ココロ




ドリーム小説
が蜀へ来てから五年も経つ。
女子高生だった自分がいきなり飛ばされた異世界。
かの有名な三国志の世界。
ただ微妙に歴史の流れが変わっており、史実とは少し離れた世界だった。

彼女がこの乱世で生き抜くためには色々あった。
でも命を落とさず大きな怪我や病にかかることなく五年が過ぎた。
自分がここで暮らしていけたのはここで出会った人たちのお蔭。
素性の知れない自分を拾い世話してくれた君主劉備。
色々な事を学ばせてくれた孔明夫妻、実の娘や妹のように皆がを可愛がってくれた。

その中で好きな人もできた。

劉備や孔明からもっとも信頼され、兵士や民たちからも慕われる男。
趙子龍。

最初は自分の完全な片思いだと思った。
ほのかな恋心。
見ているだけで十分で、自分はこの国のこの世界の人間ではないからと言う理由で深入りするのをやめた。

けれど、趙雲と二人で遠乗りに出かけた時、小高い丘の上で趙雲は少し照れながらに告げた。


『あなたが好きです。殿』


本当にその一言だけだったが、はとても嬉しく、趙雲の側に居る事を望んだ。
それからは毎日が幸せすぎるくらいだった。

遠征などで長期間離れ離れになることも少なくなく、趙雲が無事に戻るのを毎日祈りもした。

趙雲もをそれは大事に優しくしてくれた。
いつまでもこんな日が続けば良いと思うくらいに。



そんなある日、の体調に変化が現れた。

「…?…なんだろ…」

その時は昼前で空腹だった、とてつもなく気分が悪くなった。
でも薬を飲むにしても空腹感ではいけないからと少し物を食べる。
すると、気分の悪さはなくなったので、あまり気にしなくなった。
けど、そんなことが毎日続き、終いには吐き気が表れるようになった。

「き、気持ち悪い〜」

「大丈夫ですか?様。お医者様をお呼びしましょうか?」

「う〜、すみません。お願いします」

女官は急いで医者を呼びに行った。
は現在も成都の城の一室で生活をしている。
なので医者はすぐにやってきた。
その医者は劉備専属の医者だった。

恐れ多いと断ろうとしたのだが、の具合を心配した劉備がよこしてくれたのだ。

素直に診察を受ける
自分の居た世界とは医療技術の差はかなりあるが、それでも原因はわかるだろう。
今まで病気一つしなかった方が不思議なぐらいだ。

「ほぉ…」

「あ、あの先生?」

「……ですな」

「え?」

「……ですよ。安静になさって下さいね。それと」

「あの先生!誰にも黙っててくれませんか?勿論劉備様にも」

「いや、しかし…」

「お願いします。まだ気持ちの整理がつかなくて…できれば自分の口で」

「わかりました。ですが、無理は絶対にいけませんぞ?少しでも具合が悪いようなら、ちゃんと、私の診察を受けてくださいね」

「…はい」

その日、は医者に言われたとおり静かにしていた。
心配した劉備が訊ねてきたが、なんでもないと言った。
趙雲には…。
趙雲は現在、南蛮へ遠征に行ってしまってる。
いつ帰ってくるのかわからない。

そんな中でどうすればよいかわからなかった。



***



「ったく、ようやく終わったな」

「そうですね。随分時間がかかりましたね」

成都への帰還。
もうすぐに会える。
趙雲はそんな気持ちを抑えるのが精一杯だった。
だが、隣にいた馬超に。

「だらしねェ顔すんなよ。あと少しだから我慢しろよ」

「え!?あ、あははは、これはお恥ずかしい」

「五年も続いているのに変わらねぇな、アンタらは…見てるこっちが恥ずかしい」

「酷いなぁ、あはは」

今の趙雲には嫌味も通じないらしい。
ふと、趙雲の手に大事そうに持った木の小箱がめについた。

「なんだ、それ?に土産か?」

「えぇ、ちょっと南中で良いものが手に入りまして。にと思って…それと」

「ん?」

「そろそろに…」

照れながらその箱を握り締める趙雲。
馬超には趙雲の言いたいことがわかったらしい。

「へぇ、いいじゃん。遅い方だと思うけどね、俺は」

「そ、そうなんですけど…」

「上手くいくってわかってるから、なんの心配もないだろ?」

「そうだと良いのですけど」

はこれを受け取ってくれるだろうか?
どんな顔して迎えてくれるだろうか?
早く会って彼女を抱きしめたい。

趙雲は愛しそうにその小箱を見つめるのだった。



***



それから間もなく趙雲たちは成都に到着した。
劉備らに出迎えられ、残務整理等ですぐにに会えると言うことにはならなかった。
今晩は劉備が宴を開くと言うので、その前ににちゃんと伝えよう。
そう思っての部屋へ向かう趙雲。

「お帰りなさいませ、趙雲様」

の部屋へ通ずる廊下で女官に頭を下げられる。
その女官はの世話をしてくれている白玲と言う名の女性だ。

「あぁ、は部屋かな?」

「…申し訳ございません。様は只今お休み中でございます。今はどなたともお会いになれません」

「え…病気か?」

「…申し訳ありません。私は何も存じてません。今はお引取り願います」

深々と頭を下げられ、趙雲はどうすることもできなく仕方なく引き返すのだった。

「あれ、趙雲殿!どうかしましたか?」

「…あ、あぁ姜維。はどこか具合が悪いのか?」

今回の南蛮への遠征、姜維は成都に残っていた。
聞かれた姜維は何も知らないらしく首を振った。

「いえ、別に。僕は知りませんけど」

に会えないと、追い返されてしまったよ」

「そうなのですか?…あぁ、そう言えば。最近よく殿のお抱えのお医者様がよく殿の下へ行くのを見ますけど」

「医者が?…やはりどこか具合が悪いのか?」

「季節が季節ですから、ちょっと風邪を引いたとかじゃないのですか?」

「だといいが…」

「もう!心配しすぎですよ。大丈夫ですって」

「あ、あぁそうだな」

「今夜の宴には殿も顔を出すと思いますよ?その時に聞いてみればいいじゃないですか」

珍しく姜維に励まされる趙雲。
今はに会えなかったが、今夜にでも会えるだろうと趙雲は深く考えるのをやめたのだった。



趙雲が訪ねてきた事を白玲がに話した。

「良いのですか、様…折角お戻りになられましたのに」

「ごめんなさい…だって、今夜の事考えたら少し休んでおこうと思って」

「無理はいけませんわ。宴にしても無理にお出になることはないと思いますけど」

の体を心配して言ってくれている。
その優しさが嬉しく感じる。
今の状況を知っているのは医者とこの白玲だけだ。

「いつまでも隠し通せるものではございませんよ?」

「うん、子龍にはちゃんと言う。言わないといけないから…でもさ…」

ふぅ、と軽くため息を吐く
趙雲になんて言われるか心配なのだ。
不安がいっぱいで仕方がない。

「何かお飲みになられますか?」

「はい、お茶下さい」



***



宴は大いに盛り上がった。
城のどこに居てもその騒ぎが聞こえてくるようで。
は月英の隣に座っていた。
少しばかり物をつまんでは月英と談笑していた。
趙雲は近くに行きたと思っていても張飛や黄忠に掴まり酒を勧められ動けない。
そうこうしている内に、は席を立ち出て行くのが見えた。

「あ、あの!すみません。少し席を」

「なんだぁ?全然飲んでねぇじゃないか、おら!飲め!趙雲」

「あ、あぁ張飛殿。私はもう」

強く断ればいいものを、趙雲は言われるままに座らされ、酒を注がれる。
何度も同じことの繰り返しで、見かねた馬超が助け舟を出す。

「張飛殿、俺と飲み比べでもしませんか?飲めない奴を相手にしても仕方ないでしょう?」

「お、俺様に勝とうってのか?面白れぇ、やろうじゃないか」

張飛は馬超の申し出を受け、楽しそうに酒を注ぐ。
馬超は趙雲に『早く行け!』と目で合図をする。
ありがたい友の助けに趙雲は頷きの後を追った。
手にはあの小箱を持って。



!」

「…子龍?」

は庭園にある東屋に一人で腰掛けていた。
なんとも都合の良い。
ここでなら誰にも邪魔はされないと、趙雲は内心喜んだ。

「やっと会えた」

「…うん」

趙雲はの隣に腰掛ける。
久しぶりに見た愛しい人の顔。
それだけで笑みが零れてしまう。

「あ、あのな、…」

「なぁに?」

「…これを君に」

趙雲はそっとあの小箱をに手渡す。
は受け取り、中を開けると、数個の赤い石がちりばめられた首飾りが出てきた。

「綺麗だね、本当に私がもらっても良いの?」

「当然だ、これは君の為に作ってもらったんだ」

「私の為に?ありがとう。子龍…あのね」

が言いかける前に趙雲はを真っ直ぐと見て

、私の妻になってくれないか」

「え…」

「以前からずっと考えていたんだ。が私の妻になってくれたらいいなと…その、駄目だろうか?」

この首飾りは婚約指輪の代わりなのだろう。
この世界にはまだ指輪と言う物は存在していない。
以前から聞いた、自分の居た世界での求婚の話を基にしたのだろう。

「いいの…かな?私で。子龍のお嫁さんになるのが」

がいい。以外に娶るつもりもない」

「良かった、そう言ってくれて…あのね、子龍」

安堵の笑みを浮かべる
少し頬を紅く染め恥ずかしそうに俯きながらポツリポツリと何か呟いた。

「…え?なんだ、?もう一度」

「私のお腹にね、子龍の子どもがいるんだよ」

「ほ、本当に?」

「うん、本当に。だから子龍のお嫁さんにしてください」

「そうか!私の子どもか!あははは、、嬉しいよ!!」

「きゃあ!」

趙雲はいきなりを抱きしめたかと思うと彼女を抱き上げる。
突然だったので驚いては趙雲に慌ててしがみ付く。

「では、昼間会えなかったのは、医者がの下に通っていたと言うのは」

「つわりが酷くて。それと診察」

「なんだろう、嬉しい事が重なるだなんて」

かなり興奮状態の趙雲。

「皆には、劉備様にもまだ言ってないの。自分の口から子龍に一番最初に伝えたくて…
お医者様や白玲にも黙っててもらったの」

「そうか。では殿にもちゃんと報告せねば。私との婚儀とのこと、子どもの事を」

「うん、そうだね」

趙雲は嬉しさのあまり、そのまま宴の席へと駆け込んだ。
別の日に落ち着いて行えば良いものの、酔ってる同僚たちを前にしてとのことを劉備に報告した。
酔った勢いか、その場は更に大騒ぎとなり、朝まで飲めや歌えとすごい有様だったらしい。
それは勿論、二人を祝福しての事なのだが。



***



それからは毎日がすごかった。
趙雲は前以上にに優しくなって色々してくれる。
二人に届けられる祝いの品々もすごい量である。
が身ごもっている事もあり、婚礼は先の話になったが、趙雲邸へとは移り住んだ。

慌しい生活は良くないと、段々落ち着いてきたある日。
大勢いる使用人たちとも会わず、一人寝室で休んでいた

お腹もかなり目立ってきた。
静かな部屋で一人でいるとなんとなく不安になってくる。

家事をするわけでもないから、お嫁さんと言う実感がまだわかない。
文化の違いの所為だとは思うが。

大きくなってきたお腹を見て、優しく撫でてみると、自分の母の事を思い出す。

「…お母さん…どうしてるかな」

貴女の初孫なんですよ。
と呟くがそれを見せ、抱いてもらう事はできない。

「子どもが生まれたら、何か変わるのかな?私はどうなのるのかな?」

結婚と出産が一緒になってしまった為に、気持ちの整理が上手くできない。

「どうしよう、私が私でなくなったら。変わってしまったらどうしよう。子龍もそんな私のことを嫌いになったらどうしよう」

生まれたばかりの子どもと共に捨てられたらとか、新しい奥さんを趙雲が連れて着たらとか
有りもしない想像までしてしまう。
妊娠期間中は精神的に不安になることは多々ある。
神経の使いすぎは胎内の子どもにあまり良くない。
わかっていても不安が大きく膨れていく。

本当に自分は趙雲の側にいても良いのか?
子どもを生んでも良いのか?
将軍の奥方として何をすれば良いのか?
考えるすべてのことが不安要素となっていく。

「どうしよう…怖いよ」

!月英殿がにと…ん?どうした?」

趙雲はなにやら大きな荷物を抱え寝室に入ってきた。
そして妻の異変に気づく。

「な、なんでも…ないよ…あ、あれ?…」

弱味を見せたくなかったのか、は笑おうとするが、涙が溢れ零れてくる。

、嘘や我慢はお腹の子どもに良くない。言ってごらん」

趙雲はの隣に腰掛け、優しく彼女の頭を撫でる。

「子龍〜」

趙雲は話を聞き終えると声を出して笑った。
そんな趙雲には軽く睨む。

「ごめん、でもそんなに深く考えることではないよ。
それに、すぐに全てが変わることはないだろ?わからないことがあるなら誰かに聞けばいいし
今は生まれてくる子どものの為にが元気でいなくては」

「私?」

「私も不安はあるよ。子どもが無事に生まれ、にも何事も起きなければとね。
私には何もできない。二人が無事であるよう祈る事しかできないのだから
それだけじゃない、私は一人の武将として戦場に出なければならない。その間、を残していくのだから」

夫には夫の、妻には妻のそれぞれの不安があるようだ。
少し趙雲も淋しそうな表情をするもすぐに笑ってみせる。

「今は焦る必要もない。肩の力は入れずに気楽に行こう。
二人でならなんとかなるさ。それに私たちには頼りになる人たちもいるだろ?」

「そうだね、大丈夫だよね」

さっきまでの不安がすーっと消えて行く。
完全に消える事はないだろうが、趙雲と二人ならばきっと大丈夫だ。
趙雲が言うように、自分たちの周りには頼りになる仲間がいるのだから。


は趙雲に寄り添い目を閉じた。
趙雲もの肩を抱き、の手を優しく握ってあげる。
二人ともその顔はとても幸せそうなのだった。







企画用、初のお持ち帰りに挑戦したものでした。
友達のMちゃんの出産をネタにさせていただいたのを思い出しました。
03/06/19
13/03/21再UP