拈華微笑




ドリーム小説
「毎日面白い遊びをしているようじゃな」

「あ。お館様・・・・そうでしょうかね?」

庭に咲いた名もわからぬ花を見ていたに信玄が話しかけた。
周りが彼のことを「お館様」というのでもごく自然にそう呼ぶようになった。
を見つけてくれたのも信玄。
を保護してくれたのも信玄。
一番可愛がってくれるのも信玄だ。
多少は気味悪がられるかもと思ったのだが、彼は茶目っ気満載でを構ってくれる。
娘が方々に早く嫁いだ影響もあって、娘のような目で見ているのかもしれない。
も信玄には父親、いや祖父みたいな目で見てしまう。

「おことは面白いとは思わなかったか?」

「美味しいお饅頭がいくつも食べられていいですけど」

左近とちょっとした遊びをしたのがきっかけだった。
がハズレを引くことなく勝負に勝ったのを見て、何か面白いと感じたのだろう。
若武者たちが我も我もと毎日に勝負をしかけてきた。
言うまでもなく、の連戦連勝だ。

「勝ち逃げは許さんってところのようじゃの」

「でしょうか?でも幸村さんがいつもハズレを引くのもある種の才能だと思うのですよ」

「なんじゃ、幸村は情けないのう」

信玄は豪快に笑う。
笑わなくちゃと思わずにいられない。
との勝負のはずが、何故か毎度幸村まで強引に参加させられてしまう。
そして必ずハズレを引き自爆するのだ。

「当たりとも思えますけど」

「そうかそうか。じゃあ今度はわしと勝負じゃな。わしもそう簡単に負けるつもりはないよ?」

「お、お館様とですか!?」

「嫌かな?」

「えー・・・嫌ってわけじゃ・・・ただ周りが困るんじゃ」

全員が彼のように柔軟な思考を持っているわけではないし、若武者たちのように遊び心満載というわけではない。
のことをまだまだ信用していない者もいるだし。

「ほほぅ。やはり勝ち逃げかな?」

「べ別にそんな風には思っていませんよ〜」

「じゃあ勝負じゃよ。はっはっはっ、楽しみじゃのう」

高らかに笑う信玄には仕方ないと思いつつも、つられて笑ってしまうのだった。





【2】





「本当・・・戦ってあるんですね・・・・」

信玄の側にいると、各地の情勢が事細やかに知らされる。
それを聞いて思わずでた呟きだ。

「不安ですか?」

幸村がお供で辺りを散策していた。
館にいても別に問題はないが、が暇だとわかると例の勝負を吹っかけてくる者たちがいるからだ。
というより、幸村に被害がかかるので少しだけ館から離れようと思った。

「不安・・・まあ体験したこともないものなので、怖いといえば怖いですし・・・・」

「心配はいりません。お館様が治めるこの地はそう簡単に攻められることもありませんし」

何より自分達が負けるようなことはないと自負する。

「幸村さんも戦に出るんですね」

自信たっぷりだったその顔には少しだけ陰りを見せる。

「はい。お館様が天下をお取りになる為に!」

の表情には気づかず幸村は信玄がいかに素晴らしいのかと熱弁してしまう。

「天下かぁ・・・・」

が今居る世界とが知っている過去の歴史と同じではないとは思いつつも。
武田信玄が天下を取る話など聞いた事がない。
このままだと武田は滅んでしまうというのに。

(でも真田幸村って言えば・・・)

もっと後で名が知られるようになる武将だ。
しかも天下を取った豊臣家の滅亡に関わる頃に。

(あまり詳しくないんだけどね、その辺・・・・)

なにせ日本史の授業などつまらないと思っていたくらいだ。
午後、お昼を食べた後の授業だと必死に睡魔と戦う羽目になっている。

殿?」

「なんでもないです」

「そうですか?」

話を聞いていなかったに幸村が拗ねたような顔を見せたので、思わず噴出してしまう。

殿?」

(割と子どもっぽい面あるんだ・・・あ、そうか)

幸村は負けず嫌いなのかもしれないと思った。
だから毎回ハズレを引きつつも、負けっぱなしが嫌なのだろう。

「あ、あの。殿。なんですか?」

笑うに更にムッとしたように、困惑も交えて問いかける幸村。

「いえ。幸村さんって面白いなって思って」

「わ、私がですが?私などはまったくそのような・・・」

面白い冗談など言えたためしもない。
周りからは固いと言われるほどなのに。

「小噺とかじゃないですよ。人柄とか」

「ほ、褒められているようには思えないのですが・・・」

「そうですか?いいんじゃないですか?ちょっと親近感湧きましたよ、私は」

「え」

「幸村さんのそう言う所好きです、なんか」

薄っすらと幸村の頬に朱が走る。
面と向かってそのようなことを言われたことがないので。

、殿・・・あの」

「あ。ほらほら幸村さん!虹ですよ、虹!」

頼子が指差した空に七色の帯が見える。

「先ほど雨が降ったからでしょうね・・・・」

「雨上がりって気持ちいいですよね、空気が澄んでて。特にこの辺は私が住んでいた場所よりもそう感じます」

「そうなのですか?」

の住んでいた場所に少し興味が沸く。
幸村の周りにいる女性とは雰囲気が違う
最初の頃は萎縮してしまっていたが、段々とここでの生活に慣れたのだろう。
自由奔放ともいえるくらい楽しんでいるように見える。

「はい。汚れているっていうのかなぁ。色々問題が起こっちゃって」

でもそんな場所も好きだった。
自分が生まれ育ってきた場所だ。家族や友だちなど大切な人たちがいる場所なのだから。
そんな事を考えたら、は黙って俯いた。

殿?」

「・・・・・・みんなどうしているのかな・・・・」

殿・・・」

ハッと顔を上げ笑顔を作る頼子。

「ちょっとしんみりしちゃいました。あはは」

「我慢しなくていいですよ。どうしようもない時は吐き出した方がすっきりします」

「え・・・私別に」

我慢をしているつもりはなかった。
考えるだけ無駄だと思っていたことだったから。
思わず口を滑らした程度だと。

「私の前では泣けぬのならば、しばらく姿を隠しますから・・・・」

鼻の奥がつーんとしてきた。
あ、このままだと泣くなとすぐにわかる。

「・・・・・」

幸村はに背を向けた。
このままだと幸村は本当に姿を隠しそうだ。
だからは幸村の着物を掴んだ。

「お、女の子を。泣きそうな子を一人置いていくんですか?」

パッと振り返る幸村は慌てて首を横に振る。

「い、いえ!決してそのようなつもりではなくて!」

軽く鼻を啜る

「泣いたら・・・・なんか・・・お館様とかに申し訳ない気がして・・・・」

だから館で泣く事はなかった。
を楽しませてくれる人たちがいたから。

「そんな・・・あなたがそんな風に思わずとも」

「責任」

「はい?」

「責任とってくださいね、幸村さん」

「え!?」

は幸村の胸に飛び込んだ。

「え、あ、そ・・・・・」

一瞬慌てるもすすり泣く声に幸村は目を細める。
落ち着かせようと優しく背中をなでると余計には泣き出してしまう。
失敗したかと思うも、どう対処していいのかわからず、そのまま・・・・ただ胸を貸すしかなかった。



***



幸村の前であんなに泣いてしまって恥かしいと思った。
だが、幸村は気の済むまで泣かせてくれて、ずっと側に居てくれた。
優しい人だなって単純に思った。
信玄のことをとても尊敬し、彼の為にと尽くそうとする姿が真っ直ぐな人だと思ったけど。
案外負けず嫌いで、でも人を突き放すような真似はできずに。
言葉はそう多くなくても気持ちが、何とかしようとしてくれる幸村の優しさが嬉しかった。

(最初はただ堅苦しい人だと思ったけどね・・・・)

気づけば自分も幸村と一緒に居ることが多かった。
元々館の外に出る際には幸村が供にと信玄が命じたのだが。
最初よりもそんなことを気にすることもなかった。
自分に向かって笑いかけてくれる幸村。
作為的なものなどまったく感じない自然の笑みを向けてくれるのが嬉しかった。

「はっはっはっ。なんか嬉しそうじゃの、

「お館様」

「どんなことがあったのか、わしに教えてくれんかの?」

いつも面を被っているのは何故だろうと不思議に思いつつも
なんとなくそれがお館様らしいと理由などどうでもいい気がした。
面のおかげで余計に茶目っ気たっぷりに見える。

「残念、教えませんよ」

「なに?わしにもか?んーそれは寂しいのぅ。がわしに隠し事するなんてな」

背筋が丸くなる。大柄な体でシュンと落ち込む信玄には慌てる。

「か、隠し事なんてないですよ!何言っているんですかー!」

「なら教えてもらおうかの」

二カッと笑う信玄。

「お館様、演技ですか?今の・・・・」

「はっはっはっ。見事なものじゃろ?」

「もう〜・・・・別に隠し事ってわけじゃないですけど・・・・幸村さんが」

「幸村?」

何か面白そうだと信玄にはピンと来た。
そしては幸村に対して前とは違う印象を持ったと話した。
話し終えた時にはたと気づく。

「お館様。やっぱり今の隠し事です。他の人には内緒にしてくださいね」

悪口ではないものの恥かしさはある。

「ん?まあいいよ」

あっさり承諾する信玄。

「幸村とか・・・・」

「な、なんですか、突然」

「いやあ、似合いの二人だと思ってな。幸村はもう少し柔軟性を持ったほうがいい。
の守り役を任じてから、少しはそうなってきたように思ってな。
逆には幸村のおかげで少しは落ち着きがあるようになったなぁと・・」

は顔を赤くする。

「わ、私別に毎日はしゃいでいるわけでもないですけど。それなりに分別を弁えています」

「すまん、すまん。だが二人一緒でちょうどいいと思ってな」

「私は別に構いませんけど・・・・幸村さん的にそれってどうなんでしょうね」

戦場を駆ける成人した武士に向かって言うことじゃないだろうに。

「半人前だと言っているんじゃないよ。幸村にとっても比翼のような存在がおるといいのうと思ったまでじゃよ」

「ひよく?」

には意味がわからなかった。
信玄は意味がわからないなら別にいいとただ笑うだけだ。

「いつかそんな光景が見られるといいのぅ」



***



それから間もなく、信玄が上洛する意向を家臣たちに伝えた。
誰もが信玄の天下は近いと喜び勇んだ。
現在信玄は甲斐信濃、それに駿河遠江と勢力を拡大している。
越後の上杉や最近頭角を現してきた尾張の織田など侮れない存在はいるものの。
信玄が一番天下に近い位置にいた。
確実に天下を取るためには将軍がいる京へと行かねばならない。
将軍も自ら信玄へ書翰を送ってきている。

「左近さんも行くんですか?」

「ああ。誰が天下を取るのかなんてのは興味ないが、途中すんなり行けるとは思っていないからね」

客将である左近も同行するのだと言う。

「それって戦になると?」

「ああ。上洛するには三河の徳川が侮れないしな。あそこは織田と同盟を結んでいるからそう簡単に通しちゃくれないさ」

「そうですか・・・」

の顔が少し暗いものへと変わる。

「なんだい?何か嫌な予感って奴でもするのかい?」

「ち、違いますよ!ただ・・・皆行っちゃうと寂しいなって・・・・」

「まあ嬢ちゃんが着いてくるのはまずいだろうな」

いくら信玄が可愛がっているとはいえ彼はを連れて行こうとしないだろう。

「ま。信玄公が上洛を果たせば、すぐでにも呼ぶだろうよ、嬢ちゃんを」

「・・・・かな?」

「ああ。そうすりゃ幸村殿にもすぐに会えるぜ」

グッと親指を立てる左近。

「な!左近さん、何言って!」

「隠すことないって。見てりゃわかるよ」

「う、嘘!!」

そんなにわかりやすい態度に出ていたのか?
いや、それよりもそんな風に幸村を見ていたなどと思ってもみなかった。

「あ。左近殿、お館様がお呼びで・・・・殿?」

「おぅ幸村殿。ちょうど良かった。さっき嬢ちゃんがな」

何か余計なことを言おうとしている左近の腕を慌てて引っ張る

「左近さん、早くお館様のところへ行かなきゃ!呼ばれているんですって!!」

左近は参ったと苦笑しながら頭を掻いた。

「はいはい。それじゃあ行って来ますよ。わざわざすまないな、幸村殿」

「いえ」

信玄の下へ向かう左近を二人で見送る。
の顔はどこか引きっているようにも見えるが。

殿?どうかなされたのですか?」

「な、なんでもないですよ、なんでも」

静かに芽生えていたのだろうが、急に自覚したことに驚いた。

(そっか。私、幸村さんが好きなんだ・・・・)

隣で不思議そうに首を傾げる幸村を見たら、なんだか可笑しくてしょうがなかった。








08/02/13
19/12/28再UP