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落日
赤壁の戦いで、曹操軍は孔明・周瑜の策をやぶり、連合軍も打ち破った。 その勢いはすごく、孫呉は破れ滅亡した。 曹操軍の次の目標は当然、残された蜀・劉備軍だった。 そしてその勢いは止まらない。 まず最初に定軍山にて戦うも、名将夏侯淵に見事やられ敗退。 次に布陣した街亭でも敗退してしまった。 北伐をなんとか成功させようとして仕掛けた五丈原でも駄目だった。 残された軍を全て成都に集結し曹操軍との最後の戦いが始まろうとしていた。 「これが我らに残された最後の道と言うわけだな」 「えぇ、私の策も乱世の奸雄には叶わず・・・」 「なに、ここで負けなきゃいいんだ」 「兄者、最後まであきらめてはいけませんぞ」 「うむ」 そこまで迫っている、曹操軍を前に劉備らは最後の軍議を開いていた。 最後まであきらめない・・・ そうは思って、口にしても、心のどこかでは本当に最後だと感じてしまう。 きっと、この世は曹操のようなものを欲しているのであろう。 「民にはできるだけ巻き込まないよう、城でかくまおう。曹操も民には手を出すまい」 「綿竹の森に伏兵を用意します。そして・・・」 長い長い軍議。 負けるかもしれないと思っても、ここを守りたいから。 大切な人を守りたいからと願う。 だから、みな真剣だ。 「おそらく、明朝には攻めてくると思われます」 「明日だな」 運命の日がやってくる・・・ 曹操軍は孔明の予想通りに姿を現した。 ハン城へと本陣を置いている。 まさに始まるかと言う時・・・ 「趙雲さん、あの、本当に行くんですか?」 「・・・殿」 成都城のある一室。 趙雲がに今の状況を全て話していた。 は劉備の娘でもないが、彼らが可愛がった娘。 娘のように妹のように・・・ ここではない、遠き世界から迷い込んだ少女を保護したのは劉備。 以来、ここで彼らとともにしていた。 は誰からも好かれ可愛がられていた。 姜維とは昔からの親友のように。 馬超とは仲の良い兄妹のように。 趙雲とは。 趙雲は本当によくの面倒を見てくれた。 に何かあると一番心配するのは趙雲だし、困ったことが起きれば一番に相談してしまう。 の憧れの人。 自分はまだ子ども過ぎるからと、想いは告げずにいた。 きっと趙雲は自分より大人の女性を好んでいるだろうし、こうして優しくしてくれるのも 劉備に世話を任されたからだろう。 そう思っている。 ずっと、長く一緒にいられるかと思っていたのに、この最悪な状況・・・ 「殿、城の外で私たちが戦っている隙に、あなたはお逃げなさい」 「な、んで」 「殿からもそう言われています。城を攻め落とすような真似は曹操がしないとは思いますが・・・ もしかしたらと言う危険はあります。だから、早く城から逃げてください」 「趙雲さんは?」 「私はみなと共に戦います」 「わ、私もここに残ります!」 「殿!」 「嫌です。皆が戦ってるのに私一人だけ逃げるなんて!私には何もできることはないけど、でもどうせなら一緒にいたいです」 趙雲はぎゅっと拳を握る。 本当はできることなら自分が彼女を守ってやりたいとは思う。 でもそんなのは無理だ。 「殿、お願いですから」 「嫌です」 「殿・・・」 「劉備様も、関羽さんも張飛も孔明先生も・・・馬超も姜維もみんなと離れるの嫌です・・・なんか最後みたいで嫌だ」 「それは」 「なんで私だけなんですか?・・・私一人だけ逃げなきゃいけないのですか? 私は皇族でも、この国の重要な人間でも秘密を知っているわけでもないです。私一人だけが逃げる理由ないです」 は鼻の奥がツーンとしてきた。 視界がぼやけてきた。 大粒の涙がぽろぽろ零れる。 必死で泣くのを堪えるも、涙は止まらずしゃくりあげてしまう。 「あなただけではありません。民の中にもここから逃げた者は大勢います。あなただけでは」 「それでも!」 嫌なんです・・・ 二度と皆には会えない気がして。 「だから、私も残ります」 「残ってどうするのですか」 「どうするって」 「あなたが残ったところで戦況は変わりません。殿は殿に新しい地で生きていくのを望んでおられるのです」 「そんなの、ずるい。私の意見無視して・・・私一人だけ生き延びるなんて」 「誰も最初から死のうとは思ってませんよ」 「趙雲さん・・・」 趙雲は少し困ったように笑む。 「この戦が終わればあなたを迎えに行きます、だから」 「ならば、ここで待ちます。ここで皆を趙雲さんの帰りを待ちます」 「・・・殿」 のまっすぐな視線に耐え切れなくて趙雲は目を逸らす。 嘘です。 最初から死のうとは思ってない・・・けれど、戦況が戦況だから。 ここが死に場所にはなるかもしれない。 誰もが思っているのだ。 でも、それでもあなたには・・・ 「では、せめて城よりもっと安全な場所で待っていただけませんか?」 「趙雲さん!」 「お願いですから、我がまま・・・言わないでください」 「嫌です。絶対に嫌です!私はここで・・・待つ・・・嫌です・・・趙雲さんと別れるの」 それは誰もが同じことを思う。 でも、でもね、殿・・・ 「すみません、殿」 「え?」 トス! 趙雲はの首に手とうを当て気絶させてしまった。 崩れるを優しく抱きとめる。 「私が死んでしまうのなら・・・あなたにはそんなところを見て欲しくないです」 動くことのないの身体をぎゅっと力強く抱きしめる。 「もし、再びあなたに会えるなら・・・・その時はあなたに伝えますから」 隠してきた、秘めていたあなたへの想いを・・・ 趙雲はの涙を指で優しく拭う、そして抱き上げ、部屋を出る。 そこで待っていたのは彼の護衛兵だ。 いつもの鎧姿では農民のような格好をしている。 「すまない、殿を城から逃がしてくれ」 「はっ」 「できるだけ遠くにだ」 そう言って、を彼らに任す。 言われた護衛兵たちは素直に彼の命に従いを守ってくれるだろう。 去っていく彼らの後姿に向かい、趙雲は呟いた。 「さようなら・・・殿」 *** 曹操軍との最後の戦いが始まった。 これに負けたら、明日はない。 そう誰もが思う。 皆が出陣していく中、趙雲も愛馬のもとへ向かう。 そここには同じように出陣前の馬超がいた。 彼は愛馬に何か語りかけているようだった。 「なんだ、まだいたのか?」 「え?」 「俺はてっきりと一緒かと思ったんだけどな」 「・・・・殿は城から逃がしましたよ。最後まで嫌だと言われましたが少し眠っていただきました」 「アンタね・・・いいのか?」 「・・・はい、いいんですよ」 「まだ間に合うから、行けば?と一緒にさ」 「馬超殿・・・」 「誰もアンタを責めたりしないと思うぜ?」 「いえ、私は殿の槍となると誓いここまで来たのですから。最後まで」 「だからって、を一人残すのか?」 「信頼できる部下に頼みました」 「でもは納得しないだろうな」 「・・・・」 「残される奴のこと考えろよ」 でも、自分だけがとは思うのは嫌だ。 最後まで皆と共にしたい。 死ぬのは嫌だ、でもここで彼女のもとへ行けば、それはそれで後悔すると思う。 「大事な奴らがいなくなった時の気持ちってさ、アンタ想像できるか?」 「え」 「俺は曹操に家族を一族を殺された。その時は悲しみと憎しみに押しつぶされそうになったな。 感情も全て押し殺した、表に出すのは曹操を倒すと言う想いだけ・・・・ そんな俺でもまた笑えるようになったのはさ、岱や、アンタや姜維たちが俺に手を差し伸べてくれたからだ」 「・・・・」 「俺は一人じゃなかったから、また笑うことができた。は俺と同じ立場になろうとしてる。 いや、俺とは違う・・・あいつは一人になっちまうぜ?」 馬超の言いたいことはわかる。 わかるけど、それでも、自分は・・・・ 「それでも、私は・・・戦うことを選びます」 「趙雲・・・だったら、絶対生き延びろよ。何があってもアイツの為にも」 「馬超殿、それはあなたもですよ」 「俺は簡単には死なんさ」 二人は拳を合わせた。 互いの明日を祈って・・・ 成都は様々な声と音が響き渡っていた。 誰もが必死で戦う中、劉備のもとには仲間たち仲間たちが多くの部隊が撃破されたとの伝令が届く。 流れは曹操軍へと向いているのだ。 ラク城も落とされた。 そこへ伏兵として馬超が現れ、敵を一掃しようとするも、数が多すぎ彼もまた・・・ 成都城門前にまで等々曹操軍は攻めてきた。 「もうこれ以上は、許さない!」 姜維が槍を振るう。 近くには趙雲もいた。 孔明もまた戦い、劉備もすでに剣を抜いている。 虎戦車隊を指揮していた月英も、綿竹で埋伏していた関羽に張飛も敗れてしまったらしい。 なぜだろう? なぜ天は曹操を選んだのだろうか? 自分たちが選んだ心優しい君主では駄目なのだろうか? 「くっ、これまでですか」 「丞相!」 「姜維!」 孔明に向けて振り落とされた刃。 姜維はそれをかばい負傷する。 「くそっ、丞相、ここは」 「うわぁぁぁ!」 「悪いがけりをつけるぞ」 現れたのは隻眼の猛将、夏侯惇。 夏侯惇により吹っ飛ばされて姜維は城壁に打ちつけらてしまう。 趙雲も多くの兵士に囲まれていた。 「・・・これまでか」 肩で息をしはじめる。 槍を持つ手に力を込めるも、それがからぶってしまいそうだ。 力を振り絞り、敵を吹き飛ばす。 「はぁ・・くっ・・・」 倒れている姜維、孔明。 向かってくるのは夏侯惇。 もう駄目なのか? 自分はここで尽きるのだろうか? やはり、もう会えないようだ、あの少女とは。 「殿・・・・」 ぎゅっと槍を強く握り夏侯惇に向かって走り出す趙雲。 「行くぞっ!」 「死に急ぎおるか・・・・」 ・・・・目の前が暗くなった *** 「・・・・っ・・・あ、趙雲さん!」 は気づき、首をさする。 そして慌てて上体を起こし辺りを見回す。 「趙雲さん?」 城ではないどこか。 周りには戦の影もない、静かなものだ。 「気づきなさったか・・・気分はどうかね?」 老婆が一人、顔をだす。 「あ、あの。ここは?」 成都から少し離れた小さな村だった。 趙雲の護衛兵はここの村に住む7一人の老婆の下へを預けて再び成都へ戻ったそうだ。 は外へと飛び出す。 見えたのは成都の方だと思えるほうに上がった煙。 城が落とされたと言うことだろうか。 皆は? 趙雲はどうなったのだ? の膝は振るえ、あっという間に力なくその場に座り込んでしまう。 「趙雲さん・・・趙雲さん・・・・」 「お嬢さん、そんなところにいないでこっちへ来なさい」 老婆が優しくの背中をさする。 「・・・・っ・・・ぐっ・・・」 の背中をさする老婆の小さな手が温かく、は余計に泣いてしまう。 「さぁ、何か温かいものでも飲むかい?」 老婆はを立ち上がらせ、家へと連れて行く。 もう、本当に会えないのですか? 私はあなたに何も言えなかった。 できることなら、伝えたかったです・・・・ その後村人によって、成都城がどうなったかを聞かされた。 劉備軍は曹操軍に負けた。 城は大した被害を受けていないようだが、城門前には多くの兵士が傷つき倒れていたそうだ。 その倒れていた者の中には、民の姿も混じっていたとのことだ。 どうやら、劉備の為に戦ったらしい。 趙雲や馬超などの主だった武将の安否は村人には伝わってこなかった。 が聞いても、彼らには将軍などの顔は知らないから探しようがなかったそうだ。 それから一月。 はあの老婆の家にいる。 沢山の大切な人を失ったには当然行く宛もない。 だが、一人で暮らしている老婆はにはいくらでもいればいいと言ってくれた。 素直にその好意に甘えることにした。 成都には以前と同じような穏やかさが戻っているらしい。 誰がそこの城主になろうとも、民にすればもう二度と戦が起きなければ良いだけのことだ。 思っていたより曹操軍は紳士的だったらしく、民に不安を抱くようなことはしないらしい。 でも、には成都へ足を踏み入れることはできなかった。 怖くて、悲しくて。 もしかすると、あそこに行けば彼らその後を聞かされて、泣くかも知れない。 どうせなら知らないままの方が幸せかもと思う。 成都城には曹操軍の武将が太守として赴任しているらしい。 でもにはどうでもいいことだ。 本当は知るべきことは知っておくべきだろうが・・・まだ知る勇気が足りない。 「おばあちゃん、さっき向かいのおじさんが食べてって、野菜沢山くれたよ」 は籠一杯の野菜を老婆に見せる。 しばらくは悲しみに臥せっていただが、多少明るさを取り戻した。 世話をしてくれる老婆に申し訳ないと思うから、頑張るのだ。 趙雲はあの時言った。 『殿は殿に新しい地で生きていくのを望んでおられるのです』 と。 ならば、ここで劉備が望んでくれた、新しい生活を始めようと。 「あらまぁ、すごいわね〜今日はこの大根でも使って煮物でもしようか」 「あは、私おばあちゃんの作った煮物大好き」 「そうかい?それじゃあ沢山作っちゃうよ」 「私も手伝うね」 老婆には家族がいないため、が来たことで以前よりも元気で過ごしているそうだ。 のことを実の孫のように可愛がっていると。 「あ、その前に用を済ませておくね」 「はいよ、気をつけていきなさいねぇ」 「はーい」 は駆け出していく。 の用と言うのは、村の少し離れた所にある社だ。 何を祭っているのはにはわからないが、老婆の話では昔からこの村を守ってくれているとの話。 は一日一回、そこへ行き手をあわせるのだ。 いなくなってしまった人たちのことを思って。 「さて、が戻ってくる前に少し下ごしらえでもしておこうかねぇ」 老婆は腰を上げる。 そこへ・・・ 「・・・あの、すみません」 「はい?」 「・・・死んだと思ったけどな、実際よ」 「僕もですよ」 広い野原で馬超が空を見上げながら座っていた。 格好はあの派手な鎧ではなく、軽装だった。 武将と言うより、普通の青年と言うような感じを受ける。 その馬超と背中合わせで座っているのが姜維だった。 彼もまた似たような格好をしてる。 二人の近くでは彼らの愛馬が草を食べている。 「でも、こうして生きてるんだよな」 「そうですね」 「結構屈辱だぜ、生かされたってよ。おれ2度目だぜ?」 「また、そんな事を・・・生きているだけマシですよ」 「・・・まぁな。でも世は曹操の時代だ、俺がやることはねぇよな」 「丞相も・・・あ、もう丞相ではないですね。孔明先生も月英殿と以前のような晴耕雨読のような暮らしに戻るそうですよ」 「それは良いことで」 「本当にそう思ってます?」 くすりと笑う姜維。 あの成都での最後の戦いで自分たちは死んだと思った。 隻眼の猛将に倒されたのだ。 だが、気づけば死んでいなかった、曹操の命によって生かされたのだ。 良き人材を求める曹操は、彼らを死なすのを惜しいと思ったのだろう。 実際、後になって驚いたのは滅亡したと言われる孫呉の武将たちが曹操軍に従っていたことだ。 「わしの下で働けって、どの面下げて言うのかね、あの野郎は。俺の仇だぞ。ふざけるな」 馬超は曹操の申し出を蹴り、軍を抜けた。 姜維も同じだ。 中には仕方なく曹操に仕える者もいるらしいが、二人はそうしなかった。 「僕も同じですよ。一度裏切った国で再び働くなんて嫌ですよ」 「失業者ってわけだな」 「そうですね」 で、二人でこうしているわけだが。 「これからどうします?曹操によって三国は平定されちゃいましたし、戦が起こると言う事はないですよね」 「奴を倒そうって気にもならねぇよ」 「色々見て回るのもいいと思いますよ?行きませんか、馬超殿」 「お前とか?・・・・まぁやることねぇしな。あ!倭国でも行ってみるか?」 「倭国ですか?」 「が言ってたな、女王卑弥呼が国を治めているって。見てみたいな」 「あはは、また難しいことを。でも時間はいっぱいありますから行ってみますか」 「よし、行くか姜維」 「はい、馬超殿」 二人は立ち上がって愛馬に跨る。 「その前に、の面でも見に行くか?アイツにも心配かけただろうし」 「そうですね、それに今頃は・・・」 二人は笑い馬を走らせるのだった。 「よし、おばあちゃんのお手伝いしに行こうっと」 社で手を合わせたは踵を返して村に戻ろうとする。 すると、そこに見慣れた青年の姿があった。 「・・・・さん」 「殿、迎えに来ました」 「趙雲さん!」 もう会えないと思っていた趙雲がいた。 青い鎧姿ではないが、趙雲だとすぐにわかる。 は駆け出し、趙雲の胸に飛び込んだ。 趙雲もを抱きとめる。 「趙雲さん・・・趙雲さん。生きてたんですね、良かった、良かったです」 「あなたを沢山悲しませたようだ・・・申し訳ありません」 は数回首を横に振る。 「そんなの、もういいです。こうして趙雲さんに会えたから・・・・夢や幻じゃないですよね」 くすりと笑う趙雲。 その笑顔はが好きな笑顔だ。 「夢でも幻でもないですよ。私はちゃんとここにいます」 「本当ですね」 「まず何から話しましょうか」 「私も沢山聞きたいことがあります」 「でも、その前に・・・・殿」 趙雲はの頬に手をそえる。 「再びあなたに会うことができて良かった・・・殿、ずっと、ずっと好きでした」 趙雲の告白には驚く。 自分の片思いだと思っていたから。 「そして、これからもあなたのそばにいたいです」 「いさ、いさえてください。ずっと趙雲さんのそばに。私も趙雲さんが好きですから」 「殿・・・」 これからはずっと、私があなたを守りましょう。 どんな時代になろうとも・・・ 04/01/25
19/12/22再UP
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