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棘、深く。
大したことことではないと誰もが思う出来事だと思う。 でも当人にとっては重要なことなのかもしれない。 「ちっ」 「どうしたの?みっちゃん」 「・・・なんでもない」 もうそろそろ日中でも縁側にいるのは厳しくなってきたこの頃。 辺りを色とりどりに染めていた秋が去り冬の厳しい風が吹き始めていた。 それでも陽が出ているうちはまだいいかと、暢気に縁側にいたと三成。 三成はごく稀に一人で真田邸に訪れる。 普段は兼続や左近を供に来るのだが、仕事中に嫌なことがあると無意識でに会いに来るのだ。 今日も何か嫌なことがあったようだ。 縁側で淹れてもらった茶を飲んでいたのだが、突然三成が舌打ちしたのだ。 「なんでもないって顔じゃないよ?なんか痛さを我慢しているみたいに見える」 なんでもない顔をしているつもりだったのに、には何故だか隠しとおせなかった。 それほど自分は余裕がないのだろうか? いや、余裕がないのではなくに気を許しているのかもしれない。 だから素直に口にした。 「どこかで棘が刺さったらしい。気になって腹がたつ」 「あーそういうことあるよねーどこ?」 「右手の人差し指」 「利き手だよね?自分でどうにもできなくて苛々しちゃわない?」 棘を取ろうとしても上手く取れない。 それどころか下手にいじって余計に深く刺さるかと思うと苛々する。 「私が取ってあげる」 「別にいい」 「よくないよー一一度気になったらスパッと取っちゃおう。その方が楽だよ」 は薬箱を取りに一旦奥へ引っ込んだ。 三成は棘の刺さった指を見ながら思った。 (一度に気になったらか・・・・それは自分のことではないのか?) 幸村を好いているのに、別の女性のことを想っているのだろうとずっと思いこんでいる。 実はそうではなく、幸村もを好いていた。 なのに、お互いがお互い違う相手と思っているので気づいている周りは苛々してくる。 最初は面白い遊び道具だと思ったのだが。 ここまで来るといい加減にして欲しいとは思う。 (気になるのならばさっさとすれば良いものを・・・・) 「お待たせ。はい、ちゃちゃっと取ってあげる」 「すまん」 三成は素直にに手を差し出す。 が三成の指に軽く触れた。水仕事をしていた名残なのだろう、少々手がひんやりしている。 それに荒れているようにも思える。 「これだね。棘ってさあ。一度刺さると中々抜けないからやっかいだよね」 の顔がすぐ近くにある。 「どこでそうなったのかは覚えておらんのだがな」 「そんものだって」 「水仕事はキツイか?」 突然話題を変える三成。今見ているの手が気になるのだろう。 「んー?なんで?」 「手が荒れている」 「あ、これ?んーそうだね。キツクはないけど朝辛いよね・・・・・中々取れない」 三成の指に刺さった棘は三成のような性格だとは軽くほのめかす。 棘にそんなことがあるかと馬鹿馬鹿しく思えるが、自然と笑みを零してしまう。 「薬などは塗っているのか?」 「塗るのすぐ忘れちゃう」 「馬鹿が。ちゃんとせねば余計に荒れる。これは幸村に報告しておこう」 「え!なんでユキさんに言うわけ」 普段幸村と一緒にいるときは変化など見せないだが、本人がいないといとも簡単に慌て崩れる。 「幸村なら忘れずに塗らせるだろうからな。ああどうせならば毎朝毎晩薬を奴に塗ってもらえ」 「毎晩って・・・んなの別にいいよー恥ずかしい」 だったら自分でちゃんとやる。わざわざ幸村の手を煩わせることはない。 頬を赤くしは三成を睨む。 にしてみれば三成が自分をからかっているのだろうと思っている。 「だから余計なこと、ユキさんに言わないでよね」 それに家事をしていることが原因だとわかると幸村は変に気にしてしまうかもしれない。 「だったら自分でちゃんとすることだな」 「ちゃんとしますーあ、取れた」 小さな小さな棘。 柱か文机かどこのものかはわからないが、棘が取れたので気分的にスッとする。 そこへ幸村が帰ってきた。 「ただいま戻りました。あ、三成殿来て・・・・」 思わず止めてしまう足。 幸村が廊下を歩き目に入ったのは三成の手を握るの姿。 二人の距離は近いし、どことなくの顔が赤くなっているように見えた。 「お帰りなさい、ユキさん」 「た、ただいま戻りました」 息が止まりそうになる。 二人でいったい何をしていたのだろうか? の顔が赤いということは、三成はなんでもないとか言いながらも告白でもしたのでは? 悪い方、悪い方へと幸村の思考は傾いていく。 「消毒もしたからもう大丈夫だね」 大袈裟には三成の指先に包帯を巻いた。 三成はそこまでせずともと眉を顰める。 は薬箱をしまうためにまた奥へ引っ込んだ。恐らく幸村に茶とお絞りを持ってくるだろう。 少々呆け気味で突っ立ったままの幸村に三成は扇でそばへ寄れと指図する。 「な、なんでしょうか?いたっ」 閉じた扇で一発額を殴られた。 「またくだらぬことを想像していただろう。お前は」 「い、いえ」 ちょこんと三成の前で正座する幸村。 「不本意なのだが、俺の指に棘が刺さったのをアイツが取っただけだ」 「と、棘ですか」 指先に巻かれた包帯を見て正直安堵した。 三成の言うとおりくだらないとは幸村には思えないが色々深く考えてしまったわけだし。 「お前も早めにその棘を取れ」 トンと心臓の辺りを扇で示された。 「え・・・・三成殿・・・・」 「俺が刺さった棘より大きく根付いているやっかいな棘だ」 以前幸村自身が感じた、咽喉に刺さった棘。 風邪を引き声が出なくなったときのことだ。 だがその時は単に咽喉の痛みと入り混じったような、置き換えたようなものだったが。 誰かにその話をしたわけでもないのに、三成に「棘」と言われて本当に突き刺さっているかのような錯覚に陥る。 「根付いているが、取るのは簡単だ。わかっているだろう幸村」 「わ、私は・・・・」 「積極的に押してくる伊達などを見ていてなんとも思わないのか?」 「そ、それは・・・・」 「とんびに油揚げだと前にも言ったぞ、俺は」 幸村は顔を俯かせ拳を膝の上で握り締めた。 「何を恐れる必要がある。幸村」 「・・・・・・」 恐れる? 確かに、今までの何度も想いを告げれる状況はあったのに。 が倒れた時に言わないと後悔すると思ったのに、今また流されたままでいた。 政宗の出現には驚きはしたが案外平然としている自分がいる。 それ以上に三成だったらと思うと、仕方ないと諦めようとしている自分がいる。 では三成が言う恐れとはなんだ? 自分はそうは思わなくても三成にはそう思えるのだろう。 幸村が恐れていることに。 なんだと考える。 何か答えねばと思う・・・・・。 「みっちゃん!何ユキさん苛めてるの!」 「殿!」 お盆を持って戻ってきたが三成を睨みつけている。 には三成が幸村を説教、苛めていると思えたらしい。 「別に苛めてなどおらん。幸村も棘が刺さっているから早く抜けと言ったのだ」 お盆を置いて湯飲みを幸村の前に置いた。 幸村にも棘がと聞いて顔をあげる。 「ユキさんも?私とってあげようか?」 「さ、刺さっていません!平気です」 両手を振ってなんでもないとアピールする幸村。 「どこがだ、阿呆」 「三成殿!」 「ユキさんどっち!」 風邪を引いたあの日以来は怪我や病気の類に少し敏感になっているようだ。 自分が倒れた事の所為でもあるだろうが。 「棘など刺さっておりません。大丈夫です」 ほら。と幸村はに両手を広げて見せる。 は真剣に幸村の指の先から手のひら、手の甲まで見て良しと頷く。 そこまで真剣にならずともと思ってしまうが。 「あ。そうでした。忘れるところでした」 と三成の親密具合に肝心なことを忘れていたと、幸村は懐に手をいれ何かを取り出した。 「殿。これをどうぞ」 「なに?」 幸村はに取り出した何か、円形の陶器の入れ物を手に乗せた。 「毎日の水仕事で手が荒れていたようでしたので、源信先生に頼んで塗り薬を用意してもらいました」 「え」 幸村はいつの間にかちゃんと見ていたらしい。 「漢方薬から作ったものらしいです。そんなに強いものではないとおっしゃっていました」 「あ、ありがとう。ユキさん」 自分のことに気づいてくれていた幸村に本心から嬉しくなる。 別に隠していたわけではないが、あまり見せないようにしていたから。 水仕事、家事は嫌いではない。 でも荒れたままのガサガサの手よりも綺麗なスッとした白い手の方が幸村の隣に立つには似合いだと思ったから。 自分ではない、お姫様のような者が。 「これからどんどん寒さが厳しくなりますからね。殿にはいつもすまないと思っています」 「私は平気だよ!好きでやっているんだから」 キュッと貰った薬を胸の前で握り締める。 「良かったではないか、」 「うん」 パッと扇を広げ口元を隠している三成。 その目は満足したように笑っている。 「やはりには幸村がついていなければならないな」 「み、みっちゃん!」 そんな子どもじゃないとは反論する。 は薬についてとても喜んでくれた。それを見て幸村も喜んでもらえて良かったと嬉しくなる。 だが、そこで気づいた。 恐れているものに。 それでも棘は抜けない。抜けそうにない。 幸村には恐れているものがあるから。 想いを告げたところで、成就しなかった場合の最悪のことを、今更考えてしまった。 壊れてしまったら嫌だと思う、今の心地良いとの関係性。 壊したくない。 いつまでもずっとこのまま。だということは無理だとわかっている。 わかっているが、今はまだ壊したくないし、壊されたくないのだ。 自分を見て微笑んでくれるが、他の者へそれを向けてしまったと思うと・・・・。 「あ!雪!雪だよ。初雪〜」 空を指差す。 幸村と三成は視線を上へと巡らせる。 白いものがチラチラと舞い降りてくる。 「そろそろだとは思っていたが・・・今年は早かったな」 「そうですね」 「お前たちは寒さに強そうだな。甲斐の山育ち」 「ものすごーく田舎者扱いされた気がするー」 「本当のことだ」 からかわれていても、初雪を感じて怒る気もならないのかは手を伸ばしている。 雪が手のひらに触れるとすーっと融けて消える。 生活するうえでは大変だが、早く積もれとは上機嫌だ。 幸村の手のひらにも雪が触れた。 同じようにスッと消えていく。 雪のおかげで心温まるような雰囲気なのだが、内面はそうは行かず。 恐れていたものを知ってしまい情けないとはわかっているが、一段と棘が深く刺さったような気がした。 07/02/26
19/12/28再UP
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