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咲かせよう、花。
【3.5】 自分の背で泣いてしまったに何も声をかけられずにいた幸村。 助け出されてから周りのものを気遣う仕草ばかりで笑っていた。 本当は怖かったのだろうなと思う。 傾斜を転げ落ちていったと聞かされた時、息が止まる思いをした。 信玄の弟である信廉と共に館周辺を見回っていた幸村。 本当は信廉がせずに配下のものにやらせれば良いのだが、彼は好んで自分で見回る。 彼だけではない、信玄自身も自ら行くような人だ。 彼らは自分の目で国の者がどのように過ごしているか見るのが好きだった。 他数名の配下の者と共に一通り見回り、何事もなかったことを確認して一度つつじが崎の館に帰ろうとしていた。 「明日もこのように天気が良いといいな」 「そうですね。今年は農作物にも期待できそうですし」 「治水工事もほぼ終了したからな、村の者も水害に困ることはないだろう」 「はい」 「さて、館に戻り兄上に報告だ」 乗っていた馬を反転させ館へと向かおうとした時、数人の大人を連れて必死で走る子どもの姿が目に入った。 「あれは、兵吾か?」 が一緒に遊んでいる子どもの一人だ。 息が上がっている大人に向かって早くしろとまくし立てている。 「何かあったようだな」 信廉も気づいたようで彼らに近づき声をかける。 「どうした、何かあったのか?」 「あ!信廉様」 大人たちは足を止める。 止めると言うより、疲れて止まってしまったと言う方が近いだろう。 それを見て苛立っている様子の兵吾に良太。 「兵吾、どうしたそんなに急いで」 「幸村様!大変なんだよ!とお妙が崖から落ちたんだ」 「なに!」 それを聞いて信廉たちも驚く。 「俺たちじゃ助け出せないから、大人を呼びにきたんだ。もう!こんな所でへばるなよ!」 ちょっと走っただけで疲れている大人に良太が怒り出す。 「兵吾、案内してくれ。私が行く」 幸村は兵吾を自分の馬に乗せ駆け出す。 「幸村、わしも行くぞ。他のものは荷車などを用意してくるのだ。もしかしたら殿は動けないかもしれん」 良太を案内人として残し、幸村と兵吾、信廉、数名で山へと向かった。 (殿・・・・) 無我夢中だった。 陽が落ちはじめて辺りも暗くなり始めていたので、きっとは心細い思いをしているかもしれない。 いや、動けなかったどうしようかと。 野犬が出没するような場所ではないが、最悪な事態だけは免れたい。 「幸村様、ここ!この道から行くんだ」 ここからは細い道だったので薄暗い中馬で走らせるのは危険なので、馬をここにおいて置く。 「あっち!」 兵吾は指で示しながら幸村たちを連れて行く。 「おはな!和吉!たちは」 ようやく到着した場所では他の子どもたちがたちがいると思われる場所を心配そうに見ていた。 おはなは兵吾たちの到着、一緒居るのが幸村たちだと気づいて安心する。 「お姉ちゃんの声全然聞こえないの」 「呼んでも声が届かないみたいで」 「そうか・・・兵吾ここか?」 信廉が兵吾に訊ね、彼は頷く。 確かに急な斜面で子どもたちでは無理だとわかる。 「急ぐぞ、幸村」 「はっ」 薄暗い中傾斜を降っていく幸村たち。 子どもたちはの声がしないと不安がっていたが、幸村も同じだった。 泣き声でもいい。 どこにいるのかを教えて欲しい、早くあなたの姿を見たいから・・・ 降りきった時にちょこんと座っている人影が見えた。 「殿ー!」 「・・・・あ」 「殿無事ですか?お妙も大丈夫か?」 二人の姿を見て幸村は安心して胸を撫で下ろし、軽く笑んだ。 「ゆきむらさまー」 お妙は助けに来てくれた幸村を見ての腕を抜けて幸村に抱きついた。 「もう大丈夫だからな、お妙」 今まで心細かったが急に安心してお妙は声を出して泣いてしまう。 お妙を抱っこしてあやす幸村。 座ったままこっちを見ているに信廉が膝を折った。 「殿、大丈夫か?」 「あ、あ・・・信廉様?え?え?」 信廉までいたのかとは驚いたようである。 「驚いたぞ。子どもたちが血相変えて大人を探していたのでな」 「そ、そうですか・・・あは、あはは・・・ご迷惑おかけします」 「よい。それよりどこか痛むか?」 「少し体が痛いかなぁと」 「なんとそれは早く手当てをせねば、さぁわしの背にのるがいい」 「え、え!い、いいえ滅相もないです、そんな」 「遠慮はいらん」 「で、でも・・・」 「信廉様、その役目は私が」 「幸村」 ずっと二人のやり取りと聞いていた幸村はなんとなく癇に障って間に入る。 が無事だったことに安堵はしたが、それを一番に確認したかったのだが信廉に取られてしまった。 これで信廉がを背負って行ってしまったならば、と思うとなんとなく面白くない。 「え、っと・・・それもなんか悪い気が・・・・」 「辺りも暗いですから、もたもたしている暇はありませんよ。失礼します」 「え!」 遠慮するに少しムッとしてしまうが、ひょいっとを抱き上げる幸村。 「さぁ、我々も上に戻りましょう。信廉様」 「そうだな」 幸村が不機嫌であると見てわかる信廉は思わず笑ってしまう。 (若いなぁ、幸村) 「信廉様?」 「いや、なんでもない。足元に気をつけろよ、幸村」 「わかっております」 それで来た道を登っていくと、兵吾だけでなく良太たちもいた。 他の子どもたちはどうやら帰されたらしい。 館まで戻るだけなのだが、は荷車に乗るもの拒否して歩こうとするので幸村がまた抱き上げようとしたのだが に一歩引かれてしまう・ 幸村は拒絶されたと思ってショックを受ける。 (私は嫌われているのか?・・・信廉様がいいようなことを言っていたし・・・はっ!殿の好きな方は信廉様!?) だとしたら自分に勝ち目はないと落ち込む。 信廉は武だけでなく文も素晴らしい才能を持っている人だから。 しかしからの言葉は別物だった。 「あ、あの幸村さま・・・・そのせめておんぶにしてくれませんか?」 「は?」 「なんか恥ずかしいので・・・・我が侭でごめんなさい!」 「い、いえ、別に。では、どうぞ」 を背負って幸隆の待つ館へと歩き出す。 途中まで乗ってきた馬は部下に頼んで先につれて帰ってもらった。 信廉たちとも別れてから二人きりなのだが、会話がでない。 なにか言わなくては思うのだが、良い言葉が浮かばない。 (くのいちがいたら、また何を言われるかわからんな・・・・) 思わず溜め息が出てしまう。 勝手に信廉に嫉妬してしまうしみっともない。 (こんなに了見の狭い男だったのか?私は・・・・) くのいちがいたら恐らくこう言うだろう。 『それくらい、のことが好きってことですよ、幸村さま〜にゃは』 みたいな。 そういう事にはまったく気づいてないようで自分に対して反省の言葉ばかりが浮かぶ。 でもこのままではいけないと思い、上手くは言えないだろうが思ったことを言ってみる。 「殿」 「は、はい!」 「無事で良かったです」 「・・・・・」 「多少怪我はしているようですが、命に別状がなくて・・・・・本当に良かったです」 何の反応もないに幸村は少し焦る。 自分は何か変な事を言っただろうか? 「殿?」 背に負ぶさっているので彼女の反応がわからない。 だが、急にの腕が幸村の首へと回された。 「え?殿?」 突然で驚く幸村だったが鼻を啜る様子がわかって泣いているのだと気づく。 そうしているうちに幸隆の待つ館へと到着した。 「さぁ、着きましたよ。あなたの家に・・・・」 すでに誰かから報告を受けたのだろう、幸隆は幸村が戻ったこと聞いて慌てて出迎えた。 「幸村!殿はどうされた!」 「おじい様。殿は無事ですよ。少し身体を打ち付けてしまったようですが」 幸村の背に負ぶさっているを見て幸隆は顔を歪める。 は顔を伏せたままだ。 「殿、もう大丈夫だぞ、ゆっくり休まれよ。痛む場所はちゃんと言ってくれ」 頷く。 どうやら泣き顔を幸隆には見せなくないらしい。 そんな顔を見せたら幸隆が心配するだろうと思っているのだろう。 「おじい様、殿を休ませましょう。あと傷の手当てもしないと」 「そうだな」 幸村はの部屋へと彼女を運ぶ。 すでに部屋には布団が敷かれている。 「殿、先に汚れを落としたほうがいいですね」 一度彼女を下ろし、女中にその辺の仕度を頼む。 流石に幸村が着替えさせたりできないから。 医者を呼んでを見てもらう。 特に目立ったことはなく打撲でしばらくはあざが残るかもと言っていた。 年頃の娘にあざができるのは嫌だろうなとは思う。 もう一度顔を見ようかと思ったが、ゆっくり休ませてあげたいと言う気持ちが強かったのでそれは止めた。 朝になったら笑顔を見せて欲しいな *** 翌朝、が中々起きてこない。 自分はもう出仕する時間なので館を出なくていけない。 少しだけ顔を見ていこうか? の部屋の前まで来るが声をかけても良いものかと一瞬戸惑う。 だが、障子越しに思い切って声をかけてみる。 「殿。起きておられるか?私です」 「・・・・・幸、村さま・・・」 中からのの声がとても辛そうなのに気づき返答を待たずに開けてしまった。 「どうしました!殿」 はうつぶせになって倒れているように見える。 慌てて駆け寄る幸村。 「お、おはようございます〜」 「何を暢気に。どこか痛むのですが?昨日傷めた場所が悪化したとか」 「ち、違います。確かにすこし痛いですけど・・・・・理由は他にあって・・・・」 「?」 「き」 「き?」 「筋肉痛です」 「は?」 「昨日沢山走ったりしたから、山に登るのは久しぶりだったし・・・・起きたら足が痛くて、あは、ははは」 筋肉痛・・・・ 「ふっ・・・・・ははははは」 一瞬呆けてしまっただけに、後から沢山の笑いがきた。 幸村にしては珍しく、いやは始めてみるのだろう大笑いしている彼を。 なんだか楽しくてのつられて笑ってしまう。 「ひ、酷いです、幸村さま〜あはは」 目いっぱい笑った後に、幸村はそろそろつつじが崎の館へと行かねばと思う。 「では、私はもう行く時間なので」 「はい」 は身体を起こしてちゃんと座る。 「幸村さま、いってらっしゃい」 「はい、いってきます。今日はゆっくり休んでいてくださいね、殿」 「はい」 の返事に幸村は目を細めて笑い、そして部屋から出て行った。 昨日ことを沢山心配したのだが、大丈夫そうだ。 泣いたには驚いたが、やっぱり彼女は笑っている方がいい。 「帰りに何か土産でも用意しようか・・・」 そしたら彼女は喜んでくれるだろうか? 3話目の補足。
04/10/05
19/12/28再UP
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