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おはようと一緒に。
「おはよう、趙雲!」 朝も早くから、鍛錬していた趙雲にが元気よく挨拶をしてきた。 「おはようございます。殿」 得物を振っていた手を止めて、趙雲も彼女に笑顔で挨拶をする。 そろそろ終わりにしようと思っていたのでちょうどいい。 ぴょこんと跳ねてから趙雲の前に立つ。 「朝から鍛錬?」 「はい。毎日のことなのでやらないでいると、かえって気持ち悪く感じてしまって」 「わかる。体の調子がいまいちでなかったりしてね」 私も似たようなことあるからとは言う。 別に彼女は武将でも兵士でもない。 戦う必要はないのに?ふと趙雲は小首を傾げる。 「殿も何かおやりになっているのですか?」 初耳だそれはと趙雲に言われてしまいは、少しだけ慌てる。 「やるってほどじゃないけど、その・・・日課?ま、いいじゃん」 「はあ」 「逆に聞くけど。今はもう戦う必要ないのに、趙雲はまだ槍を持つの?」 唐突な質問だが、趙雲はさらりと答える。 現在、の言うとおり、世は穏やかな時代を迎えていた。 趙雲の主である劉備が三国統一を成した。 大徳の名に恥じぬように劉備が治める地は人々の活気で溢れている。 「戦は無くとも、己を鍛えるには十分だと思いますが?」 「あーまー・・・・そうだよね」 劉備からは大尉に命じられたとき、そのようなものは必要ないと思ったのだが。 何も戦のためだけに軍はあるわけではないのだ。 「その一つとして、趙雲は毎日鍛錬を怠らないのね」 「はい」 「ふーん」 「殿?」 は体を揺らしながら趙雲を見上げる。 なんだと思いながらも彼女に見られると少々照れる。 「私もね、日課があるの。これをしないと一日が始まった気がしないことなの」 「へぇ。どんなことですか?」 「知りたい?」 「はい。教えてもらえないようなことなのですか?」 は実に楽しそうに笑っている。 聴いたら趙雲困るかもよ?などといわれて。 「それはねぇ・・・」 「!」 劉備の奥方である尚香が彼女の名前を呼んだ。 「尚香。どうかした?」 「暇ならちょっと付き合って!趙将軍。を借りるわよ」 「あ、尚香?」 尚香は強引にの手を引き連れ去ってしまった。 「あ・・・殿・・・」 苦笑しながら頭を掻いた趙雲。 本当彼女は忙しい。 この後、良ければ彼女を朝食に誘おうと思ったのだが、それは奥方様に盗られてしまった。 またの機会にしようと、趙雲もその場を後にした。 「おはよう!趙雲」 「おはようございます、殿」 この他愛の無いやり取りが好きだ。 が声をかけてくれると自然と微笑んでしまう自分が居る。 朝一番で会えると特に嬉しさは増す。 今までもそうだっただろうか?ふと考える。 いや、朝挨拶をすることはよくあったが、元気に駆けてくるというのはここ最近だ。 最近何かあっただろうか? 「よぉ。どうした?きょろきょろして何か探し物か?」 馬超がポンと趙雲の背中を叩く。 その手はすぐさま趙雲の肩に置かれてニヤッと笑った。 「何か。じゃなくて、誰か。だろう?」 「馬超殿・・・・」 図星だ。 今朝は珍しくが顔を見せに来ない。 そろそろ軍の調練があり行かねばならない。 これが終わる予定は昼前だ。 「あの、馬超殿は今日、殿に会われましたか?」 「あん??・・・いや、今日は見ていないな」 いつもバカみたいに大声で城内を駆けているのにな。 失礼極まりないことを言う馬超。 「そうですか・・・・何かあったんでしょうか?」 「さあな。たまにはそういう日もあるんじゃねぇの?ほら、行くぜ」 「は、はい!」 後ろ髪をひかれる思いをしながら趙雲は馬超と歩き出した。 なんだろう。 朝、に会えないことをこんなにも気にするなんて。 長期間会えなかった日なんて過去にいくらでもあった。 戦で城をあけるなんてことを。 その都度、彼女はあの広い城で留守番しているのかと思ったが、自分にはどうにもできず。 帰還した際に無事な姿を見せることしかできなかった。 なのに、なんで、今になってこんなにも気になるのだろうか。 調練を終えたものの、体が思うほど動かなかった。 集中力が散漫していて、馬超が一緒でなければどうなっていたか。 部下たちに格好悪い姿を見せていただろう。 「体調、どこか悪いのか?」 「い、いえ、そんなことはないです。ご迷惑をおかけしました、馬超殿」 「いや、いいさ。別に。さっきも言ったろ?たまにはそういう日もあるんじゃね?」 気にするなと背中を押された。 たまにはと馬超は言うが、それでは部下に示しがつかず困るだろう。 戦のない世の中になったとはいえ、統率が乱れることは避けたいのだ。 「昼飯、食わないか?」 「え?ええ。そうですね」 「何食うか・・・って、悪ぃ、やっぱ今のなし」 馬超は一方的に約束を切ってしまう。 「馬超殿?」 「俺はいい。と食えば?」 「え?」 それだけ言うと馬超は足早に去っていった。 と? 趙雲は居残されてしまうも、馬超の言葉に頷いた。 が一人遠くを見ているかのように、石段に腰掛けているではないか。 「殿!」 「え?あ!趙雲!」 は趙雲の姿を見つけ立ち上がる、そして駆け寄ってきた。 「趙雲だ」 「はい?私が何か?」 「うふふ。遅くなったけど、趙雲おはよう」 おはようと言うにはもう遅すぎる時間だ。 「おはようございます。殿」 向けてくれた笑顔に嬉しくなり、趙雲も返した。 趙雲が返してくれたことに、は大袈裟に胸を撫で下ろす。 「殿?」 「良かった。これでスッとした」 「?」 「前の話したこと覚えている?ほら、日課の話」 趙雲が毎朝の鍛錬を日課とするように、にも何か日課にしているものがあると言っていた。 だが邪魔が入ってそれが何かと教えてもらえなかった。 それからずるずると日だけが過ぎていき。 「はい、覚えています。私が知ってしまうと困るようなものなのですよね?」 「んー。まあ色んな意味で」 「それでも知りたいです」 じゃあ教えてあげよう。は趙雲に背を向けて一歩、二歩、三歩弾んだ。 そしてくるりと反転する。 「私の日課は。趙雲におはようっていうことなの」 「え?」 「朝一番に趙雲におはようっていう事が日課なの」 別に日常の挨拶ぐらいでは困ることもないのだが。 「玄徳様が三国平定なさって、戦がなくなって・・・・今、毎朝趙雲に会えるのが嬉しいの」 「殿・・・・」 「朝、おはようって趙雲に言って、趙雲が笑顔でかえしてくれるのがすごく嬉しい」 それは、趙雲も同じだ。 「すごく嬉しいのは。私が趙雲のこと大好きだから」 「え」 ほら、困るでしょ?そういうの顔が赤くなっている。 「でも、今日みたいに挨拶できないと、気分が乗らない」 「それは・・・・・私も同じです。あなたに会えなかった今朝、いつもと違う気がして・・・・」 「趙雲」 趙雲は二人の間にある三歩の距離を縮める。 そしての手を取った。 ようやく、意味が自分でもわかった。 「殿は私が笑顔を向けてくれると言いますが、それは少し違います」 「違う?」 「あなたが、私に笑顔をくださるから。自然と私も笑顔になるのですよ」 作ったものではない、無意識のそれでも気持ちの籠もった笑顔に。 「私も、殿が大好きです」 「あ、ありがとう」 ようやく重いと感じた体が軽くなったようだ。 いや、以前以上に軽くなった気がする。 そうなると、なんだか安心してしまい、趙雲の腹が鳴った。 「あ、お、お恥ずかしいことを・・・・」 趙雲の頬に朱が走る。 だが同じなのだろう。の腹も次いで鳴ってしまう。 「お、お腹空いちゃった。あはは」 「では、一緒に何か食べに参りましょう」 「うん」 趙雲はそのままの手を繋いだまま歩き出す。 に向ける眼差しがとても優しく、穏やかである。 「ところで、殿。今朝はどうして顔を見せてくださらなかったのですか?」 二人で昼食を取っているとき、趙雲がふと感じた疑問をぶつけた。 は少しだけ気まずそうに目をそらす。 「た、たいした理由じゃないよ・・・・うん」 「?」 「寝坊しただけだから」 08/05/24
19/12/22再UP
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