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君のためにできること。
夜も更け、ほとんどの人が寝静まっている頃。 も例外ではなく早くに寝ていた。 だが、コトりと物音がした。 「・・・・・?」 「あ、あのさん・・・・もう寝ているかな?」 「・・・大殿?」 は起きて襖を開けた。 そこにはすまなそうな顔をし立っている元就がいる。 「どうしたんですか?大殿」 急用があって起こしにしたのだろうか? 今までこのようなことはなかったので何事かと不安になる。 だけど今の今まで寝ていたので、少しぽやんとした頭で瞼を擦る。 「あ、あぁ起こしてしまったんだね。すまない・・・その・・・・」 いつものように困惑しているときの元就の癖。 後頭部を掻く仕草にそれほど急ではないのだと逆に感じた。 「眠れないんですか?怖い夢でも見たとか」 はくすりと笑う。 ちょっとした冗談のつもりだったが、元就の反応が悪い。 「・・・・・」 「大殿?」 は元就の手をそっと取る。 その手はとても冷えている。 「大殿・・・・あ、もう・・・・体中冷え切っているじゃないですか」 手が冷たいことで、頬にも触れればひんやりとした感触がには伝わる。 「うん。さんの手はあったかい」 元就の頬に触れているのその手に元就の手が重なる。 「私は今の今まで布団の中に居たからです。もう何やっているんですかー」 廊下は冷え切っている。いつまでも立たせておくわけにはいかない。 は元就を部屋に入れる。 急いで火鉢に火を熾す。薬缶を乗せて早く温かい茶を飲めるようにと準備する。 「せめて一枚羽織ってください。夜着一枚で・・・風邪でもひいたら大変です」 「あーうん、すまない」 自分の寝ていた場所ではあるが、これ以上体を冷やしては困るとその布団の上に元就を座らせる。 元就が着るには小さすぎる着物を一枚上に羽織らせて。 「さっきから謝ってばかりですよ。謝るくらいなら最初から来ないでください」 「すまない・・・・あ」 結局謝ってばかりだと元就は苦笑する。 「本当どうしたんですか?」 怖い夢を見たからと人の部屋に来るような性格ではないよなと思う。 何よりそんな年頃の子どもではない。 「うん。なんか、ちょっとね・・・・あ!さんこそ体が冷えてしまうよ」 茶はいいから、こちらへ来なさいと言われてしまう。 ちょこんと元就の隣に座るが、場所が違うと指定をされてしまった。 「大殿〜?」 「ん?」 「なんでここですか?」 「これならあったかいし、安心できる」 胡坐を掻いた元就の膝の上に座らされた。 背中に感じる元就のぬくもり。 「あったかいはともかく・・・安心できるって・・・・やっぱりどうしたんですか?」 「うん・・・・もうすぐ大きな戦が起きそうなんだ」 「・・・・・・」 「相手はあの織田信長だ・・・そう簡単に勝てるとは正直思わないんだ」 長篠で戦国最強と言われる武田を打ち倒し、織田信長は勢力を確実に広げているらしい。 だがその強さに反発する勢力も出てきている。 毛利もそのひとつだ。 「私も織田信長の強さは話に聞きますけど・・・そんな弱気にならないでくださいよ」 そっちの方が不安になる。 毛利家は一度隠居したとはいえ、元就の下で結束を固めているではないか。 「うん。すまない、本当。だけどね・・・・」 元就はを包み込む。 ギュッと元就の腕に力が込められる。 「もし・・・・負けてしまったら・・・・さんは・・・・君はどうなってしまうんだろうなと思ってしまったんだ・・・」 「わたし、ですか?」 「うん。信長公は容赦ない人だと聞く。負けて私がどうなるかぐらいは別にいい。 だけど・・・・さんにまでその手が迫ってしまったらと思うと、怖いよ・・・・」 「そんなこと」 「負けて土に還ってしまった私には、その後のことが何もできない・・・・だから、痛っ!」 元就は顎を押さえた。 が急に体の重心を後ろに下げたために、しかも勢いがあったためにの頭が元就の顎に当たった。 「え、え?さん?」 何をするのだと訴えながら、元就は痛む顎を摩る。 「だって、なんでそんなことを今から考えるんですか?しかも大殿が、し、死んじゃうようなことを」 は俯き膝を抱える。 「あ、あ・・・・・」 「嫌です。戦前に不安が出るのはわかります。けど、けど・・・・そんなこと言わないでください」 先の事はわからない。 けど、最悪のことを元就が口にするから。 「私の事を心配してくださってかもしれないですけど・・・・嫌です、なんか・・・大殿がいなくなっちゃうようなこと・・・」 戦が増えてきた最近。 死んだ振りしてまで隠居していた元就も出るようになった。 はその隠居している元就しか知らなかったから、戦に出て行くたびに常に元就の身を案じている。 無事な姿で帰ってきて欲しいと。 なのに、本人は違う事を考えているではないか。 元就が居なくなることなど、万一織田に滅ぼされるようなことがあっても考えたくない。 元就を失う方が嫌なのだ。 不安や悲しさよりも悔しさで涙が出る。 元就の心配の中身などには嬉しいとは思えないから。 「すまない、さん」 元就はの体を引き寄せる。 「私が馬鹿だったよ・・・・さんを泣かせるなんて悪い奴だ」 「もう・・・そんなこと言わないでくださいよ・・・・絶対」 「あぁ」 背中に感じる元就のぬくもりに安心できた。 *** 信長に反発する勢力が一揆を起こした。 毛利軍はその勢力に物資を送るために水軍を使って行動した。 それは信長の知るところとなり、阻止せんと木津川での戦となった。 結果、織田軍にいる軍師二人、両兵衛と言われるものに毛利軍は負けてしまった。 その後も元就は負けたとはいえ、四国の雄長宗我部元親を動かし西国同盟を作った。 信長は中国平定に羽柴秀吉を向かわせ、羽柴軍との戦いになった。 その戦いも両兵衛こと竹中半兵衛と黒田官兵衛により毛利軍は負けてしまった。 討ち取られる覚悟をしていた元就であったが、半兵衛が和議を申し入れてきた。 最初は納得いかないことと、この先の不安を思い中々頷けなかった元就であったが、半兵衛の言葉に心は動いた。 「天才が三人揃えば最強でしょ?」 半兵衛自身が笑って寝て暮らせる世を願っているのだと言う。 戦も終わらせようとしないと永遠に続くものだろうと。 だが、終わらせようと信じることから始めないとダメなのだと半兵衛は言ったそうだ。 その後毛利は織田に帰順することになる。 負ければすべて消される覚悟であったが、それも半兵衛のおかげでそうならずに済んだ。 *** 元就はまた隠居生活を送ろうとしていたが、それは輝元や半兵衛たちにも却下された。 笑って寝て暮らせる世を送るためには、まだまだ元就にも働いてもらわねばならないそうだから。 それでも比較的穏やかに隠居時に使っている屋敷でのんびりとしていられる。 「けど・・・最近つまんない・・・・」 軽く頬を膨らませているのはだ。 元就が忙しくなったことと、増え続ける客の存在にだ。 「大殿がみんなに慕われるのはわかるけど・・・・なんでずっとべったりかな・・・・」 庭の草むしりをしている。 ぶつぶつ言いながら草を引っこ抜いている。 「おかげで部屋が片付かないし・・・なに、あの本の山」 片づくどころか増えに増え続けている。 ただでさえ元就は本を山積みにしてしまうのに。 「はー・・・・もう・・・」 パンパンと手を叩き立ち上がる。 そろそろお茶のお代わりでも持って行こうと思って。 元就の部屋には竹中半兵衛がいた。 元就と二人でにはわからなさそうな話をしている。 「失礼します。大殿、お茶のお代わりもってきました」 「あぁすまないね、さん」 「ありがとーちゃん」 「いいえ」 二人の空になった湯呑みに新たに茶を注ぐ。 ついでに菓子も置いて。 「官兵衛さんはいらっしゃらないんですか?一緒に居たと思ったんですけど」 「あー官兵衛殿はその辺にいると思うよー」 に顔など向けず二人共話を続けている。 あー邪魔ですか、私は邪魔なんですね。とには面白くない。 かと言って元就を困らせるようなことはしたくないので、黙ってその場を下がる。 「あー本当つまんないー!!」 草むしりでこの苛々を発散させるしかない。 そのうちこの屋敷の庭ははげるなと思わずにいられないくらいだ。 だがその庭先、池の前に立ってる男がいた。近寄り難い雰囲気を醸し出して。 「官兵衛さん。こちらにいらっしゃったんですね」 「・・・・・」 を一瞥する官兵衛。 は聞かれもしないのに、先ほど茶を持っていったなどと官兵衛に話している。 「官兵衛さんはあの話し合いに混ざらなくていいんですか? もう長いこと話し合ってますよね。私にはわからない、なんかの軍略がどうとか」 「私は別に話すことなどない」 「ハブられちゃったんですか?二人に。それは酷いですよね」 「違うのだが・・・・」 「なんか二人だけで楽しく仲良くやって面白くないですよね」 「・・・・」 「半兵衛さんが悪いとか思いませんけど・・・・そんなに毎度毎度ここに来るような話し合いに聞こえませんけど。 かと思えば、半兵衛さんが居ないときは宗茂さんが来るんですよ。またこの時も二人で難しい話ばっかりして」 は官兵衛に何の反応も貰えずとも、この所の鬱憤晴らしなのかべらべらと喋っている。 「あーもー。きっと皆さんには私が大殿の女中ぐらいにしか見えないんですよね。 お茶、飯、風呂の準備しとけー・・・って。別にいいですよ、実際その辺のことしますもん。 寧ろ私がいなくてもいいんじゃないかって最近思います。そうですよ、きっと。私なんかいなくても」 鬱憤晴らしのはずがどんどん違う方向へ行ってしまっている。 「卿は寂しいのか?」 官兵衛が始めて反応した。 はえ?と顔をあげた。 「私、寂しそうに見えます?」 「・・・・・」 「寂しいのかも・・・・なんか爪弾きにされたみたいで。ここ最近本当大殿とお話していないなぁと思って」 はぁ。とため息をついてしゃがみこんだ。 「ならばそう言えばいい。言葉にしないと伝わないものは何も伝わらん」 「・・・・・けど、大殿のお仕事ですし・・・」 「あの男は半兵衛が和議を申し入れたときに、卿の事を心配しておった」 私?とは顔を上げ、官兵衛を見た。 今ここで和議を受け入れても毛利はいずれ織田に消されてしまう心配があると元就は言ったそうだ。 「毛利も大事だが、卿が巻き込まれるようなことだけはしたくないと」 「・・・・・」 「そうならないように、元就は動いているのだろうな」 いつかの晩に元就が心配していたことだ、それは。 だけど、あの時と違ってこみ上げてくる嬉しさはある。 今は戦のない世にする為にしているのだから。 だがしかし。 「それでも・・・・やっぱり癪です。大殿は半兵衛さんと仲良くしているので」 は立ち上がる。 真面目に話をしているのだろうが、時折耳を澄まして聞こえる中身は軍略についてのことだ。 昔のどこそこで起きた戦の布陣を二人であーでもない、こーでもないと検証している。 さっきも二人は海の向こうにある大陸で起きた戦の話をしていた。 「行きましょう、官兵衛さん」 は官兵衛の手を取り歩き出す。 「何を?」 そして向かった先は元就と半兵衛がいる部屋の前。 「大殿」 は元就を呼ぶ。今度はの方へ顔を向けてくれた。 だが、が官兵衛と手を繋いでいるように見えているので眉を顰めた。 「あの、さん?」 「私、官兵衛さんと町に遊びに行ってきますね」 「え?」 「大殿はかまってくれないし。爪弾きにされた者同士で仲良くします」 「私は別に「じゃあ行きましょうか、官兵衛さん」 官兵衛の意見など聞かずにはその手を引いて歩き出した。 「あ、あの。さん!?」 もう少し素直な物言いができれば良かったが。 少しぐらいはいいではないか。 ずっと放っておかれた仕返しだ。 「・・・・・・・」 「あーあー。元就公だらしないなぁ」 半兵衛はごろりと横になり無造作に置かれた本を数頁捲る。 「君は私を苛めて楽しいかい?」 「俺は別に苛めてませんよ?」 「なら私とさんの時間を潰すのは勘弁して欲しいんだが・・・・」 がっくりと肩を落とす元就に半兵衛は笑う。 「そう言う時間は待つものじゃなくて、自分で作るものでしょう?」 「君が邪魔をしているようにしか思えないのだよ、私には」 「そうですかー?俺は強制していませんし、ちゃんを放っておいているのって実質元就公ですよー」 「・・・・・」 「しかしまさか官兵衛殿に持っていかれるとは思いませんでしたよねー。 その手の役目は大方立花宗茂あたりだろうと思っていたんですが」 他人事だと思い楽しそうな半兵衛。 しかも半兵衛の言う事は洒落にならない。 宗茂には極力にちょっかいを出すなと忠告しているのだ。 だがまさか官兵衛が出てくるとは思わなかった。意外な伏兵もいいところだ。 「はぁ・・・・」 「なーんだ。元就公を落とすには戦よりもちゃんを使った方が早かったようですねー」 「さんを利用するようなことは絶対にさせないよ」 落ち込んでいる男とは思えない、はっきりした言葉に半兵衛は瞠目する。 「その辺しっかりちゃんに言えばいいのに・・・・・甘えすぎていますよね、元就公は」 「そ、そうだね・・・」 が戻ってきたとき、どう機嫌を直そうか。そればかり考えてしまう元就。 の機嫌などすでに直っているのだが、そんな事今の元就が気付くはずもなかった。 半兵衛ED設定です。
09/12/23
19/12/29再UP
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