「宗茂」 「はいはい。殿はいただけないのでしたね」 「わざとやっているだろう、君は・・・・」 そんな二人のやり取りでようやくはいつもの調子が取り戻せた。 「って、お二人とも・・・私の事を物扱いするのやめて下さい」 *** 「輝元といい、宗茂といい・・・・本当油断できないものだね」 「大殿?なんですか、それは・・・・」 文机に頬杖を付き愚痴を零す元就。 は本を片付けながら耳に入ったそれを問うた。 どうやら今回は執筆中断のようだ。気分がそれたとかで。 「私が見ていないと思って、こぞってさんにちょっかいをかけるんだ」 「そんなことないですよー」 「さっき宗茂に迫られていたじゃないか」 「あ、あれは・・・か、からかっているんですよ。宗茂さんは」 「そうだろうか?」 「そうです。大体宗茂さんにはァ千代さんがいるのに」 元就の反応を見るのが楽しいって言うようにも見えなくもない。 ちょっとばかり意地の悪い性格が見えているような。 「だがさんは宗茂に言い寄られて満更ではないだろう?宗茂はいい男だからねぇ」 「大殿〜」 「私は不安になるよ。いつかさんに捨てられるんじゃないかと思って・・・・・痛っ!」 その言葉に腹が立った。 絶対にそんな事ないのに。 は思わず手にしていた本で元就の頭を叩いていた。 「、さん?ちょ、ちょっと!あ、痛いよ」 一度ならず二度、三度と元就の頭を叩く。 「大殿はすっごく頭のいい方だって。私なんかじゃ思いつかない策とか出して」 「え?さん?」 「隠居した割りに結構先のことまで見通すくせに。なんで私の事はわかってくれないんですか!」 それが悔しい。 なんで自分がいつか元就を捨てるなどと思うのだろうか? いつも元就のそばに居るのに。 元就の大事な本だろうが、知るかそんなことは。 は何度も何度も元就を本で叩く。 「私は一度でも大殿のことを嫌とか嫌いなんて思ったことも言ったこともないのに!」 言葉を吐き出すと同時にこみ上げてくる感情がぷっつり切れた。 「大殿のバカァ!」 悔しくて悔しくて涙が出る。 散々元就を本で叩きつけた。そのまま本を落として背を向ける。 「もういいです。大殿がそう言うなら、大殿のことなんかもう知らないです!」 望み通り捨てて、離れてやる。 「さん、ごめん!」 元就はを抱きこんだ。 「嫌です!」 はジタバタと暴れる。 「私が悪かった。しょうがない奴だ、本当・・・」 の背中を優しく摩る。 元就が包み込んでくれる腕の中はとても心地いい。 さっきまで暴れていたのに、それだけで許してしまいたくなるように大人しくなってしまう。 「大殿・・・」 「だけど、少しだけ不満はあるんだ」 「不満、ですか?・・・」 不安じゃなくて、不満だと元就は口にした。 「さんは私の事をなんて呼ぶ?」 「大殿、ですけど・・・・」 「けど、それ以外の者は?輝元に宗茂・・・・彼らの事はなんて呼ぶ?」 「輝元様、宗茂さん・・・ですけど。普通じゃないですか?」 「私のことも名前で呼んで欲しいと思うんだ」 出会った頃からずっと彼の事を「大殿」と呼んでいた。 それは周りがそう呼んでいたし、そう言う存在だからだろう。 「さんにしてみればその程度。って思うかもしれないけど、私には重要だよ。 さんに私の名を呼んで欲しい。その声で・・・。だから名を呼ばれる輝元達が羨ましいんだ」 ふと輝元が言っていたことが思い出された。 「大殿は結構・・・・独占欲が強い方だったんだなーと」 これもそのひとつなのだろうか? 独占欲とは少し違うかもしれないが、はずっと元就一筋だったわけだし。 他を特別視しているつもりもない。 だけど、名前ひとつで元就は不満だと口にした。 自分だけ名前を呼ばれないのが嫌だと。 「元就様・・・・で良いですか?」 「さん」 見上げて元就の名を呼べば、彼は破顔する。 「けど、他の皆さんの前では呼びませんよ?いつも通り大殿って呼びますから」 「それは二人きりの時ってことかい?」 「ですね」 「うん。それでいいよ」 やっぱり大きな子どもがいるなぁとは思った。 けど自分も子どもだ。 元就の腕の中でもう機嫌をよくしているのだから。 「元就様、頭痛くないですか?」 さっき何発も本で叩いてしまったから。 手を伸ばし元就の後頭部に触れる。 「平気だよ。さんに嫌な想いをさせてしまった事のほうが痛い。すまない、本当・・・・」 「私の方こそごめんなさい・・・・でも」 「でも?」 「また可笑しな事を言ったら、今度は宗茂さんに泣きついてやりますからね!」 「あ、そ、それは勘弁して欲しいなぁ・・・・」 けど、一番灸を据えるにはいい効果だと思うのだが? 09/12/31
19/12/29再UP
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