くつろぎ空間。




ドリーム小説
「はぁ〜やっと終わりましたね」

「そうですな」

一組の男女が肩を並べて歩いていた。
スーツ姿の男性に制服姿の女性。

梅雨に入ったとは言うが、雨は降らず晴れた毎日が続いている。
その為か、少し蒸し暑く感じ歩いている女性は時折、手で顔を扇いでいる。

「あそこの課長さんは仕事の話より世間話の方が長くて参りますな」

「本当ですよね、それがなければもっと早くに終わりましたしね」

殿にはご迷惑をおかけしました。本来ならば私一人で行くべき所なのですが」

と呼ばれた女性は、慌てて手を振る。

「そんな事ないですよ〜私なんかじゃ張遼さんの足手まといになっちゃうんじゃないかな〜って」

「いえ、あなたのお陰で随分助かりましたよ。次回もできればあなたに手伝っていただきたいものですよ」

「またまた、張遼さんてっば〜」

「本当ですよ」

張遼文遠、はともに許昌にある某企業に勤めている。
今日は二人で得意先の会社廻りをしていた。
普段は張遼と別の同僚の男性が行くべき所なのだが、今回その同僚は休みなので
張遼からに同行をお願いされた。

「昼食の時間も過ぎたようですね。よろしければ私が奢りますよ」

張遼はお詫びの代わりにと言う。

「え、奢りだなんていいですよ」

「遠慮なさらず。近くにいい店があるのですよ、行きましょう」

「あ、張遼さん」

張遼はその『いい店』とやらに向かって歩き出す。
も慌てて張遼の後を追った。


自分たちと同じような営業廻りのサラリーマンたちの波から外れて入った通り。
少し外れただけなのに、とても静かである。
さっきまでの無機質な造りのビル群とは変わって建物の外観は暖かみのあるレンガ造りの建物が多い。

「どこまで行くのですか?」

「もう少しですよ」

黙って張遼の後を着いていく。
とりあえずはいつも見る風景とは少し変わっているので、無言でも嫌な気分はしない。
着いて歩いていると言うだけだが、この街にこんな通りもあったのかと嬉しくなる。

「さぁ、ここですよ」

白い壁の二階建ての建物。
張遼は二階へは上がらず、前方の茶色の扉の方へ進む。

入り口に店の名前であろう【重逢】と書かれたものが置かれている。
パッと見何の店だかわからないが、張遼が昼を奢ると言うのだ、カフェではあるだろう。


カランコロン


張遼がドアを開けると、男性の声がした。

「いらっしゃいませ・・・・って、なんだお前か」

男性は張遼の顔を見て眉を顰める。
張遼は苦笑しながらそれに答える。

「客に向かってなんだは失礼ですね、元譲殿」

「俺はお前を客だとは思ったことないからな。久しぶりだな、文遠」

「えぇ、最近忙しくて。あ、殿、こちらへどうぞ」

張遼の馴染みの店らしい。
は二人のやり取りをただ突っ立って見ていた。
張遼はさっさとカウンターの方に腰掛ていたので、も隣に腰を下ろした。

店内には仕事の休憩中であろう男性に、窓際の席で雑誌を読んでいる目元が優しげの初老の女性。
大きすぎず、小さすぎないボリュームでかかっているクラシック。
店の外観とは少し違って落ち着いた感じがする。

客は自分たちを含めて4人なのだが、不思議と寂しいとは思わない。

カウンター内の男性はに向かって、改めて『いらっしゃいませ』と笑んでくれる。
左目が閉じられたままだが、その笑顔にどこか安心する。

「彼女は私の会社の同僚で殿です。
 殿、この店のマスターで私の学生時代の先輩でもある夏侯惇元譲殿です」

「は、はじめまして!です。いつも張遼さんにはお世話になってます」

は深々と夏侯惇に頭を下げる。
夏侯惇は微苦笑する。

「頭を下げられるほどのことはしてない。そんなにかしこまる必要はないぞ」

「は、はぁ」

夏侯惇はに水と店のメニューを渡す。

「元譲殿、私には?」

「お前はどうせいつものだろう」

「わかってらっしゃる」

(いつもの?)

「この店の珈琲はとても美味しいのですよ。淹れているのがこんな強面の方とは思えない味ですがね」

「一言多いぞ、文遠」

二人は軽く笑いながら談笑している。
はメニューを見て、少し固まった。
メニューのほとんどが珈琲だったから。

(・・・どうしよう〜私、珈琲飲めないんだよぉ〜)

それは子どもの頃からそうだった。
珈琲を飲むと夜眠れなくなるからと母親があまり飲ませてくれず、その影響か学生時代は紅茶を好んで飲んだ。
気がつけば缶コーヒーですら飲まなくなっていた。

単純に“苦い”と言うイメージがあるのだろう。
子どもの頃に父親が飲んでいるのを少し飲んだが、やはり苦くて・・・

(せっかくつれて来てもらったのに、珈琲飲めませんって言えないよなぁ)

それにここのは美味しいと張遼は言っていたし。

「お決まりですかな?殿」

「え?あ・・・いっぱいあって悩んじゃって」

確かに様々な種類のモノがあるらしい。
それに一つ一つに短い説明文がつけられているのだが

(酸味?珈琲に酸味って酸っぱい珈琲ってどんなん?)

単純にの中では珈琲=苦いって感覚しかなかった。
そこに酸味までもあると知って余計に混乱する。

があれこれ考え込んでいるうちに張遼の頼んだ『いつもの』が出来上がり彼に差し出される。

「私も張遼さんと同じモノで」

咄嗟にそう言った。
彼が何を飲んでいるのかも知らないのに。
鼻を掠めた珈琲の香りがとても良かったのが気になって、つい。

「あぁ、ついでに何か作ってくれませんか?私たちは昼もまだなので」

「・・・簡単なものしか出せんぞ」

「結構ですよ。あ、殿はケーキの方がよろしいかな?」

「ケーキですか?」

ケーキと聞かれて思わず顔が緩む。
ケーキは大好きなのだ。
でもメニューにはケーキの品名は書いてなかったが。

「ケースの中に入ってる、好みのを選んでくれ」

「あ、はい」

そう言えば、入り口のすぐ側にあったのを思い出す。
4種ほどが並べられているが、どれもの好みをつく美味しそうなものばかりだ。
どれにしようか迷ってしまう。

「えと、このシフォンケーキをください」

木苺が入っていると言うシフォンケーキを選ぶ

ちょうど頼んだ珈琲も出来上がり、ケーキと一緒にの前に差し出される。

目の前にある珈琲をさてどうやって飲もうか考える。
張遼は砂糖もミルクも入れずにブラックで飲んでいる。
それを好んでいる人の目の前でいきなり砂糖を大量に入れるのは気が引ける。

とりあえず、少しだけ飲んでみる。
それで飲めないようなら自分の好みに砂糖を入れよう。

一口カップに口をつける。

(苦っ!)

同時には隣で涼しげな顔して飲んでいる張遼に驚く。

(なんで、ブラックで飲めるの?すっごく苦いんですけど・・・いつものって言ってたけど、何?これは〜)

さり気なく砂糖を数杯入れる
張遼は夏侯惇と話している。
内容からすると二人の学生時代のことらしい。
はケーキを食べる事にする。

(うわっ、ケーキ美味しい〜ちょっとスポンジが柔らかめだけど、私は好きだな)

ケーキの美味さに自然と顔を緩ませてしまう
ふと思う。
このケーキも夏侯惇が作っているのだろうか?
カウンターには彼一人。
他に従業員の姿は見えない。

「お気に召しましたかな?殿」

「え?は、はい。美味しいです」

「それは良かった」

しばらくすると、客の男性が立ち上がる。
帰るようだ。
夏侯惇はレジの方へ移動する。と言っても同じカウンター内でだ。

男性が支払いを済ませると初老の女性もレジに来た。

「今日も美味しかったですよ」

「ありがとうございます」

「本当はもっとゆっくりしていたかったけど、娘たちと約束があるのよねぇ。
 次はもっとゆっくりお邪魔するから」

「いつでもお待ちしてます」

「どうも」

初老の女性はゆっくりと夏侯惇に頭を下げる。
夏侯惇はカウンターから出て、女性のためにドアを開ける。

「ありがとう」

女性が帰ったことで店内の客は張遼とだけになった。
あ、夏侯惇は張遼を客とは思っていないようなので、一人か。

「元譲殿、私の頼んだものはまだですか?」

「ウチは食堂ではないぞ。飯が食いたければ他所へ行け」

「とか言いながら、ピラフを作ってくれてるじゃないですか。早く食べたいですね」

「煩い、黙って待ってろ」

「はいはい」

仕事場では見せたことのない張遼の態度。
いつもピシッとした身なりで仕事もテキパキ。
仕事の鬼とまで言われてしまう彼が、夏侯惇の前でが少し悪戯坊主と言う雰囲気を出している。
彼に対しては壁と言うか遠慮がないのだろう。

「ほら、できたぞ。食ったら帰れ」

「まだいいじゃないですか。今日は一日外回りなので平気なのですよ。もうほとんど用は済みましたし、ね、殿」

「は、はい」

「お前はよくとも彼女は困るのではないか?」

「平気ですよね」

「は、はい。大丈夫です」

「まったく・・・・先に言っておくぞ、俺の目の前で女性を口説くのは止めろ」

窓際の席ならばともかくカウンターで自分の目の前でやられた日にはたまったものではない。
見知らぬ客ならともかく、昔から良く知っている奴なので。

「ここでは口説きませんよ。口説く以前に大半はあなたに取られてしまいますから」

「俺はとった覚えはないな」

なんの会話だいったい。
でも会話からすると張遼はこの店で女性を口説こうとするが、連れは夏侯惇の方に夢中になるらしい。
なんとなくわかる気がして笑ってしまう

「嫌ですね、殿。真に受けないでくださいよ」

「え?違うんですか?」

「私はこの店には一人で来るほうが多いですよ」

「そうだったか?」

「元譲殿まで」

珈琲は苦かったが楽しい時間だった。
帰り際に「また来ます」とが言うと、夏侯惇はさっきの初老の女性客と同じように

「いつでもお待ちしています」

と言った。
の隣で張遼が「やはり女性は皆元譲殿に取られてしまう」とぼやいていたのに笑った。



***



本当は珈琲が苦手なのに、週一で【重逢】へと向かってしまう。
誰かと一緒ではなく一人で。

あの静かな雰囲気を大勢で行って壊したくなかったから。

【重逢】を教えてくれた張遼も一人で行くようだし。
何度か訪れているうちに一人で訪れている客の方が多い事に気づいた。

常連とまではまだ行かないだろうが、夏侯惇はが来るたびにニ、三声をかけてくれる。
基本的には黙って珈琲を淹れている。
常連客となら楽しげに話をしている。

は初めて行った日はカウンターで飲んでいたが、窓際の隅の席に好んで座る。
珈琲と言うより、夏侯惇目当てになってきているので、カウンターにはなんとなく行けない。

店に来て注文するのは日替わりのケーキと一杯の珈琲。
珈琲と言っても、すぐさま味がわかるようになったわけでもないし、苦いのは相変わらず苦手な
それでも、何度か来て自分でも飲めるような物があったのでいつもそれを注文する。

アイスモカ・ジャバを。

たっぷりの生クリームの上にチョコレートシロップがかけられている。
それにガムシロップをかけて飲んでいるのだ。
苦味より甘みの方が勝る。

いつもアイスで頼むので次こそはホットでと思うのだが、暑い陽を受けて来るとホットよりもアイスを注文してしまう。





『まったく、謝るだけなら誰でもできるでしょうが!』

『本当に申し訳ありません!』

取引先の企業との間でミスを犯してしまった。
下手をするとここで契約を打ち切られてしまうかもしれない。
別にが一人が悪いわけではないのだが、上手く連携が取れていなかった。
結果、が相手先からのお叱りを一人で受けているのだが。

入社して以来、失敗がないわけではない。
それでもその都度、次は失敗しないようにと常に前向きに考えてやってきた。
けど、今回は少し後ろ向きになってしまう。
最悪の場合解雇されてしまうだろうとか。

相手先から戻る途中、何度も泣きそうになるが、外で昼間なのでグッと我慢する。
先ほど会社に電話を入れたところ、上司にはニ三、注意を受けたが、一人の責任ではないので気にするなと言われた。
後で、上司も相手先と直接話し合いをするそうだ。

「はぁ・・・」

気分が滅入った時は何も上手くいかない気がする。
こんな時に【重逢】にでも行きたいものだが、生憎今日は定休日なのだ。

それに昨日行ったばかりだし。

はベンチに腰掛ける。
とりあえず、社に戻って・・・
色々考えるも上手くまとまらない。

そこへ・・・

「なんだ、こんなところでどうした?」

「え?」

目の前には買い物帰りなのだろうか、紙袋を手にした夏侯惇が立っている。

「あ、夏侯惇さん」

「仕事はどうした?サボリか?」

夏侯惇は軽く笑む。

「あ・・・えっと・・・」

「どうした?」

「なんでもないです、なんでも」

「そうは見えんな」

は笑って誤魔化す。
夏侯惇は空いている手を腰にやり軽く息を吐いた。

「ついて来い」

「え?」

「行くぞ」

歩き出す、夏侯惇には意味もわからないままついていく。

「あ、あの夏侯惇さん!・・・あ」

到着した場所は【重逢】である。
ポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける夏侯惇。

静まり返った店内。
椅子は店の隅に重ねられいて、照明もついてなくあぁ、休みなんだなと実感する。

夏侯惇はカウンターの椅子を一脚だけ下ろし、に座らせる。
自分はカウンターに入り、何かし始めた。
湯を沸かし、カップを取り出している。
珈琲でも淹れてくれるようだ。

「あの?」

「少し飲んでいけ」

「あ、ありがとうございます」

最近ここで飲んでいるアイスモカジャバでもご馳走してくれるのだろうか?
だが、夏侯惇が取り出したのは豆をひくミルではなく小さな花が描かれたポットだった。
さらに丸い缶を取り出す、スプーンで茶葉をすくう。

黙って見ているとなんか変な感じだ。
いつもなら白のドレスシャツに黒の蝶ネクタイ。
さらに黒のベストを着てハーフタイプのダブリエをつけている。
今は青色のワイシャツに黒のズボンと言うラフな格好。

数分しての前に差し出されたのは香りの良い紅茶だった。

「今、ミルクがきれていてな、すまんがストレートだ」

「い、いえ」

一口飲むと、なんだかホッとした。
夏侯惇の淹れてくれる珈琲も美味しいと思っていたけど、元々紅茶の方が好きだったので安心する。
砂糖を一杯加えてもう一口飲む。

「美味しいです」

「そうか」

「・・・・仕事でポカしちゃって、凹んでました。でも美味しい紅茶が飲めたので元気が出てきました」

そう言うの表情が会った時より明るかったので、夏侯惇は目を細めて笑む。

「でも、わざわざ紅茶を淹れてくれるなんて」

「苦手だろう?珈琲」

「・・・え?」

「本当は珈琲より紅茶の方が好きだろう?隠してたつもりか?」

「え、えー!?気づいてたんですか?いつから・・・」

「文遠とここへ来た時だな」

一番最初ではないか。
始めから知っていたのですか。

「メニューを見て固まっていたしな、一口飲んだはいいが、苦いって表情に出てたぞ、お前」

夏侯惇はくつくつと笑う。
は恥ずかしくってしょうがない。

「それでも、何度か来てくれているからな、ここを気に入ってもらえたようで俺としては嬉しいのだが」

「は、恥ずかしいです。本当は珈琲苦手で」

「ならば、最初から紅茶でも頼めばいいのにな。メニューにちゃんとあるだろ?」

「あ、ありましたっけ?」

「あるぞ」

知らなかった・・・と言うか気づかなかった。
店では大半の客が普通に珈琲を注文していたので、珈琲しかない専門店だと思っていたのだ。

「次は紅茶を飲みきます・・・」

恥ずかしそうに笑うに夏侯惇は仕事中の顔になり一言。

「いつでもお待ちしています」

と言った。

「珈琲って奥が深いですね、苦味以外に酸味があるなんて知りませんでしたし」

「ま、珈琲に限ったわけではないがな。その酸味がいいという奴もいるし、苦味の方を好む奴もいる」

「張遼さんが飲んでいたのはものすごく苦かったです」

あの苦味を思い出す

「あれは、文遠用のブレンドだ。苦味をきかせたものだからなぁ・・・」

それでも涼しげに飲んでいた張遼。

「私にはあれは砂糖なしでは飲めませんよ・・・あ、もうこんな時間」

時計を見れば、そろそろ社に戻らねばならない時間になっている。

「ごちそうさまでした。おいくらですか?」

「今日は定休日だ。代金はいらん」

「でも・・・」

夏侯惇のお陰で気が楽になったわけだし、休みなのに店をわざわざ開けてもらったし。

「せっかくの夏侯惇さんのお休みなのに。家でのんびりしたかったのを邪魔しちゃいましたし」

「家?あぁ、気にするな。2階が俺の自宅だ」

「・・・・」

「ここも俺の家のようなものだしな」

の飲み終えたカップやポットを洗い片付け始める夏侯惇。
夏侯惇は気にするなとしか言わず、でもはお礼もしたいわけだし。

「ならば仕事が終わったら、また来る気はあるか?」

「え、えっと」

「飯でも食いに行かんか?一人で食うよりいいのだがな」

少し頬が熱くなるも口元が嬉しくて緩んでしまう。
さっきまで仕事の失敗で凹んでいたのに、自分は現金だなと思う。
今は早く社に戻って、仕事を終わらせたいとか思ってしまう。

「行きます!私、美味しいお店知ってますから」

「それは楽しみだな」




私の方が楽しみです。
いつもは見ているだけの人だったから。
今日の短い時間だけで色々なあなたを知る事ができたのだから。

それに、また新しいことが知る事ができそうだから。

仕事が終わったら、速攻で向かいます。


だから【重逢】でまた会いましょう。









キリ番リクでした。惇でパラレル希望ってことで。
04/06/19
19/12/22再UP