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不意に触れた指先
その指先は冷たかった。 いつまでも感触が残っているほどに。 「あなたが好きです。殿」 その言葉を聞いて耳を疑いたくなった。 何を言いました?と。 信じられないというような目つきの。 不審に思うような眼差しではなく驚きの方が勝っているというような。 から発せられる言葉がどんなものか想像できなくて言った本人。 趙雲は怖さが湧き上がっている。 「あの・・・・えっと・・・私」 困らせた。 の顔を見た時にそう感じ胸に小さな痛みを感じた。 そんな顔をさせたいわけではないのに・・・・。 「私の方こそ、すみませんでした。あなたにそのような顔をさせるつもりはなかったのですが・・・」 「え」 「もう良いですよ、殿」 情けないとか悔しいとか色んな想いが入り混じって。 こっちの方が彼女の顔を見ていられなくなって。 思わず背を向けてしまった。 【不意に触れた指先】 逃げ出した。のだろう。情けないことに。 彼女からの返事を聞けなくて。 元々伝えるつもりがなかった想いだけに、今後どうしたら良いのだろうと頭を悩ませる。 いつもなら馬超あたりに愚痴りたいのだが、こんな情けない行動を取ったとしれば、きっと彼は冷たく突き放すだろう。 戦でも敵に背を向け逃げ出すなんて真似しないのに。 いや、作戦上止むを得ずそうすることや殿としてすることもある。 そんなときは今みたいな気持ちなどちっとも湧きあがらない。 作戦は必ず遂行するし、殿としてならば自分よりも弱い兵や傷ついたものたちを無事、そして護るべき劉備を逃がす為にと 思えばなんてことはない。己の命を削ってでもなんとしてもという気持ちになる。 だが、今はどうだろう。 に背を向けて。彼女の答えを聞かずに逃げてしまった。 相応しくないのだろう。こんな自分は。 「あ。趙雲殿!」 「姜維。はは、すごい荷物だな」 ばったり回廊で姜維と会った。 彼の腕の中には沢山の書物や荷物が抱かれている。 「はい。丞相に頼まれたものを運んでいるのですが、少し量が多くて」 えへへと笑う年下の青年を見るとこちらまで釣られて笑んでしまう。 いつも一生懸命で孔明の役に立とうと日々努力を惜しまない。 「そんなにいっぺんに運ぶことはないだろう。何度かに分けた方がいいぞ」 「そうなんですけど、あはは」 両手に荷物が塞がっていなかったら頭を掻く仕草をしたのだろうなといとも簡単に想像がつく。 「面倒臭がったな?しょうがない、私も手伝おう」 「あ。良いですよ。趙雲殿にそんなことさせられませんって」 「遠慮するな。大荷物でひょこひょこ歩いている姿を見ている方が不安になる」 「えーひどいですよー」 「ほら。貸せ」 半ば強引に姜維の手の中から荷物を奪った。 さり気なく重そうなものばかり選んで。 姜維は戸惑うがすぐに趙雲に礼を言った。 二人で歩きながら孔明の執務室へと向かう。 常日頃から自分を慕ってくれる姜維は色々なことを趙雲に話しかける。 それを聞き答え、趙雲にとっても楽しいと思える時間だ。 「本当ですか!では、午後からは僕にも稽古をつけてくださいね!」 「ああ。いいぞ。だが私などと稽古になるのか?姜維は中々腕が立つからな」 「そ、そんなことありません。僕なんかまだまだですよ。でも嬉しいです、趙雲殿に稽古をつけてもらえるなんて」 「大袈裟だな」 「本当ですよ!だって普段は弟子の星彩殿ばかりではないですか。星彩殿が羨ましいです」 張飛の娘、星彩は父親譲りの武闘派で箏や二胡を持つことより剣を持つことを選んだ。 いまだ混迷する世の中、父の役に立ちたいと彼女なりに思っているのだろう。 それに関羽の息子関平が同じように毎日頑張っている姿を見ると負けていられないのだろう。 二人は幼馴染で互いを知っている為に。 そんな娘のためにと張飛から趙雲に星彩を指導してやってくれと頼まれ引き受けたのだ。 「約束ですからね。趙雲殿!」 「ああ。わかった。まずは荷物を置いてこないとな」 「はい!」 自分よりも素質、才はあると思うのだが。 でも姜維が強くなるための手助けになるのならばいいだろう。 「そういえば・・・・最近が元気ないんですよね。どうしたのかな・・・・」 「え」 と聞いて胸が締め付けられるような感じがした。 元気のない原因は恐らく自分だろうとは思う。 それを作ってしまった自分は彼女と顔を合わさないでここ数日過ごしている。 いや、逃げているのだ。 姜維はそのことを知らないだろう。だから趙雲にどうしたのでしょう?などと普通に話している。 このことは誰にも言っていない。 言えるはずがないのだ。 「早くいつもみたいに元気になってくれるといいですよね」 「・・・・ああ。そうだな」 そうさせてしまった自分が言えることではないが。 「あ!いたいた。姜維!趙雲も一緒か」 「馬超殿。僕に何か用ですか?」 馬超が駆け寄ってくる。 趙雲は馬超に軽く頭を下げる。 「おう。お前に頼みたいことがあるんだけどよ」 「急ぎですか?僕はまだ丞相へ届け物があるのですが・・・・」 「私が運んでおこう。姜維は馬超殿を手伝ってあげればいい」 「え。でも「そうか?悪いな」 姜維の返事を途中で遮り馬超は姜維を連れて行こうとする。 早くしろといわんばかりに乱雑に姜維の手から荷物をとりあげ、強引に趙雲に持たせる。 「ちょ、ちょっと馬超殿。いくらなんでも、これは」 「平気、平気。ほい、これで最後。おら行くぞ姜維」 「え。でもちゃんと」 自分が最初に手にしていた時よりも不安定な状態に姜維は気が引けてしまう。 このまま行くわけにはいかないだろう。 だが馬超はさっさと姜維をひっぱり歩き出す。 「ほら、急げ。悪いな、趙雲。あと頼んだぜ」 「え。あ、はい・・・・・」 馬超の急ぎように苦笑しつつ趙雲はなんとか歩き出す。 姜維が持てていた量だから大丈夫だろうと。 ただ、安定が多少足りないような気もする。 「最近が元気ないんですよね」 ふいに過ぎる姜維の言葉。 自分が一方的に想いを告げたことで、彼女が元気を無くすというのも少々意味がわからないが。 余計な気を使わせてしまったのだろうと考える。 逃げてしまってからほとんど目も合わせずにいたから。 だけど、笑いかけるなんて真似できなくて。 自分以外の誰かが彼女と親しげにしている姿なども見ていられないから 最初から姿を合わせないようにした。 弱い。弱すぎる。 そういえば、何故あの時へ告げてしまったのだろう。 元々そんな気はなかった。 と一緒にいるのは楽しかった。 周りにいたどんな女性とも雰囲気、行動が違っていて。 型にはまらない。そんな風な子。 気づけば彼女を眼で追いかけるのが当たり前になっていて、自分の姿を見かけると手を振り駆け寄ってくれる姿が好きで。 (自分からそれを壊してしまったのだな・・・・) その後どうしようなどということなど何も考えてなくて勢いだけで言ってしまったあの日。 どこかで期待していたから。余計に今、落ち込み逃げているのだろう。 同時にこんな自分よりはもっと彼女に相応しいと思える男性がいると考えてしまう。 馬超であったり姜維であったり。 (やめよう。悪いことばかり考えると深みにはまる) 趙雲は小さく頭を振った。 漏れる溜め息の回数も増えていることだし。 に嫌な思いをさせてしまったのは自分なのだから逃げるのだけはやめよう。 次に出会った時、ちゃんと笑おう。 すぐに自然に笑えなくても。いつかきっと以前みたいに自然と笑える日が来るだろうから。 (先にこれを置いてこないと) 姜維の代わりを引き受けたのだ。 彼の心象を悪くしてはまずいだろう。 ちゃんと馬超が連れて行ったことも話さなければならない。 「あ・・・っと。しかし・・・・いくら私でも、これは少しきついなぁ」 馬超ももっと丁寧に持たせてくれればいいのに。 ほいほいと適当に持たせるからバランスを崩さないようにと少し神経を使ってしまう。 もう少しで孔明の執務室と言うところで曲がり角から人影が出てきた。 「あ」 「っと・・・・すみません。少し前が見づらくて・・・・」 「趙雲?」 「え?・・・・あ・・・・・殿」 「・・・・・・」 久しぶりに声を交わしたが、それ以上互いに言葉はでない。 に会ったら笑おう。なんて思っていたのに、思い通りにならなくて。 「すみません」 趙雲は歩き出す。 決心したことができなくて情けないが。 だが、の方が趙雲を呼び止める。 「なんか大変そうだから、私手伝うよ」 思わず立ち止まり顔をに向けた。 も緊張しているのがわかる。 歩み寄ってくれたというべきか、きっかけをくれたというべきか。 今の自分は残念ながらそれを受け取る勇気がなくて、大丈夫だと断ってしまう。 「でも、本当に落ちそうだし」 「いえ、大丈夫ですから・・・」 「待ってよ」 「急いでいますので、失礼します」 「趙雲」 「あ」 は思わず趙雲の腕を掴んでしまう。 すると、引っ張られた反動で趙雲の腕からバラバラと荷物が落ちた。 「あ!ご、ごめん」 「い、いえ」 急いで二人で拾う。 いつかは崩れてしまうだろうと思ってはいたが。こんな形で崩れるとは。 「趙雲一人でこの量運ぶの無理だよ」 「あ、それは」 「遠慮することないのに・・・・・」 「・・・・・」 最後の一つを趙雲が拾おうとした時、その手の上にの指が触れた。 「「あ」」 趙雲は思わず手を引っ込めようとするが、指に冷たい感触がした。 ギュッとに握られている。 「趙雲のこともう逃がさないからね」 「え」 「ここ数日逃げられっぱなしで、辛かったんだよ。私・・・・」 「・・・殿」 息苦しくて声がかすれる。 逃げていたのは自分。それはわかる。 逃がす気がないと言った。 その彼女口から何を言われるのかと思うと苦しい。 逃げたい。 本気で好きになった人だから。 そんな人の口から嫌いなどと言われるのは嫌だ。 ずるいと思っていても。ちゃんとしようと思っていても。 いつか自然に笑える日が来るだろうと思っていても。 「なんで、そんな顔するのかなぁ・・・・・私が趙雲を苛めているみたいじゃん」 握られた手に力が入る。 「なにが“もういいですよ”よ。何が良いのかちゃんと聞きたいつーの・・・・ 私はね、趙雲からの告白・・・・・嬉しかったのに・・・・・返事する前に逃げちゃうんだもん、趙雲・・・・・」 「え」 「だから、嬉しかったの!私も、趙雲が好きなんだから」 趙雲の目が大きく見開かれる。 「趙雲のバーカ」 「・・・・」 触れられている指先は冷たいのに、の顔は真っ赤でなんだか暑そうに見える。 「ま。趙雲が逃げても私はどこまでも追いかけるけどね」 「殿・・・・・」 「信じてよ。私、趙雲が好きだよ。嬉しかったんだよ、趙雲の言葉」 苦しみと痛みが急になくなった。 なくなると同時に笑いがこみ上げてきた。 「・・・っ・・・はは・・・・あははははっ」 「趙雲?」 「馬鹿。ですよね、私は本当に」 視界が少しぼやける。 ここ数日の自分はなんだったのだろうと情けなくて。 いや、ここ数日自分が情けないのはわかっていた。 だから大馬鹿だと呆れてしまう。 「趙雲?」 「殿・・・・・こんな私でも良いですか?」 私もまだ。あなたを好きなのには変わりないのだから。 趙雲は恐る恐るの顔を窺う。 呆れられてもしょうがないとわかってはいても緊張する。 だが、は微笑んでいる。 それが答えなのかもしれない。 だから、自分もその手を握り返した。
お題配布元:メトロノーム様
お題で、キリ番リクでした。
07/01/31
19/12/22再UP
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