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その日。珍しく彼女は怒っていた。 幼子みたいに唇を尖らせ、静かに怒りを溜めていた。 「ほら、嬢ちゃん。そんな面してねぇで食いな」 すぐには怒りが解けそうにない彼女。に団子を勧めていたのは傾奇者前田慶次。 「………」 「折角の団子が堅くなっちまったらもったいねぇだろ」 「いただきます」 二人は茶屋に居た。 見ているだけで清々しい青空の下。縁台に並んで腰かける。 けど、そんな青空とは対照的なのがの機嫌だ。 慶次に勧められた団子を頬張りつつも、そう簡単には怒りは解けないようだ。 慶次は苦笑しつつも、自分も団子を食べる。 「まぁ…嬢ちゃんが怒る気持ちもわからねぇではないが…」 「………」 「別に嬢ちゃんはあいつと恋仲ってわけでもないしねぇ」 「…うっ…」 「あははははっ。すまねぇ」 「少しもそう思っていないでしょ?慶次さん」 に軽く睨まれるも、慶次は動じず笑い飛ばすだけだ。 けど、それがの怒りを多少は削いでくれたのか。 彼女は深く息を吐くと、先ほどとは変わった表情で団子を食べた。 「わかってますよー?私だって…怒るのは筋違いだって」 「そうかい?」 「慶次さん、どっち?」 何を言っても、慶次は否定的な答え。しかも曖昧にするのでも困る。 それを見て慶次は豪快に笑い飛ばす。 慶次とのこういったやり取りは嫌いではない。 段々と怒りも収まりつつある。 あぁ、慶次は最初から怒りを削ぐつもりでやっているのだろうか? 「子供だって思いますよね?慶次さん」 「んー?別に思わないさ」 「でも、私…すっごい大人げない態度ですもんね」 「わかってんなら、次からは気を付ければいいだろ」 「もーー。慶次さん、私の事甘やかしすぎ」 「俺は別に甘やかしてなんかいないさ。嬢ちゃんに甘いのは幸村だろ」 「………甘いんじゃなくて、鈍いんです。ユキさんは…」 は団子を食べるのを止めてしまう。 あぁ、しまった。また彼女の怒りを戻した。 慶次はそう思いつつも茶を一口飲んだ。 そう。が怒っているのは慶次の友真田幸村の事だ。 「鈍いかぁ…」 「鈍いです。なに、あの鈍さ…本当ムカツク」 「あははははっ。いつも幸村に懐いている嬢ちゃんの言葉とは思えないねぇ」 「だ、だって!」 はずいっと慶次に体を向けた。 「ユキさん鈍いにもほどがある!なんで、私の気持ちに少しも気付いてくれないわけ!?」 「気づいてねぇかい?」 「気づいていない!慶次さんだってわかってるくせに!」 尖らせた唇。膨れた頬。 あぁ完全にの機嫌は悪くなっていく。 少しだけ、目じりが濡れたようにも見える。 「まぁ…ありゃあしょうがねぇって言うかなぁ…」 「……なんか、自分が情けなくなる…」 俯き、目を伏せるの頭を慶次は軽く撫でた。 が幸村に対し怒っているわけはこうだ。 「ユキさん!あのね、ねね様とお菓子作ってみたの、食べてくれる?」 「殿。よろしいのですか?」 「うん。自分でも思った以上に上手にできたと思う!あ、ねね様のおかげなんだけど」 家事は得意ではない。 お菓子作りなんてほとんどやったこともない。 だけど、秀吉の妻、ねねに教わり作ってみた。 の好きな人。幸村にそれを差し入れして喜んでもらいたかった。 「うん。美味しいですよ、殿」 「本当!?」 「はい」 幸村が喜んでくれた。 それだけ十分に嬉しい。 だけど。 「お。なんか美味そうなもの食ってんな、幸村」 慶次がそこを通りかかった。 「慶次さん。私が作ったものですけど、よければどうぞ」 「いいのかい?遠慮なくもらっちまうよ」 ここで慶次になんでもないです。なんてお菓子を隠すなんて真似は当然しない。 沢山作ったわけだし、幸村に褒めてもらった。喜んでもらったのが嬉しいだから。 自然と笑顔で慶次に菓子を差し出す。 出された菓子を慶次も食べ、幸村と同じように褒めてくれた。 これが三成相手ならば上手にできていても素直に褒めてくれないだろうなと思って。 思っていたら、さらにそこにその三成と左近が通りかった。 同じようには二人にも菓子を差し出す。 「本当か?それは食えるのだろうな?」 「もう!みっちゃんはいつもそうやって苛める。あとでねね様に言いつけてやるから」 ねねに説教でもされればいいんだ。 そんな事を言えば、三成が珍しく慌てる姿を見せた。 「あぁ。美味いよ、嬢ちゃん」 「ありがとうございます、左近さん。よかった、皆に喜んでもらえて」 三成だって食べれば「不味い」とは言わない。 今も豪快にではないが、食べてくれている。 食べた後に一言言った。 「ただ…甘すぎないか?…俺はもう少し甘さ控えめの方がいい」 「そうですか?私はそうは思いませんが」 三成には重く感じる甘さでも、幸村にはちょうどいいらしい。 それもそうだ。 元々甘いものが好きな幸村の為に作ったものだ。 「幸村は本当に甘いものが好きだねぇ。信玄公といい勝負だ」 「うん。お館様…甘いものいっぱい食べてくれたなぁ…」 もう会えないのことを沢山可愛がってくれた人。 左近としみじみ信玄のことを思い返してしまう。 すると、幸村が。 「殿は本当にお館様がお好きですね。その気持ちはわかります」 「あ…うん。好きだよ、お館様は。け、けど」 なんか話がずれてきたような。 そう思っていた時に、今度は稲姫がやってきた。 稲姫はに用事があったらしく、のそばに来た。 お菓子は幸村達に託し、稲姫の話を聞いていただったのだが。 「殿は、お館様…慶次殿や左近殿のような方がお好きなようですね」 と幸村の言葉が聞こえてきた。 「………」 ちょっと待て。と。耳を疑う。 それは慶次や左近もそうだったらしく、顔を見合わせ困惑していた。 「お前は何を言っているんだ?」 三成は呆れた顔をし、幸村を見る。 「え?ですが、そう見えますけど。大柄…と言うか、器が、懐が大きい、というような方を」 もうすでにの耳には稲姫からの用事は入って来ない。 それは稲姫の耳にも届いていたのか、心配そうにの顔を窺った。 「…大丈夫?」 「う、うん…」 話をややこしくしない為か、笑い飛ばそうとしたのか。 慶次が幸村の肩を数回叩いた。 「それじゃあ、三成は嬢ちゃんの目には適わないな」 「な、なぜ。そこで俺の名が出る前田慶次!」 「殿。ムキになってはダメですよ」 「左近。貴様まで何を言うか!大体は…な、なんでもない」 の好きな人は幸村ではないか。 そう三成は口にしようとしたらしい。だが、本人が居る手前自分が勝手な事はできないと口を噤んだ。 「ま。嬢ちゃんに懐いてもらえるのは俺としても嬉しいさ」 「そうですね。嬢ちゃんは妹みたいに見えますよ」 慶次と左近なりに援護してくれているようだ。 けど、は気持ち的に落ち着かない。 なのに。幸村は。 「えぇ!?妹のような…ですか?それでは殿は」 まるで自分が二人に失恋したような物言いを幸村にされてしまった。 鈍い。 鈍いにもほどがある。 は拳をギュッと握る。 「ユキさんのバカ!」 「え…殿…?」 「慶次さん、行こう!ユキさんなんかもう知らない!!」 慶次の背中を押してその場から離れた。 にしてみれば、そこまで言うなら慶次と楽しくやってる。そんなつもりだったらしい。 不機嫌になったを慶次は茶屋に連れてきたのだ。 「私の気持ちなんて、少しもユキさんに届いていないんだ。それどころか、他の人が好きだと思われて…」 「なんて言うか…真っ直ぐで変に頑固だからなぁ、幸村も。どこかでそれっぽい話でも聞いて自分なりにそう思い込んだんじゃないのかねぇ」 「わかりますよ?私だって…お館様も慶次さんも左近さんも好きですよ。けど、その好きはユキさんに対する好きと違いますもん」 親愛感を籠めた好きを幸村に。 友情のような好きを慶次達に。 そのつもりだったが、その好きは幸村に少しも届いていなかった。 「なんで、あの人…あんなに鈍いの?そうだよね…鈍いから他の子の気持ちも気付いていないもん」 「そうだなぁ…気づいちゃいねぇな」 慶次は苦笑する。 よりも長く幸村のそばにいるくのいち。 彼女の気持ちにも幸村は気づいていない。 いや、彼女の場合。思いを遂げようと思ってはいないからずっと己の中に秘めている。 そんなくのいちに対し申し訳ない気持ちがあったから、も行動的になることはできなかったが、ある日くのいちにそれではだめだと言われた。 くのいちはくのいち。 にはのやり方、道があるから後悔をしないように進んでほしいと。 下手に遠慮をされてしまうのはくのいちも嫌なようだ。 「あれかな?ユキさんの好きな人…稲ちゃんって話、本当なのかな?」 「ほぅ。そんな噂があるのかい?」 「うん…兄嫁に恋しちゃって大変だよね、ユキさんも」 「おいおい。決定じゃないんだろ?」 「決定じゃないけど…稲ちゃんは美人だし、武芸にも長けているし、その辺ユキさんと話も合うし…」 慶次の大きな手はの頭に乗っかったままで、その手で撫でて慰めてくれる。 「ユキさんの周りは綺麗な人、可愛い子ばっかり…それじゃあ私なんかを見てもらえるわけないし…」 「逆を言えば、嬢ちゃんの周りにも色んな奴がいるだろう?」 「…あれはみんな友達だもん」 最初から幸村にしか想いを向けていない。 その事を彼らも知っている。 知らないのは気づかないのは幸村だけだ。 「じゃあ、嬢ちゃん。そんな幸村に対して腹にため込んだもの、全部ここで吐いちまいな」 すっきりするぞ。 などと慶次が言った。 「ユキさんは鈍すぎ」 「あぁ」 「どうせ、私のことなんかお館様に頼まれたからとかそんな理由で優しくしてくれるんだ」 「それは酷いなぁ」 「差し入れしても、味見を試されているだけどか思っているのかも」 「毎回嬢ちゃんも頑張っているのになぁ」 の吐き出すものに慶次は飽きもせずに肯定し、頷いてくれる。 否定はしない。 の吐き出すものすべてが正しいとは思わない。 思わないけど、気持ちをすっきりさせる為にそうしてくれるのだろう。 「早く嫁に行け。とか思ってるんだ」 「嫁ねぇ」 「自分の周りをうろちょろされるのが嫌だろうし」 「お、思っていません!そのような事!!」 「え…」 が顔を上げた先に幸村がいた。 いつの間に? 慶次は一言も言っていない。 「わ、私はに、鈍いかもしれませんが…お館様に頼まれたからとか、味見役とか、義姉上の事が…などと、思ってなどおりません!よ、嫁に行けなど…い、行ってほしくないです私としては」 腹に溜めていたものを聞かれたことに対し、は困ってしまう。 恥ずかしいとも思うし…。 けど、以上に幸村は顔を赤くし、そしてどこか泣きそうな顔をしていた。 「殿の方が…私の気持ちなど…知りもしないじゃないですか」 「え…?」 「わ、私はずっと殿をお慕いしていました」 「…………」 「ですが、あなたはいつも慶次殿を頼られて…私のようなものより、慶次殿のような方の方がいいのかと…」 思わず慶次の顔を窺ってしまう。 慶次はニヤニヤと笑っている。 どうやら幸村が追ってきたことを知っていてに気持ちを吐き出させたようだ。 「だ、だって…慶次さんにはユキさんの事を…愚痴っていただけだもん」 「ぐ、愚痴…」 「ユキさん鈍いんだもん!慶次さんにいつも話を聞いてもらっただけだもん! 慶次さんだけじゃないもの、みっちゃんや兼続さんにも左近さんにもみんな知ってるもの!私がユキさんを好きな事を!!」 「え…」 今度は幸村が固まる番だった。 「……本当、ユキさん鈍いよ…」 「す、すみません」 「ってことで、一件落着か?お前さん達、似た者同士って話だったわけだ」 慶次はくしゃくしゃにの頭を撫でた。 「け、慶次さん」 「嬢ちゃん。俺らに愚痴を零すのもいいが。正面から相手にぶつからねぇと伝わらないってことだよ。さっきも言ったろ?幸村は真っ直ぐで変に頑固だと」 変に頑固? 幸村はその意味を考え首を傾げている。 「その真っ直ぐさと頑固さが今回、ここまでややこしくしちまったのは嬢ちゃんにも原因はあるんだからな」 「………」 慶次は縁台から立ち上がる。 「あとは両人仲良くやんな」 「あ、ありがとう。慶次さん」 「ま。たまには愚痴ぐらい聞いてやるよ。惚気は勘弁だけどな」 と、これまた豪快に笑って慶次は去って行った。 残された二人だが。 「えと…ユキさん…お団子、食べない?」 「…い、いただきます…」 少しぎこちなくだが、幸村はの隣に腰を下ろした。 しばら黙って団子を食うも、先に口を開いたのは幸村だった。 「わ、私は…そんなに鈍いですか?」 「鈍いよ」 「そ、そうですか…それは…なんというか…申し訳ない…」 幸村は頭を掻く。 「でも。そんなユキさんも好きだけどね、私は」 は笑った。 つられたかのように、安堵した表情を見せつつ、幸村も。 「私も。殿が好きです」 【それを魅力とは思えない。】 慶次が二人から離れると、三成と左近も居た。 「なんだい、お二人さん。あんたらも嬢ちゃん達が心配だったのかい?」 見てもわかる通りの結果だから問題ないと慶次は言い切る。 「心配などしておらん。ただ…幸村の慌てようがすごかったのでな」 慶次を連れて去ったを見て、幸村にしては珍しく慌て酷く落ち込んだようだ。 「殿が追いかけろ。と尻を叩かなきゃ、幸村はずっと落ち込んでいたでしょうな」 「戦の時の幸村とは別人だな。どの辺にが惚れたのか意味がわからん」 「それは嬢ちゃんに聞けばいいだろうさ。1を聞けば、10、100の答えが返って来るさ。そのくらい嬢ちゃんは幸村に惚れてんのさ」 慶次は笑う。 三成はそれこそ、遠慮すると言い切った。 11/04/24
19/12/27再UP
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