|
毎日ユキさんと一緒にいられたらいいのにな・・・。 【「寂しい……」という君が可愛い。】 幸村と暮らしているものの、同じ屋敷であろうが忙しいと中々会わないもので。 はつまらなさを感じていた。 だが、幸村が忙しいのは仕方ない。 彼は信玄に仕える身。 信玄から命じられれば遂行せねばならぬ立場だ。 しかも、幸村は信玄を心底尊敬しているから、彼の役に立つ事を喜んでいる。 「その気持ちはわかるけど・・・・」 深いため息を吐いてしまう。 「少しぐらい一緒にいたいなぁと思ったりするわけで」 「ならばそう素直に言えば良いのではないですか?」 「・・・・・言えたらとっくに言ってます・・・・」 「そうですね」 の隣でくつくつと笑うのは、信玄の側室である里美だ。 里美は信玄の奥方ではあるが室内で静かに過ごすことよりも、外にいる方が好きなお方。 昔から野山を駆けていたようだが、信玄に嫁ぐ為ならばと内で大人しくしている方を選んだ。 自分から信玄に貰ってくださいと積極的に言ってきた人だ。 ごく稀に何かあれば自分で馬に乗り、信玄に知らせを届ける役目もするし、戦に必要とあれば鎧を着込み出てしまう人でもある。 積極的になんでもする人だから、消極的なにはっきりものを言ってしまう。 もそれがわかっていて、里美のところに来るのかもしれない。 「ユキさんは御館様が一番なんです」 「あら」 「だから御館様に命じられているとき、何を言ってもダメなんです」 それは信玄配下の者とすれば良い評価の持ち主なのだが。 一人の女の子から見ると、面白くないという悪い評価が出てしまう。 「今も真田殿は御館様のご命令で?」 「はい。なんかどっか行っちゃいました。朝早くに」 しっかり働くのは良い事だ。 信玄の為になるのならば。 「どーせユキさんは私のことなんか、これっぽっちも頭にないんでしょうけど」 真田家に居候している、ただそれだけだ。 はそう口にしてしまう。 「そんな事はないと思うけど?」 「あります。きっと私が屋敷にいなくても気付きませんよ、今のユキさんならば」 「じゃあ。試してみたら?」 パンと手を叩く里美。 うふふと笑う顔は美しいが、どこか子どもっぽさを残した悪戯っぽさが見えている。 「試す?」 「えぇ。試してみましょう。真田殿はきっとがいなくなっても気付かないなんてことないですから」 早速準備をしようと里美は立ち上がった。 *** 「ご苦労じゃったの、幸村」 「はっ」 任務を終えて帰還した幸村。 どっぷりと日も暮れてしまっている。 「このところ、おことにばかり働かせすぎた。しばらくはゆっくりすると良い」 「お心遣いありがたく存じます」 でも信玄から命じられる事を幸村は苦とも思わない。 またいつ時でも何かあれば推参するつもりだ。 そう顔に出ていたのか、信玄は呵呵と笑う。 「御館様?」 「おことのその忠義をわしは嬉しいが、もう少し周囲を見た方が良いぞ、幸村」 「は?」 「後で痛い目見ても知らんと言う事じゃ」 それは他の信玄に仕える者達から見て、自分がやっかみの対象にでもなっていると言うのだろうか? 幸村は困惑する。 別にいち早く出世をしようと思っているわけではないし、信玄に仕える身としてはまだまだ若輩。 野心のようなものなどほとんどないと言うのに。 だが信玄がそう口にするのだから、ここは気に留めておこう。 「御館様のご忠告、肝に銘じ・・・」 「幸村。多分、おことが思っている事とはちょーっと違うぞ」 「?」 「わからんか?・・・・これは難儀だ」 難儀と言いつつも、信玄は笑っている。 幸村にはさっぱり意味がわからなかった。 ひとまず信玄に言われ幸村は退出した。 「御館様はいったい、私に何を・・・・」 「おぉ、幸村殿」 信玄の重臣鬼美濃と名高い原虎胤と陣場奉行の原昌俊が陽気に声をかけてきた。 「お主も大変だな」 力強く虎胤に肩を叩かれる幸村。 「い、いえ。そのような事は、御館様の為、私も早くお二人のようにお役に立てればと」 「あ?誰がそんな話をしとるんだ?」 「は?」 「殿が「鬼美濃」 昌俊が虎胤を諌めた。 「あぁすまん。別になんでもない。まぁなんだ、また幸隆殿に飲もうと言っておいてくれ」 「は、はぁ・・・」 じゃあと陽気に歩き出す虎胤。 昌俊はニコリと幸村に笑んでから同じ様に行ってしまう。 いったいなんだと言うのだ? 先ほど「殿が」と彼女の名前を出した。 なんだろうかと首を傾げるものの、彼女の名前を聞いて帰りに何か買って帰ろうと思い立った。 「ただいま戻りました」 屋敷へ戻る幸村。 いつもならば「お帰り、ユキさん!」とが出迎えてくれるはずなのに。 その姿が見えない。 夜遅くならば仕方ないと思うが、日が暮れたばかりならそうまだ寝てもいないだろうに。 たまたまなのかもしれないと思いながら廊下を歩いていると視線を感じた。 柱から顔を覗かせている祖父幸隆。 「御祖父様?どうかなさったのですか?」 じーっと幸村に目を向けるもその目はあまりいいものではない。 上目で恨めしそうな目だ。 「お主の所為じゃからな、幸村」 「は、はい?」 「お主がしっかりせんからこうなるんじゃ。鬼美濃の楽しそうな面が腹立たしい」 まったく持って意味がわからない。 「鬼美濃の倅に殿を取られたらお主の所為じゃからな、幸村!」 「ちょっ、ちょっと待ってください、御祖父様。いったい何の話ですか」 幸隆はスッと隠れてしまった。 「御祖父様!」 幸隆は自室に戻ってしまったのか、顔を出さなかった。 がどうとか、鬼美濃殿がどうとか。 そういえば、館でも虎胤は上機嫌だった。それと関係があるのだろうか? 「殿に聞いてみればわかるだろうか・・・・」 の室に行って見る。ちょうど土産で用意した饅頭もある。 「殿、おられますか?・・・・殿?」 声をかけるも反応がない。 失礼だとは思うも襖を開ける。 「殿?・・・・・あ」 そこにはいなかった。 *** が屋敷から姿を消して早数日。 幸隆からは常に恨み言を言われてしまう。 だが幸村とて理由もわからないし、どうしていいのかわからない。 いなくなってしまったのならば探しに行かねばならないだろうに。 幸隆に進言しても「探す必要はない」と言い切られてしまう。 「・・・・殿・・・・」 屋敷に帰ってもその姿はない。 躑躅ヶ崎の館でもその姿は見かけられない。 その周囲を探してもはいない。 いつもならば幸隆と、信玄と、村の子ども達と過ごしているはずの。 「探す必要はない・・・・と言う事は・・・・殿はもう戻られないのか?」 彼女の生まれ育った場所は甲斐ではない。 甲斐どころか幸村の想像がつかないような場所だ。 それはとても遠く、幸村の手の届かぬ場所。 「そんな・・・・何も言えぬまま別れてしまうなど・・・・」 できることなら一言でも伝えたかった。 彼女のいない時間が今、こんなにも物足りないほどになっている。 「はぁ・・・・」 縁側に腰を下ろし、何もすることがなくため息しか出ない。 「ユキさん、ため息吐いてどうしたの?」 「殿。どうしたもなにも、あなたが・・・・殿!?」 届いた声に幸村は顔をあげる。 がキョトンとした顔で立っているではないか。 「殿!」 「ユキさんただいま」 「ただ・・・・いま?」 「お土産あるよ、ユキさんに。はい、ちょい渋な手拭〜」 他にもあるんだとは色々なものを取り出す。 「おぉ!殿、帰って来たか!殿がおらんでわしは寂しかったぞ〜」 の帰りを知った幸隆が嬉しそうに顔を出した。 「幸隆様!ただいま戻りました。私も幸隆様と離れて寂しかったですよ」 幸隆への土産もあると二人は楽しげに会話をしている。 幸村にはさっぱり意味がわからない。 あれではまるで、祖父は最初からが不在の理由を知っているようではないか。 「道中どうであった?」 「楽しかったですよ。里美様が色んな所に連れて行ってくださいましたし」 「鬼美濃の倅になんもされなかったじゃろうな」 「嫌ですよー。そんな心配する事ないですよ?」 話を聞いているとこうだ。 は里美と旅行に出ていたようで、その護衛で虎胤の息子が警護を兼ねて同行していたらしい。 虎胤の息子だけでなく、昌俊の息子もいたようだが。 なんだ、それは。 幸村は立ち上がり談笑している二人を置いて行ってしまう。 「あ、ユキさん」 「ちと意地悪しすぎたかの・・・・殿、追いかけてやってくれんかの」 幸隆に頼まれずともそのつもりだ。 は幸村の後を追った。 「元はと言えば幸村が悪いから仕方ないんじゃがのぅ」 できればを他所へやりたくないのが幸隆の本音だから。 「ユキさん。ユキさんってば」 が呼んでも幸村は一向に止まらない。 スタスタと歩いていく。 「黙って旅行に行ったのは謝るけど、なんでそこまで怒るの?」 「・・・・・・怒ってなどおりません」 「怒ってるじゃん・・・・」 幸村の声音が固い。 「別にユキさんは、普段私がいなくても関係ないでしょ?だから旅行に行ったぐらいいいじゃん・・・・」 「か、関係ないなどとは私は!」 足を止め振り返る幸村。 急に幸村が止まるものだから、は幸村にぶつかってしまう。 「「・・・・・」」 鼻先を押さえる。 どうしていいのかわからず手の出せない幸村。 「だって、ユキさんの一番は御館様だもん・・・・」 「そんな!それは・・・御館様は私にとって大事な主ではありますが、殿と比べるなど」 「私がいなくなってもきっとユキさんは気付かないだろうって話したら、里美様がなら試してみようッて」 だから幸村に黙って旅行に出た。 あくまで黙っていたのは幸村にだけ。 信玄も幸隆も知っていた。その理由も。 が幸村に愛想をつかしたと虎胤と昌俊は思った為に、息子の嫁にできる機会かもと機嫌が良かった。 そう言うわけらしい。 には虎胤達の思惑など気付きもしなかったが。 「気付かないなどという事はないです。私は、殿がおられず・・・その、この数日寂しかったです」 もう二度と会えないのかと思い始めていただけに。 ただの旅行だと知って安堵したが、同時に腹も立った。 「あなたに・・・・二度と会えないと思ってしまったから・・・・・」 目線を逸らし、唇を噛む幸村。 「・・・・・・ユキさん・・・・・」 「・・・・・・」 二人の間を流れる沈黙。 謝るしかできないのだが、それ以上にの中で沸いた思い。 「その顔反則。可愛すぎ」 「は?」 「私、自惚れてもいいかな?ユキさん、私がいないとダメ?」 不謹慎かと思いながらも嬉しくて、口元が緩んでしまう。 「私はユキさんがいないとダメ。すぐ寂しいって拗ねちゃうし、里美様に愚痴っちゃうし」 こうして幸村の気持ちを確かめてしまう。 「う・・・・・」 「う?」 「自惚れてください。私も殿がそばにいないと駄目なんです」 今日初めて、いや、久しぶりに見た幸村の微笑みには嬉しくなった。 「ユキさん!大好き!」 は幸村に抱きついた。 自分が勝手なことをしていただけで、幸村を試したのに。 別に自分は幸村の奥さんでも彼女でもなかった。 なのに、幸村を試すような真似をして、本当わがままな子どもだ、自分は。 それでも、幸村が自分を想ってくれたのかな?と知れば嬉しいのだ。 「あ、殿!」 驚きつつも幸村はを受け止める。 「できれば・・・・二度とこう言う真似はしないでくださいね。悲しいですから」 「うん。今度はユキさんも一緒に行こうね」 ちょっと意地の悪い方法であったが、里美の言う事は間違っていなかったようだ。 そんな事を信玄、里美、幸隆が話し合っているのを二人は知らない。 お三方は大河ドラマのイメージから。
09/08/10
19/12/27再UP
|