後ろ向きな恋。




ドリーム小説
「暇だなぁ〜」

「……暇なの?」

「あぁ、暇だ。けど、別にこうしてのんびりできるのはいいもんだよな」

「………そんな呑気な事を言っているのは昭ちゃんだけじゃないの?」

「そうかあ?」

欄干に背を預け顔は天に向けている司馬昭。
その隣で、同じように欄干に両肘ついてその先を見ているのは

「昭ちゃん、サボり?」

「サボり…ではないと思う」

「サボりだよね、絶対」

は小さく笑う。

「いいじゃん、別に。一応やる事はやったから休憩みたいなものだ」

「そう?元姫や賈充さんにもそう言えるならいいけどね」

「その時はが味方してくれればいいじゃん」

「私を巻き込むのやめてよね。元姫はともかく、賈充さん相手じゃ言いくるめられる」

元姫ならば多少はお願いすれば話を聞いてくれるだろう。
しょうがないわね。とため息を吐きながら。
けど、賈充は無理だ。
あの強い視線で無言の重圧を受ければ黙って引き下がるしかないのだ。

「大丈夫だって、なんとかなるさ」

「ふーん」

「けどさ、そう言うだって暇なんだろ?」

「私は元々昭ちゃん達みたいに忙しくないよ。だって司馬家の居候だもん」

居候だからこそ、家の手伝いでもしたいと思うが、生憎家人がいる屋敷で何ができようか。
逆に彼らの仕事の邪魔にでもなるかと思うと、大人しくしているしかない。

「居候って言うなよ。家族だろ?俺達」

「……昭ちゃん…ありがとう…」

でも、そうは思わない人だっているのだ。
直接言われるならばまだしも、陰でこそこそ言われるのが一番堪える。

「父上もを可愛がっているし…息子も可愛がって欲しいよなぁ」

は笑う。

「やだ。そんな大きな息子を溺愛する仲達様の姿見たくない」

「いや、別に頭撫でろとか言っているわけじゃないし」

「隠居した仲達様は、自分の足で立てって仰ったんでしょ?甘やかすことないと思うけど」

多少甘やかしている部分はあるらしい、奥方春華が言うには。

「けど、なんだかんだで仲達様も忙しそうだよね…」

「元々ジッとして居られる性格じゃないしな」

それなりにやるべきことがあるようで忙しいようだ。

「師兄様はもっと忙しいし…って、ほら。師兄様の手伝いしっかりしないと、昭ちゃん」

「してるって」

けど、急にの表情が曇った。
司馬昭にもその表情がわかった。

「どうした?」

「…どうしたって言うか…師兄様…最近なんだか何かに焦っているみたい」

「は?」

「あまり休みもしないで、働かれているから…まだ体の傷だって癒えていないはずなのに…」

反乱を起こした者達の鎮圧には成功したが、その時受けた傷が元で司馬師は休養が必要だった。
だが、そんな様子など見せずに日々動いていた。

「だったら、がそばに居て見ていればいいじゃん」

「監視?鬱陶しいって叱られるの嫌」

「兄上がを叱るかよ。兄上もの言う事なら聞くだろうし」

「…そんな事ないよ…春華様や元姫みたいに役に立てないもの…」

「いや、あの二人と同じ方法でやろうとするなよ、怖いじゃんか」

司馬昭は体を反転させ、欄干に肘をつく。

「お前まであの二人みたいなったら、それこそ兄上は倒れるぞ」

「なにそれ」

曇るの顔が少しだけ晴れた。

「マジだって。っていうかさ、兄上にはが必要だよ。そばに居てやれって」

「そんな事ないよ…」

「あ〜いずれは兄上だってを娶るんじゃないのか?」

の頬に薄ら赤みが増す。

「そんな、仲じゃないもん…」

自分が兄様と呼ぶように、司馬師だってを妹同様に見ているだろう。
手のかかる妹のようだ、と何度も言われた事はある。
ただ、少しだけ司馬師の手伝いをできればいいなと思うだけで。
…思うだけで、実は何もできないのだが。

「私が師兄様のお嫁さんになるって事、ないと思う」

「いやいや、父上が乗り気かもしれないぜ?兄上ならばその嫁ぎ先も安心だろうって」

息子の嫁として。と言うより、娘の婿ならば安心だ。と言っているような。
実の息子よりも、を案じるだろうと司馬昭は言う。

「…もし…もし、師兄様のお嫁さんになれたとしても、きっと…ダメだよ」

「何弱気な事言ってんだよ、お前は〜」

わしわしの頭を撫でる司馬昭。

「だって…周りがきっと認めてくれないもの」

今や魏国で皇帝に次ぐ実力者である司馬師。
誰からも認められるその才に惚れこむ者も多いだろう。
そんな彼の隣になんの取り柄もない子がいるなど周囲を呆れさせ失望させるだけだ。

「…春華様だって、きっと…」

「母上は」

「私、元姫みたいに気に入られているわけでもないし」

「………」

日頃から二人の母は元姫を可愛がっていた。
元々司馬昭に対しての教育係を頼んでいたが、いつしか春華は元姫が娘だったらいいのに。とか、息子を見捨てないでねと目をかけている。
は嫌われているわけではないにしても、元姫のような声のかけられた方をされたことはない。
まして、息子を頼む。とか見捨てないで。とか言われる事もない。

「あ!だったら、私。昭ちゃんの側室さんになる」

「はあ?」

「それがいい!もちろん元姫が正室なわけで。私は側室。だからって別に元姫から昭ちゃんを奪おうとかじゃなく、今と変わらない感じで。なんなら二人の子供の面倒を見てあげてもいいし…あ、それなら乳母の方がいいのかな?」

元姫とならば無用な争いは起きないだろう。

…お前なぁ」

「だって昭ちゃんの事嫌いじゃないもん、私」

「いや、俺だって別にが嫌いとは言っていないけどさ」

「二番目ならば問題なし。結局居候のままなんだけど」

それが無難だ。

「私ならきっちり正室である元姫を立てるよ?」

名案だとは笑って手を叩く。

「昭ちゃんが思うようなめんどうくせえ事にはならないし」

「それ以前に別の場所がめんどうくせえ事になる」

「ならないよ」

「そこは普通に兄上の正室になりたい。でいいんじゃないのか?」

はかぶりを振る。

「私じゃ師兄様支えてあげられない。きっと私より頭もよくて、気が利いて、家の事もしっかり守れるような人じゃないとダメだと思う」

どうしても、話はそこに戻ってしまう。
司馬昭は溜め息を吐く。

「じゃあ、そう言うのは正室に任せて、は側室にでもしてもらえ」

「それこそ無理無理、無理!」

嫌だとは頭を抱える。

「側室なんかになったら、絶対私嫉妬するよ!滅茶苦茶正室さんに嫉妬する。で、とんでもない事しちゃったら嫌だもん」

「…俺の側室だったらいいってのはなんなんだ?」

「だって、昭ちゃんも元姫の事も好きだもん」

が司馬師と司馬昭に向ける好きは違うものだから。

「だから、どこにも貰い手がなかったら、昭ちゃんの側室にしてね」

「…はいはい、しょうがないから側室にでもしてやるよ」

司馬昭は苦笑しながらの頭を軽く撫でた。





「旦那様。最近子元の様子がおかしいんですのよ」

休務時間となった司馬懿のもとへ、妻春華が肉まんを持ってやって来た。
話は自然と子供たちの事になる。
後事を息子達に任せるも、親と言う者、今でもその動向が気になるようだ。
ただ、司馬昭に関しては「相変わらずしょうがない」とか「元姫殿がいるから大丈夫ね」とたいした話題にもならなかったが、司馬師の事になると、春華が珍しくため息を吐いた。

「師が?まさか、体調がよくないのではないか?」

司馬懿にもあの反乱時の話は耳に入っている。
本人に話を聞くも、いつもと変わらず澄ました顔で問題ないです。と答えるぐらいだったが。
やはり傷は深いのかと疑ってしまう。

「少々疲れた様子は見えますけど…普段からぼーっとしているのに、最近特にその症状が酷いんですの」

妻の言い草に司馬懿は若干口元が引きつる。
司馬師はよくできた息子なのだが、妻から見ればぼーっとしているようだ。

。お前は何か聞いているか?」

夫婦の団らんに控えめに混ぜてもらっていた
司馬懿に話を振られるも、は首を横に振る。

「何も聞いていません。私は、最近師兄様にお会いしていないので…」

「そうか…だったら、様子を見て来てはくれないか?」

「え?」

「私や春華が問うよりお前の方があれも素直に話すだろう」

は瞠目してしまうも、すぐさま顔を伏せ、首を振る。

「そ、そんな。師兄様が私になんか話すとは思えないです」

「いいから。旦那様の言うとおりになさい」

春華に言われると反論もできず、素直に頷いた。
いつ行け。とは言われなかったものの、なんとなく居辛さを感じたのでは逃げるように室から出た。

「………春華、を苛めるな」

二人きりになった室で、司馬懿は呟く。

「あら。苛めてなどおりませんが…旦那様にはそう見えるのですね。これは心外です」

「だがに対し、少々当たりが強いように見える」

「それは旦那様があの子を甘やかすからですわ」

その語尾に少々力が入ったような。

「私は、あの子にもう少し自信を持ってほしいだけです。子上とは違う部分で、あの子は自分を卑下しすぎています。だから、楽な方に逃げようとしているのです」

司馬懿は小さく口を開けた。
妻が何を思っていたのかを知って。
春華には全てお見通しなのだ。
息子の様子がおかしいことも、その原因も。

「それで納まるならばよいな…」

「まさかとは思いますが、旦那様。あの子をご自分の側室などと思っておりませんよね?」

「ば、馬鹿が!思ってなどおらぬ!娘のようにとだな…」

「それを聞いて安心いたしました。子元の妻にはぜひともあの子を。と思っていましたので」

ふふと笑う妻に、やはりそう簡単に勝てないと司馬懿は思うのだった。





(緊張する…)

司馬師の執務室の前に来た
昼なのだから、当然執務中なのだ。屋敷で彼が帰って来たところで話しを聞けばよかったのだが、なんとなく居た堪れなくて飛び出してきてしまった。

(昭ちゃんについて来てもらえばよかったかな)

司馬懿は話を聞いてくれと言うも、自分などに司馬師は悩みなど話すはずもない。
まだ弟である司馬昭の方が力になれるではないか。
特に政などまったくわからないから。
それでもここまで来てしまったのは、司馬師が心配だったから。
親である二人が心配だと思うくらいだから、よほどの事ではないかと。
司馬師が話さないならば、それでもいい。
誰か任せられる人に後を任せればいいのだ。

「師兄様。いらっしゃいますか?」

扉に向けてそう呼びかけた

「………」

呼びかけても無反応。どうやら室にいないようだ。
仕方ない、一旦戻ろうとは踵を返そうとすると。

「ひっ!」

振り返った正面に司馬師が立っていた。
思わず悲鳴をあげてしまった

「し、師兄様…」

の悲鳴に気を悪くしたのか、司馬師の眉間に皺が刻まれている。

「何をしている」

「え、あ…す、すみません。邪魔をしてしまって」

出入りする邪魔をしてしまったと思い、は道を開ける。
中に入る司馬師。
なんとなく機嫌の悪い司馬師に話を聞けそうにないと感じたはただそれを見送るだけだ。

(………やっぱり私じゃ無理だよ…)

やはり司馬昭に頼んだ方がいい。
そう思い、引き返そうとしたが。室の扉が開いた。

「何をしている。私に用があるのではないか?」

「あ…はい」

引き留められたのだろうか?だが、話を聞くことはできずとも司馬懿たちが心配している事だけは伝えようと決めて、も室に入った。
机案に向かい書簡を手にしている司馬師、当然だが彼は暇ではないのだ。
近づいて、気軽に話してよいものか迷う。

(前はこんなじゃなかったけどな…)

それなりに楽しい時間を過ごせていた。
だから、その時間の中で司馬師に惹かれていく自分がいたのだ。
仕方あるまい、父から譲り受けたものを蔑ろにするほど司馬師は愚かではないのだから。
ただの居候である自分と違って司馬師にはやるべき事、進むべき道があるのだ。
それを思うからこそ、は自信が消えうせ、周囲の言葉に怯えてしまったのかもしれない。

「そんな所で突っ立って何をしている」

「えと、師兄様の邪魔をしては…と思って」

「邪魔だとは思ってない」

でも不機嫌なのは変わりない。

「それで?用件はなんだ?」

「あ、えと…最近…師兄様の様子がおかしいと…」

「………」

春華が言ういつも以上にぼーっとしている。とは流石に言えなかった。

「仲達様と春華様が心配されて…いて。様子を見てきて欲しいと…」

「お二人が?」

「あ。私が口を挟むものではないとわかっているのですけど…まだ傷は癒えていないと、万全ではないと思っていたので…」

お前などに…。そう言われるのが怖かった。
ただ心配するだけだとしても、自信がなさすぎて。
だからか、の目線は段々と下がり、司馬師から顔を背けてしまう。

「………」

「逆に問う。お前こそ、最近どうした?」

「え?」

「最近私の前に姿を見せないではないか…そんなに昭の方がいいのか?」

いつの間にか机案から移動しており、司馬師はの前に立っていた。

「師、兄様?」

「昭に求婚されたのが嬉しいのか?」

は目を見開いて驚いた。

「昭ちゃんから?え?知らないですけど…」

「妻にすると約束されていたのにか?」

「え…だって、それは私じゃなくて、元姫のことで…え?それって、側室とかって話ですか?でも、なんで師兄様がその話を…」

以前何気なく話した司馬昭との側室云々のことだ。
だが、あれを他の誰かに話した覚えはない。
元姫にすら話していないのに、あれは「もしも」の話であって、確定ではない。

「お前がそばにいないと物足りぬ…昭に盗られるなど耐えられん」

視界が暗くなったと思えば息苦しさもやってきた。

「兄様…」

司馬師の腕の中にいた。驚きと共に、その行動に嬉しさが湧く。

「師、兄様…私、自分に自信がなくて…師兄様のそばにいてもいいのかなって…」

「ダメなどと、誰かに言われたのか?」

は首を横に振る。

「けど、きっと周りに反対されるだろうって」

「言いたい奴には言わせておけばいい。私にはお前が必要なのだ」

「師兄様…」

本当ですか?と聞き返そうと顔をあげると、司馬師と視線が合う。
が知っている司馬師は常に自信に満ち溢れた強い光を宿しているのに。
目の前にいる今、その双眸は酷く寂しげに映る。

「私、師兄様のおそばに居たいです…居させてください」

「ありがとう」

司馬師も同じ気持ちでいてくれたのかと思うと嬉しい。
きっと妹と変わらぬ存在だろうと思っていたのに。
それ以上だとわかって…。

「安心しろ。私も父上のように側室など娶らぬから」

「に、兄様」

「早く兄から卒業してくれ、

寂しげな双眸は消え去り、優しく笑う司馬師にはしばし見とれてしまうのだった。








師ですよ。とうとう書いたか、みたいなw
でももっとおバカな話だったはずなのですが、逆に鬱陶しい話になりました。すみません。
13/03/24