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内緒の雨宿り。
「・・・・言っただろ?雨が降ると・・・どうするんだ、このまま強くなっては帰れないぞ」 ブスッとした表情の幼馴染を見て、はシュンと俯いてしまう。 「だ、だって・・・」 「この時期はどうしても晴れ間より雨の方が多いんだ。大人しく邸に居れば良かった」 「ごめんね。ひーちゃん」 「あ・・・・い、いや。お前一人が悪いわけではない・・・・その」 自分より幼い子が泣きそうになっているのを見て、曹丕は責めるのをやめる。 自分でも言ったように、悪いのはだけではない。 梅雨入りで毎日が雨ばかりという中、久方ぶりに太陽が顔を覗かせた。 だが東の空は薄暗かったので、ほんの少ししかこの太陽は姿を見せないだろう。 それがわかっていたにも関わらず、が外へ遊びに行こうと曹丕を連れ出した。 本来ならば、護衛も着く立場なのだが、夏侯惇の邸に行く場合に限り、護衛は外される。 いや、曹丕が護衛などいらないと思うのだ。 父曹操が夏侯惇をこの世で一番信頼しているのでは?というくらいに信用していたから。 それを相手もちゃんと受け止めて、父に対しても同じ信頼、信用を向けている。 なのだが、よほど久しぶりの太陽が嬉しかったのだろう。 邸の外に二人だけで出てしまった。 誰にも言わずに。 「雨・・・このまま止まなかったらどうしよう」 二人で走り回って、たどり着いた場所で雨に降られた。 雨宿りが出来そうな大きな木の下へと逃げ込み、二人はじっと空を見上げていた。 「濡れて帰るしかないだろうな・・・・小父上には叱られてしまうかもしれぬが」 「え!父様に叱られるの嫌だよ!」 「それは私も同じだ。だが、このまま日が暮れてしまって帰れなくなる方が困るだろ」 「・・・・・・」 雨に降られては大半のものが室内で過ごしているのだろう。 通りかかる者の姿もほとんどない。 「でも。ひーちゃん、風邪ひいちゃたらどうするの?もーとくさまに心配かけちゃうね」 「・・・・・心配などするものか・・・・」 ひ弱に育ったものだと、嘲笑われるのが関の山だ。 「私はまだ大丈夫だ。それよりお前が熱でも出せば小父上が心配なさる」 「あたしもまだ大丈夫だよ!元気だよ!」 心配するなと元気付けてくれているつもりなのだろうか、はぶんぶん両腕を振っている。 「そういえばね・・・・こうやって雨やどりをしていると。おかあさんが迎えに来てくれるっていう歌を歌いたくなるよ」 「母親が迎えに来る歌?」 の生まれ育った場所での話か。夏侯惇の幼女となってまだ数年。 幼すぎるは本当の両親のことを曖昧に覚えている。 だがそこの文化もそこそこ覚えている。たまに曹丕の知らないことを口にする幼馴染。 「雨が降っても、おかあさんが傘を差して迎えにきてくれるから、うれしいなって歌。ひーちゃん、教えてあげようか?」 少しは元気になるかもしれないよ?そう口にする。 別に自分は落ち込んではいない。 寧ろ寂しいと思っているのはお前だろう?と。 だからか、仕方なく、その歌を教わってやることにした。 「あはは。ひーちゃん、じょうずだね」 「なんか、変わった歌だな」 歌を歌うこと自体、曹丕には不思議な体験だと思える。 母が歌妓であったようだが、何かを奏でている姿はあまり見たことがない。 それにが教えてくれている歌は自分が知っている歌とは違う。 小難しいものではなく、楽しさのようなものがある。 最初は恥かしいと思ったが気づけば、と二人で周りなど気にせず歌っていた。 だからって、雨が止むわけもないのだが。 「寒くないか?」 「え?ん・・・・うん、少しさむい」 「これでも羽織っておけ。私は大丈夫だ」 自分が着ていた上着の一枚をの肩にかけた。 「ひーちゃんが」 「いい。私はお前よりは強いぞ」 「・・・・うん。ありがとう、ひーちゃん」 だが、これからどうしようか。 寂しさは歌で紛れたが、雨は止まない。 このままだと本当に日が暮れてしまう。 自分がひとっ走りして夏侯惇に知らせに行こうか? だけど、その間幼い彼女を置いていくのも気が引ける。 二人で雨の中走ろうか? 「あ。ひーちゃん!父様だ!父様が迎えに来てくれたよ!」 「え?」 雨の所為で視界が悪い。 そんな中を夏侯惇がやって来ただと? が指差す方を見ると、確かに人影がある。 段々と近づいてくる人影に、彼女ほど嬉しさはない。もしかしたら賊かもしれないという緊張が走る。 だけど、それは杞憂だった。 本当に夏侯惇が傘を差して歩いてきたのだ。 「父様!」 「まったく・・・・お前たちはしょうがない」 抱きついてきた娘に夏侯惇は微苦笑する。 「あ、あの・・・小父上・・・・その」 この人に叱られるのが一番堪える。できれば説教などされたくないと思ってしまう。 「子桓。突っ立ってないで帰るぞ」 夏侯惇は別に叱ることをしなかった。 を抱き上げ、傘を曹丕に差し向ける。早く入れと言うのだろう。 「は、はい!」 「子桓のだろう?これは・・・風邪を引くといかん。ちゃんと羽織っておれ」 に貸した上着を夏侯惇が曹丕に渡す。 「私は大丈夫です。小父上」 「気にするな。コイツの為にとしてくれたのだろう?」 「ひーちゃん。私は平気だよ。父様にひっついているから」 「だそうだ」 曹丕は上着を着る。 そして三人で夏侯惇の邸に帰った。 冷えた体にと用意してくれた汁物がとても美味しかった。 久々に走り回ったし、腹の底から声を出して歌ったから。 「ね?ひーちゃん。お迎えがあるってうれしいよね」 「・・・・そうだな。悪くない」 雨の日のちょっとした出来事。だけど二人にとっては、すごく印象に残る出来事だった。 「なんてことがあったなぁ・・・・」 この世界でも雨は降るのだなと、単純に思った。 陽の光が届かないような厚い雲が空を覆っている光景が当たり前だから。 だから今降っている雨を見ては昔を思い出してしまった。 ふと緩んだ口元。 ああ、そんなこともあったなぁと懐かしく思う。 「だからと言って、一人で納得されて困るのだがな」 そこに居たのが一人ではなく二人だったから。 「ごめんなさい、三成さん」 少し気晴らしがしたくて散歩に出た。 夏侯惇や曹丕は忙しいようで、無理行って連れ出してもらうのは気が引ける。 三成はどうだろうか?そう思って思い切って誘ってみた。 駄目なら駄目で三成は断るだろうから。 だが意外にも三成はの誘いを受けてくれた。 三成にしてみれば、断った後に、一人でふらふら出歩かれでもしたら困ると思ったのだろう。 「いや・・・・何を思っていたのか大体想像がつく」 フッと笑われてしまった。 顔立ちのいい三成にそんな顔をされると照れる。 本人は気づいていないようだが、いつの頃からか三成は結構自分に気を許してくれていると思う。 他人には見せない柔らかい笑みを見せてくれるから。 そうなんだよ。と言ってしまえばきっと三成は鉄面皮のような堅い顔しか見せないだろうと思うので内緒だ。 「想像ついちゃいます?」 「ああ。曹丕との昔話じゃないのか?」 「あー・・・そうです。今よりもずーっと小さい子桓のことなんですけどね」 そんなにすぐに見抜かれるとは。 三成の観察力がすごいのか、自分がわかりやすすぎなのか。 「一度だけ、子桓と雨宿りしていたことがあったんですよ。帰るに帰れなくて、二人で途方にくれて」 「いつも思うが、お前の話に出てくる曹丕の子どもの頃は想像つかないな」 今しか知らない三成には、驚くようなことばかりらしい。 人の上に立つ存在となった曹丕だから、この頃の姿など見せることなどないだろう。 「子桓にだって子ども時代はあったんですから〜三成さんにもあったような」 「それはそうなのだがな」 三成は苦笑する。 「とにかく!雨宿りしたんですよ、二人で。で、歌を歌ったりして・・・・それで父様が迎えに来てくれたんですよ」 「何気にすごいことを言ったな。歌だと?あいつが?」 鼻歌すら歌っている姿ですら見たこともないというのに。 「子どもの頃の話ですよ?歌ぐらい歌いますって・・・・と言っても私も子桓が口ずさむ姿はあれ以来見た事ないんですけどね」 昔から小難しい性格をしていたからなと笑ってしまう。 「そう見なくなっても、根本的な部分は昔と何も変わっていないですよ」 どこか自信たっぷりに答えてしまう。 「それがわかるのはお前くらいじゃないのか?」 「妬いちゃったりします?私と子桓の仲の良さに」 「何を馬鹿なことを」 手にしていた扇で額を軽く叩かれてしまった。 妬けるな。などと言われてたらこっちが恥かしい気もするが、ちょっと聞かせて欲しかった気もする。 「はー・・・雨止みませんね。最初はちょっと嬉しかったんですけど」 「たまにはこう言う日もあるだろう。進軍の予定もないから大人しくしているのだな」 「私よりも三成さんたちが休むべきなんですよ。私は別に負担になることないですから・・・・」 父や幼馴染がいつも守ってくれている。 ただ着いていくだけで、自分は何もできないのだから。 この久方ぶりの雨が父たちの疲れた体を癒すきっかけになってくれればいいのだが。 「そう暗い顔をするな。お前はいつもそうだな、すぐに顔に出てわかりやすいが」 「え、顔にって」 「夏侯惇殿や曹丕にしてみれば、お前がそばにいることだけでもいいと思うぞ」 二人には彼女を守る力があるのだから。 「・・・・それでいいのでしょうか?」 「力になれるだろう、それだけでも。・・・だけとは言うが、そう思える存在になれるのはすごいことだと思うがな」 「三成さん・・・・」 どうしてこうも、三成は安心させてくれる言葉をくれるのだろうか? 父や幼馴染とは違う特別をこの人に感じているのからなのだろうか? それをそうだとはっきり口にできないのがなんだかもどかしい。 三成はいまだに自分が幼馴染を好いていると思っているのだろう。 恋が恋ではない、大事な人であるのには変わらないのだが。 「じゃあ・・・・私も一緒にゆっくりします。三成さんもゆっくりしてくださいね」 「・・・・そうしよう」 隣で笑む彼女に三成は素直に頷く。 たまにはこういう時間もいいだろう。 これが進軍を遅らせるのではなく、疲れた体を癒す為の恵の雨となればいいのだ。 「三成さん」 「なんだ?」 「さっきの話の続きなんですけど、三成さんの子どもの頃ってどんなでした?」 曹丕にも子ども時代があったのは当然。ならば三成にあるのも当然だ。 はなんとなくそれがどんなだったか気になった。 「どんなと言われてもな・・・・面白いと思える出来事もそうないしな・・・・」 「私と子桓の昔話って面白い話ですか?ちょっと酷いですよ」 そんなつもりはでないが、曹丕が歌を歌う姿など想像つかないかったからだ。 自分が話すよりの話の方が数倍面白い。 「そんなことないと思いますけど・・・」 はで、三成から聴ければなんでもいいのだ。 少しでも三成を知りたいと思うから。 無理なのかな?と少し沈みかけるの表情。だが瞬時に笑みを零す。 「三成さんが話してくれないなら、おねね様に聞けばいいんだ!」 「なっ!ば、バカな真似はやめろ」 「バカな真似って可笑しくないですか?前にもおねね様に話を聞こうかな?って言ったら三成さん嫌がりましたよね」 それはそうだ。息子同然に可愛いと言うねねに何を言われるかたまったものではないからだ。 「俺の話はいい。お前が何か話せばいいだろう。その方がいい」 「三成さんのこともっと知りたいのに・・・」 「知らなくて結構だ」 「・・・・・・」 きっぱり言われてしまって、は言葉を失う。 いくらなんでも踏み入ってはいけないことだったのだろうか? サーっと降り続ける雨音が嫌に耳に入る。 それがなんとなく、酷く自分を取り残したかのように感じさせる。 「・・・・・すまん」 「え?」 三成は遠くを見つめたまま詫びをいれた。 はキョトンとした顔で三成を見てしまう。 「俺はどうしても人を不快にさせる物言いしかできん・・・・ただ、本当に話せるようなことがないのだ」 「そ、そんな!別に三成さんが謝ることないですよ。それに、以前聞かせてくれたじゃないですか」 三成の友の話。反遠呂智勢力にいるという真田幸村のことを。 「あの話。つまらなくなど感じませんでした。私は嬉しかったですよ」 「・・・・」 「三成さんにとって真田様はとても大事な友なんだなって知る事ができたし」 やっぱり三成は優しい人だ。はそう感じる。 不快にさせてしまう物言いを気にするのだ。少なくとも三成にとって自分は気にしてもらえる存在のようだ。 「私は、はっ!くしゅん!!」 豪快にくしゃみをしてしまった。恥かしいとは顔を赤くする。 だが三成はその事を笑うことはなかった。 「すまん。今はこれくらいしかない・・・これでも羽織っていろ」 三成が羽織っている陣羽織。三成は脱いでの肩にかける。 「い、いえ。大丈夫です、私は」 「我慢するな。雨の中、しかもこの世界はほとんど陽は雲に隠れている・・・・いつも以上に寒いだろう」 ここで風邪でも引かせてしまえば、それこそ夏侯惇や曹丕に何を言われるかわからない。 「ありがとうございます」 三成が着せてくれた陣羽織をキュッと握る。 「こんなでも、ないよりはましだ。多少は風除けになると思うが」 「温かいですよ、とても」 そんなことはないだろうに。三成は思うもは三成に笑みを向ける。 「本当に温かいです」 三成が温めてくれているような気がして。 子どもの頃の曹丕との思い出。あの時は夏侯惇が迎えに来てくれたのだが、今はまだ二人きりでもいいなと思える。 「雨。やむといいですね・・・・」 「あぁ。そうだな」 は天を見上げる。いつも以上に暑く覆われた雲。 でも、この雨は少しでも三成と二人の時間をもたらしてくれた。 「やめば、迎えを期待することなく。三成さんと散歩の続きができますからね」 「・・・・・迎えはいらぬと言うのか?」 「はい。あの頃とは違いますから」 「そうか・・・・まぁ、俺も何もせずにこうしているのも悪くはない」 散歩に連れ出してしまった手前、雨宿りして戻れない状況に少なからず悪いような気がにはしていたのだが。 三成はそうではないと言う。 良かったと安堵する。 「だったら、また気晴らしに二人で散歩しましょう。三成さん」 「そうだな。気が向いたらな・・・・」 もし雨が降っても、雨宿りしていれば済むのだから。 三成にとっても、との時間は嫌ではないのだ。悪くないと思える。 きっと、この時間を自分も楽しんでいるのだろう。 08/12/20
19/12/29再UP
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