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雨童子 後編
「真田殿。お子ができたとか。いやあ〜めでたいですな」 「は?」 「上田にいるお父上もさぞ喜ばれるでしょう」 「兄君も本多殿の娘を娶る話が来ているとか。真田は安泰ですな」 出仕した幸村を囲み、そんな話をされてしまった。 確かに今、子どもを預かってはいるが、できたわけでも自分は嫁を得たわけでもない。 でも、兄にそんな話がきているのかとそれだけは真面目に聞きいってしまった。 「真田殿の奥方となられた者はどのような方で?」 「よ、嫁ぇ!?」 恐らく彼が思っているだろう存在はのことだろう。 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。 「よ、嫁だなんて・・・あの、そのち、違いますから。私はまだ娶ってもいませんし、子どももできたわけじゃ」 「おや、でも真田殿は」 あれこれ追求されてしまう。 素直に預かっている子がいるとだけ言えばいいのだが、それが簡単にできず困っていた。 「幸村殿。ここにおられたか。大殿がお呼びですぞ」 「さ、左近殿。そうですか、ありがとうございます」 秀吉が呼んでいるのならばと、彼らは素直に散っていった。 助けてもらい安堵する幸村の隣をくつくつと左近は笑いながら歩く。 「さ、左近殿」 「いえね。適当に切り抜ければいいものを。幸村殿は素直に反応なさるから」 「す、すみません」 「あの御仁たちはね。隙あらば自分の娘を幸村殿にと思っているのですよ」 大変ですね、おもてになって。 左近は笑いが止まらない。 「わ、私は」 「ま。幸村殿には嬢ちゃんがいますからねぇ」 「いえ、あの別に私は・・・・」 顔を赤く染めてしまう幸村。 どこまで素直なのだと左近は思う。 「早く帰りたいところでしょうが、しばらく我慢してくださいな」 左近に言われ瞠目するも、すぐさま幸村の目は優しくそして笑みを零していた。 「ただいま戻りました、殿」 幸村が声をかけても反応はない。 「ワン!」 「コユキ。お前だけか?」 廊下を駆け出迎えたのはコユキのみ。 出かけているのかなと思いながら幸村は中へ入る。 コユキも随分幸村になれてくれたもので、彼の後ろをくっつくように歩いている。 「・・・・・なんだ。二人で寝ていたのか」 心太の世話をしながらの家事はの負担になるのだろう。 それでも愚痴一つ言わずやってくれている。 心太を寝かしつけている途中で自分も疲れて寝てしまったのだろう。 「風邪。ひいてしまいますよ」 幸村は寝ているに掛布をかけてあげる。 「静かにしていような。コユキ」 コユキを抱き上げ背中を撫でる。 寝ていると心太を眺めていた。 「年寄り連中は幸村を抱き込もうって魂胆なのが見え見えだ」 「まあ、そういうな。実際幸村にはその気はない。あいつは殿に夢中だからな」 「兼続・・・・言ってて恥ずかしくないか?」 「何がだ?」 雨が降っているものの、今宵も夕餉を馳走になりに来た三成と兼続。 正直三成は来たくなかった。 兼続が強引に連れて行こうとするからだ。 そこまで行きたいのならば自分ではなく慶次でも誘って行ったほうがいいだろうに。 だが。 「慶次はずっと書物を読みふけっているんだ」 多分、慶次なりに幸村へ気を使っているのだろうと思う。 だったらお前も見習えと三成は言いたかった。 三成が行きたくない理由。 それは馬鹿夫婦並の空気に堪えられないということだ。 あと、赤子が苦手ということ。 「ごめん。幸村、殿」 「・・・・いないようだな。帰るぞ、兼続」 「だがもう日も暮れるというのにか?」 「知るか」 タタタタッ。 「ワン!」 「コユキ。お前しかいないのか?」 尻尾を振り出迎えてくれたのはコユキ。さらに奥から小さな声が聞こえる。 「いるみたいだな」 二人はコユキを連れて中へ入る。 そこで二人が見たのは心太を挟んで寝ている幸村とだった。 聞こえた小さな声は心太のようで、目をパッチリ開けている。 「・・・・・」 「親子揃って川の字で寝ているというところか」 「馬鹿だ・・・・」 満足そうな兼続に呆れ顔の三成。 兼続を見ているとどこの世話焼きのおじさんだと思える。 普段はそうは見えないのに。 たまにズレが生じるようだ。 「あー」 心太は布団から這い出ようとする。 兼続は慌ててコユキを抱く。 もし怪我でもさせたら大変だというのだろう。 「あ。三成、心太は寝るのに飽きたようだな。お前が抱いてやってはくれんか?」 「・・・・・は?兼続?」 「俺はコユキを抱き上げてしまったしな。先に心太を抱けばよかったのだが」 「適当にしておけばいいだろ。なんで俺が」 「適当などダメだ。もし縁側から落ちでもしたらどうする」 「落ちないように障子を閉めておけ」 「三成」 兼続に凄まれてしまう。 だがそれくらいでは三成は怯まないが、すでに三成の足元に心太がきてしまっている。 仕方なく襟首を掴む三成。 「三成、なんだその手つきは。心太は犬猫ではないぞ」 「う、煩い。赤子の世話など俺はしたことがないのだ」 「幸村がしているのを見ただろ?あれの真似をすればいいんだ」 確かこんなだったかな〜と三成は思い出す。 心太を抱くがぎこちない手つきだ。 「だー」 心太は指をしゃぶっている。 その手で時折三成の着物を掴む。 うっっと引きつる三成。 「なんだ、この生き物は・・・・」 「お前な・・・・自分だってそういうときがあったのだぞ?」 「・・・・・」 いつまでもこの格好は嫌だと三成は幸村のそばまでいくと、彼を蹴飛ばした。 「起きろ幸村」 「三成!」 「・・・・ん?・・・・・」 「も起きろ」 幸村はゆっくりと身体を起こし辺りを見回す。 はまだ寝ていて、三成が心太を兼続がコユキを抱いている。 「あ!お、お二人とも。あの」 「気持ち良さそうに寝ていたな、幸村」 「す、すみません。お二人が来たことに気づかず」 三成は数回の肩をさする。 幸村は蹴飛ばされたか、一応には気遣っているようだ。 「、起きろ」 「あ、あー三成殿そのままで。疲れてしまっているようですから」 「だが。このままでは飯が食えん」 「三成・・・・」 「どうでもいいが、幸村交代しろ。俺は疲れた」 「は、はい」 三成から心太を受け取る幸村。 「三成。疲れるほど相手はしていないだろうに・・・」 「精神的に疲れた」 どっかりとその場に座り込む三成。 「あれから何日経つ?」 「え?」 三成は幸村に問いかける。 心太を預かってからの日数のことだ。 「5日ほどでしょうか」 「いつまでこうしているつもりだ?」 「いつまでといわれましても・・・・」 幸村は心太を見、小さな手に軽く触れる。 心太は幸村の手を力強く握り返してきた。 預かって少し経った時に、同じことがあったのを幸村は思い出す。 横になっている心太がの指を握った時だ。 「わ。ユキさん、握った。私の指握ってくれたよ」 「良かったですね、殿」 「かわいいなぁ。しーんた」 名を呼ばれ反応する心太。 は嬉しそうに心太に話しかけている。 一時的なことだろうとは幸村もその時は思っていた。 すぐに心太の両親も見つかって親元に帰すのだろうと。 「幸村?」 「あ、すみません」 我に帰り幸村は顔を伏せてしまう。 「情が入りすぎだ、お前たちは」 「・・・・・」 「お前はに甘すぎる。のためにと思って赤子を預かっているのだろうが、そんなに上手くはいかんぞ」 心太といるは楽しそうで。 三人でいると本当の親子になったような気になる。 いつまでもこうしているのもいいなと。 「赤子の母親がそろそろ名乗り出ても可笑しくないだろう」 「自分で捨てたのにですか?」 「捨てたからこそ、後悔して連れ戻しにくるかもしれんぞ」 中には本当にどうでもいいと思って逃げてしまう親もいるだろう。 でも。 心太を見ていると、そうは思えない。 「自分の腹を痛めて産んだ子だ。そう簡単に割り切れるとは思えんな」 「三成。お前どちらの味方だ?」 今まで黙って聞いていた兼続。 「別に。ただそれらしき女をこの屋敷の周りで何度か見かけた」 「え」 いつの間にと二人は三成を見る。 と同時に、そういうことは早く言えといいたい。 「確証はできないが、早めに赤子を渡してやれ」 「・・・・・あ、殿」 寝ていたがむくりと起きた。 近くで隠すわけもなく話していれば起きるだろう。 は黙って台所へと向かった。 *** 晴れることもなく毎日雨は降っている。 そんな中では縁側にいた。 心太を膝に乗せていつもみたいに歌を聞かせていた。 でも歌詞を聴いていると幸村は複雑な思いに駆られる。 「殿。なんていう歌ですか?それは。私は知りませんでした、そのような歌」 幸村はゆっくりとの隣に腰を下ろした。 「あめふりって歌。子どもがね、雨が降るとお母さんが傘を差して迎えに来てくれるから嬉しいなって」 「・・・・」 「でね。途中で柳の木の下でずぶ濡れで泣いている子がいて、この傘を貸してあげるねって。 僕はお母さんの大きな傘に一緒に入っていくからいいんだよ・・・・って」 「なんか・・・・」 「心太のお母さんも早く迎えにくるといいね・・・・・うん」 「良いのですか?」 真面目にそう聞き返してしまった。 本当は心太とこのまま過ごしていきたいと思っているはずなのに。 は困った顔をし、幸村から目線を外す。 「変なユキさん。最初からお母さんが戻ってくるまでって約束でしょ?」 「殿・・・・」 「心配かけちゃってごめん。私は大丈夫だよ、まあ、あれかな!予行練習になったと思えばさ」 「・・・・」 は笑う。 今の自分は同じように笑えているだろうか? その時、玄関から呼ぶ声がした。 「ごめんください」 なんとなく、わかった。 心太とお別れだと。 の肩がびくりと震えた。 「先生」 幸村が向かうといたのは、あの町医者だった。 その後ろに申し訳なさそうに立っている男女がいる。 「あの赤子の親でございます。ちゃんと引き取ると」 「そうですか、それは良かった。今、連れてきますので・・・・殿」 心太を抱いては立っていた。 心太の姿を見て母親は顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。 そして何度もたちに向かって謝る。 「お母さんは、心太を捨て置いたこと後悔していますよね?だったらもう二度としないでください」 は母親に心太を返す。 はそのまま踵を返して奥に引っ込んでしまう。 「・・・・殿」 「本当にご迷惑をおかけしました」 父親も頭を下げる。 当初の予想では、貧乏暮らしで子どもを育てられないと思い捨てたのだろうと考えていた。 だが、この夫婦。 身なりは悪くない。 どこかの商家の者のようだ。 家庭の事情だろう、深くは聞かなかった。 聞く権利は幸村にあっただろうが、聞いたところで何が変わるわけでもない。 「それでも、あのお嬢様には心太を可愛がってもらえたようで・・・何度かその姿を見まして」 捨てたと言っても、後悔や心配はあったようだ。 何度も礼をいい頭を下げられた。 町医者と心太たちが帰った後、屋敷は静かになった。 ほんの少し前の状態に戻っただけなのに、別の屋敷を見ているかのような錯覚になる。 「殿」 「・・・・・・・良かったね、心太」 「はい。でも寂しくなりましたね」 「私は、別に、寂しくなんか・・・・ない、よ」 「私は寂しいです。殿も我慢なさる必要はないのですよ?誰も見ていませんから泣いてもいいですよ」 「ユキ、さんっ」 は幸村に抱きつき泣いた。 ずっと我慢していた。 縁側で歌っていた時から、ずっと泣くのを我慢していたように幸村には見えた。 「心太は大丈夫ですよ」 「・・・・うん・・・」 幸村はの背中を優しくさする。 がこんな風に泣いたのは久しい・・・いや、幸村の前では初めてではないだろうか? 信玄が亡くなった時も、武田が滅亡した時もは泣かなかった。 今思えば、一人でこっそり泣いていたのかもしれない。 「殿。私の前では我慢することもないです。もっと私を頼ってください」 こんな時だからいえるような気がした。 「慶次殿たちに比べたら頼りないとは思いますが、あなたを守れるような男に私はなりたい」 幸村はぎゅっとを抱く。 「いえ、なってみせます」 「ユキさん・・・」 「だから、もっと頼ってください」 それはあっという間の出来事で。 でも、心に深く残った出来事だった。 色んな意味で。 少年が母親と一緒に歩いていた。 いつも贔屓にしてくれる老夫婦へとお届けものをするために。 一軒の屋敷の前を通った時に歌が聞こえた。 少年は足を止め母親の方に振り返った。 「どうしたの?」 「俺、この歌知ってる。なんでだろう?」 「・・・・そう」 母親は答えなかった。 その時、屋敷から男が出てきた。 一目見て立派な人だとわかるような。 母親は男に頭を下げた。 男は瞠目するが、母親と少年を見てやんわりと笑み同じように頭を下げてきた。 「母上?」 「なんでもないわ。行きましょう」 「はい」 母親が手を差し出す。少年は嬉しそうにその手をとった。 そして二人は歩きだした。 男は二人を見て安堵し二人とは反対方向に歩き出した。 これは数年後の話。 06/06/13
19/12/28再UP
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