風薫る。




ドリーム小説
よく晴れて気持ちのいい午後。
は近くの河原に来ていた。
夕食の買い物を終えて戻る途中だったのだが、そこで見慣れた人を見つけたので声をかけたのだ。

「おう。嬢ちゃん、いつも偉いねぇ」

の呼び声に相手は片手を上げて返事をしてくれた。
その顔はよりも大人なのに、どこか子どもっぽさを残したような笑顔で。

その人物は前田慶次。

元々加賀の前田家の者で織田家に仕えていたが、武田が滅ぶきっかけとなった長篠の戦いで
幸村を助け、そのまま放浪していた。
今では友である兼続の人柄に惚れたと彼と上杉家に仕えている。
世は豊臣政権。
慶次も幸村と同じく大阪住まいだ。

とはここで出会い、兼続に紹介されたのだ。

「はあ〜いつ見ても大きいですね、松風」

「ははは。嬢ちゃんがちっこいから余計にそう見えるんだろ?」

「慶次さんから見ればみんな小さいですよー」

「ははは、そうかい」

「ふふっ」

慶次が笑うとも自然と笑顔になる。
この男は幸村とは違う人を惹きつける魅力を持っているようだ。
だからか、慶次にどんな軽口を許せてしまう。
相手が三成で同じことを言われれば、ムキになって反論してしまうところだ。

「最初は大きいから怖そうに見えたけど、何度も会っているから最近はなれたかな」

「戦場じゃ、俺と一緒に大暴れするが、日常じゃ穏やかないい馬だよ、こいつは」

「馬って目が優しいですもんね」

「嬢ちゃん、馬好きかい?」

「はい。馬って言うか、松風は好き」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。それじゃあ今度乗せてやろうか?」

「本当ですか!?」

「おうよ。どこでも好きなところに連れて行ってやるよ・・・・っと。勝手なことをしたら幸村が怒るかな?」

自分の大事な相棒を褒められれば悪い気はしない。
だからだけは特別にと慶次は思ったのだが、幸村も馬を持っているし、彼の気を悪くさせてしまうかと慶次は思った。

「ユキさん?別に怒らない・・・・かなぁ?」

「なんだ、どうした?」

「ユキさん、一度も馬に乗せてくれないから」

「こりゃ意外だねぇ」

幸村のことだから、甲斐にいた頃からを馬に乗せて遠乗りにでも行きそうだと思ったのだが。

「危ないって思っているみたい。確かに一人じゃ乗れないけど」

「俺と一緒なら大丈夫だ。松風だからな」

「じゃあ、今度乗せてくださいね」

馬に乗る憧れがあったので、は慶次にお願いする。
慶次も快く引き受けた。
話は変わって、慶次が松風と河原にいた理由だが。
ここで松風を洗っていたのだ。
と言っても慶次ではない。
慶次が兼続の人柄に惚れたとついていくようになったと同じで
慶次の人柄に惚れていると言う下郎の弥五郎だ。
彼と慶次の付き合いは古く長い。
それが物語っているのは松風が身体を洗わすのを許すのは弥五郎のみだ。

慶次は弥五郎が松風を洗っているそばでのんびり横になっているというわけだ。
はその隣にしゃがみそれを見ていた。

「慶次さん、晩御飯ウチで食べます?松風に乗せてもらえるお礼ってことで」

「お。いいのかい?幸村や兼続に聞いてはいたんだ。嬢ちゃんの飯は美味いって」

「美味いかどうかは保障できないですけど〜みっちゃんは不味いって言いますよ?」

「あの人も難儀な性格だからねぇ」

当初料理など真面目にしたことがないと言う
毎日それでもやってはみたが、中々上手くいかない。
寧ろ幸村に変なものを食べさせてどうしようと言う危機感があった。
だが、ねねに料理を学び始めてからメキメキとその腕は上達していた。
今ではたまに三成たちも食べに来ていた。

「兼続は文句どころか褒めていたからな。遠慮なく邪魔しようかね」

「よーし決まり!あとで買い物行きましょうね。これだけど、きっと足りないからね」

今日は幸村と自分のみの夕食の予定だった。
だからこれだけでは足りないだろう。
慶次はよく食べそうだし。ついでにお酒も買って行こうかと考える。

は弥五郎にも一緒にどうかと誘うが、彼は丁寧に断ってきた。
気にすることはないのだが、立場とかを思ってのことだろう。
なのでも無理は言わなかった。
松風もすっかり綺麗になったところで行こうとしたところ、近くで犬の鳴き声がした。

「あ。いつのまに・・・・」

黒目が印象的な子犬だ。
慶次との前で尻尾を振っている。

「君、どこの子?」

話しかけたところで返事はするわけないのだが。
身体の大きい松風が近くにいても怯える様子がない子犬。

「野良かな、この子」

「そうだろうねぇ・・・・・・にしても、なんだ、こいつ・・・・」

「慶次さんも思った?」

誰かを思い出させる。

「遊んでやりたいけど、もう行かなきゃ、ごめんね」

くしゃりと子犬の頭を撫でた。
そのまま立ち去ろうとしたのだが、子犬はついて来る。
止まり振り替えれば子犬は嬉しそうにしている。

「ダメだよ、ついてきちゃ」

メッと叱る
子犬は叱られたとわかって少し身体を縮める。
それに怯む

「うっ・・・・そ、そんな目で見ないでよ〜な、なんか君見てるとユキさん思い出す〜」

「だな」

慶次は豪快に笑う。
二人は子犬を見て幸村に似ていると感じた。
だから子犬に物悲しそうな顔をされると居た堪れなくなる。

「・・・・・しょうがない、ウチ来る?・・・・ユキさん犬好きかな・・・・」

「好き嫌いは聞いたことはないけどね」

「かと言って勝手に連れて帰ったら怒るかも。私居候なわけだし」

「おいおい、そんな風に思うと幸村が悲しむぞ?」

「でも、ユキさんに養ってもらっているわけだし・・・」

慶次にしてみればの願いなど幸村は簡単に聞くだろうと思っている。
寧ろ今の話を聞けば、まさにこの子犬と同じ表情をするだろう。

「とりあえず。慶次さん飼う気ある?」

「俺かい?俺は無理だ。俺のほうこそ、兼続のところに転がりこんでいるわけだし」

「兼続さんなら、しっかり躾してくれそう」

「どうだかねぇ・・・・」

「みっちゃんはダメだな。みっちゃんは相性悪そう、犬と」

「へぇ、なんでだい?」

「狐だもん、みっちゃん」

「そりゃあ相性悪そうだな。じゃあやっぱ嬢ちゃんの所だな」

は子犬を抱き上げ、子犬の額と自分の額をくっつける。

「おいで。私が飼ってあげる」



***



幸村はまだ屋敷には戻ってなかった。
慶次がの代わりに何か材料を買ってくると言うのでは子犬を自室へ連れて行った。
ちょうどいい木箱があったので、そこにちょっと贅沢だが座布団を乗せて子犬の寝床と作った。

「本当、君ユキさんに似ているね・・・ユキさん犬嫌いじゃなきゃいいけど」

甲斐にいる時はそのような素振りはなかったが。
彼がいつも一緒にいた動物は馬のみだ。

「あとでユキさんに頼んでみるからね。ダメって言われたら・・・・内緒で飼うしかないかなぁ」

今更捨てるなんてことはできない。
かなり情が移ってしまっている。

そして夕食時・・・・

「悪いね、幸村。邪魔しちゃって」

「そのようなことないですよ。慶次殿ともこうして共に食べれるのは嬉しいです」

自分の消えそうだった火を守ってくれたのは慶次だ。
また共に戦え、過ごせるのは嬉しい。

「うん、嬢ちゃんの飯、美味いな〜」

「本当ですか?良かった」

「幸村はいいねぇ、毎日こんな美味い飯食ってるのか」

「はい。私は幸せ者です」

すうっとの頬に赤みが増す。

「や、やだなぁ。大した物じゃないのに、ユキさんってば・・・ほら、みっちゃんはいつも文句ばかり言うよ」

少しムッとする幸村。

「三成殿はそうは言っても残さず食べてます。もう少し素直になった方がいいです」

「ははは。天邪鬼なんだろうね、三成殿は」

「本当に美味しいですよ、殿」

「あ、ありがとう」

慶次もいるので少し恥ずかしいが、幸村の機嫌は悪くないと見える。
この調子ならば子犬のことを切り出せそうだ。
しかも慶次と言う強い味方もいる。

「あのね、ユキさん。ユキさん犬好き?」

「犬、ですか?・・・・食べたことないですが・・・・」

「・・・・・・え、食事の材料じゃなくて。普通に犬が好きかってことなんだけど・・・・」

自分は何か可笑しいことを言ったのか?とは頭を悩ませる。
がいた世界では犬を食すと言う習慣はない。
戦時中とかはあったらしいし、お隣の国では四足の動物は殆ど調理されるという話はあるから
ないこともないのだが、は経験上ない。
もしかして、ここの人たちは犬を食うのか?と考えてしまう。

(犬より熊食べていそうだけど・・・)

だが幸村は慌てる。

「そ、そうでしたか。すみません。いえ、あ〜好きとか嫌いとか考えたことはないです」

「なんで?」

「馴染みがないとでも言いましょうか。あまり接したことはないので・・・・」

「・・・・・・」

「犬がどうかしましたか?」

なんとなく言い出しづらい。
がどうしようかと困っているのがわかるのか慶次が口を開いた。

「昼間、河原でな子犬を見つけたんだ」

「はあ」

「それで嬢ちゃんが「犬って可愛いなぁって慶次さんと見てたんだよね」

慶次の言葉をが遮る。

「ね、慶次さん」

「お、おう・・・・」

折角慶次が・・・って所なのだが、は幸村に子犬のことを言わないつもりのようだ。



酒も入ったという事で、慶次には泊まって貰うことにした。
空き部屋はいくつもあるし、何よりよく三成や兼続も泊まっていくので急な来客にもすぐさま対応ができる。
幸村が風呂に入っている間、は自室に戻り子犬に餌を与えていた。
慶次もそれを見ていたのだが。

「嬢ちゃん、なんで黙ったままにするんだい?」

「うん・・・せっかく慶次さんが助け舟だしてくれたのにね、ごめんなさい・・・」

「いや、それは気にしなくてもいいんだが」

「なんとなく、無理っぽいなぁって気がしたから」

犬好き?と聞いて最初に材料として答えてきたのがひっかかっているようだ。

「そうかねぇ」

しばらくは黙って様子を見ることにした。
幸いなことに幸村との部屋は離れているから大丈夫だろうと。

「んで、嬢ちゃん。こいつの名前はどうするんだい?いつまでもこいつじゃ可哀相だろ」

「そうですねぇ、何がいいかな〜小太郎とかいいかな」

フッと慶次の脳裏にわいた風魔の忍。

「いや、それは止めたほうがいいな・・・・なんか縁起悪い・・・・」

「えーコタって可愛いのになぁ」

「多分幸村も嫌がると思うぞ」

「じゃあ小次郎」

「・・・・それもなんか・・・・」

たまに戦場にわいて出てくる剣士。

「小次郎もダメですか?・・・・うーん何にしよう・・・・ねぇ、慶次さん。松風ってなんで松風にしたの?」

「松風かい?・・・・・・さぁてなんでだったかねぇ」

慶次は苦笑する。
教えてもらえないのかとは不満を零すが、すぐさま子犬に目線を戻す。

「いっそのこと“幸村”でいいんじゃないか?似てるし」

「え、それは・・・・ユキさん犬と同じ名前って」

「いいじゃないか、面白そうで。お前は“幸村”だぞ〜なんてな。ははは」

「もう慶次さんってば・・・・」

子犬を抱き上げ、遊んでいる慶次。
は本当になんて名前をつけようか考えている。

タンタンタンと廊下を歩く音が近づいていた。

「慶次殿。殿のもとにおられるのですか?」

障子の前に幸村が立つ。
湯浴みを済ませた幸村が部屋に戻れば慶次がいないことに気づいた。
自分がいないところで二人は何をしているのだろうと気になったのだ。
慶次の笑い声が部屋から漏れていたので余計に。

「ゆ、ユキさん!?」

は子犬の存在がばれてしまうと慌てるが、慶次はのんびりと応える。

「おう。幸村「わん!」

「「「・・・・・」」」

一瞬の無言。
幸村は障子をあける。

「あの、殿。今・・・・犬の鳴き声が」

そして目にしたのは慶次が抱いている子犬。

「慶次殿、その犬は・・・・」

「あの、あのね、ユキさん。この子。その」

「昼間河原で拾った。妙に嬢ちゃんに懐いちまったから連れて帰ってきたんだ」

「は、はあ・・・・」

「飼ってもいいだろ、幸村」

「それ「ワン!」

「「「・・・・・」」」

ははらはらし、幸村は口元がどことなく引きつっている。

「別に・・・・犬を飼うことには反対はしませんが・・・・・・先ほどから気になるのはその犬の名前なのですが・・・・」

「おう、そうかい。良かったな、嬢ちゃん。飼ってもいいってよ」

「う、うん。それは嬉しいのだけど・・・・」

「良かったなぁ、幸村〜」

「ワン!」

慶次に抱き上げられつつも、子犬は尻尾を千切れんばかりに振っている。

「お〜お前、利口なんだな。もう自分の名前覚えちまったか。そうかそうか」

「け、慶次殿!」

「ん?どうした幸村」

「ワンワン!」

「やだ!本当にユキさんの名前つけちゃったー私小太郎が良かったのに」

子犬が“幸村”に反応してしまったのがには不満なようだ。
もう幸村(人)にばれたとか隠していたとかそんなのはどうでもいいらしい。

「だから小太郎は縁起悪いって幸村の方がいいって、絶対。それにこいつは幸村に似てるって嬢ちゃんも言ってただろ?」

殿・・・・・」

面白くなさそうに口を結ぶ幸村。
恨めしそうにを上目で見る姿はやはり幸村(子犬)に似ている。

「ご、ごめん。ユキさん。でも、あの・・・・ごめんなさい」

「あ、い、いえ。いいです。別に・・・・・怒ってはいませんから。その・・・・」

に謝られると幸村は困るらしい。

「最初に言ってくだされば良かったのです。犬を飼うことに反対などしませんから」

「うん」

「今度、何かあった時は、最初にちゃんと言ってくださいね」

「うん」

は幸村に隠したことを反省し、同時に幸村の同意を得たのが嬉しかった。
慶次から幸村(子犬)を受け取り、鼻先をくっつける。

「良かったね。君も今日から家族だよ。ずっと一緒だよ、幸村」

「うっ・・・・」

幸村(子犬)はぺろっとの鼻先を舐め、幸村(人)は複雑そうな顔をしていた。

「慶次殿・・・・」

「どうした?」

「恨みますからね・・・・・」

「まいったね、こりゃあ」

そうは言うものの慶次はまったく困ったような顔はしていなかった。







06/05/11
19/12/28再UP