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つまりは…。
その日。夏候惇に衝撃が走った。 「……………なんと?」 「ですから、を私の妻に迎えますが、良いですね?と言ったのですが」 夏候惇の目の前に居る青年は元々表情豊かな方ではない。 淡々と同意を求めてくるので、夏候惇も反応が遅れた。 「小父上、いかがなされた?」 「………………は、…あいつはなんと言っておる」 「の意見を聞くまでもないと思いますが」 「いや、それでは…その、なんだ…お前が勝手に決めたことなのか?」 「?…が反対する理由はないと思うのですが」 そもそもなぜ、この青年はそう自信たっぷりに話を進めるのだろうか? あぁ、彼の父親がそうだ。 政においても、私事にしても、「儂が決めた」の一言で話が進んでしまう。 普段ならば、一応文句は言いつつもそれに従っていた夏候惇であるが。 彼の父親は娘の結婚に口を出してくる。 何度も「まだ早い」と夏候惇が握りつぶしたことか…。 「あー…孟徳はなんと言っている?」 「父にはまだ。先に小父上に申した方がよろしいかと思いまして」 だろうな。 彼の父がこの話を反対するはずもない。 寧ろ喜ぶに決まっている。 夏候惇は急に酷い頭痛を感じた。 「小父上?」 「少し待ってくれ。なんと言うか…頭の中で整理ができておらんのだ」 「そうですか。ではまた後程」 颯爽とこの室に来たかと思えば、彼は颯爽と退出していった。 一人になった室で、夏候惇は盛大にため息を吐いた。 「子桓がなぁ…」 寝耳に水とはまさにこの事だ。 *** 「は?」 「だから、小父上にそう伝えたのだが。何か問題でもあったか?」 夏候惇が反応に詰まったのと同じで、娘のも曹丕の突然の発言に反応が遅れた。 曹丕が夏候惇に対し、自分を妻にすると宣言してきたそうだ。 宣言と言うか、ほぼ同意を求めるような…。 「な、何勝手な事をしてるのよ!」 「そうか?」 「そ、そうよ!だって、私」 「以前にも私はお前を妻にすると言ったではないか。反対する理由がどこにある?」 「どこって言われても…」 ずっと幼馴染、妹みたいな存在としか思われていなかっただろう。 つい最近までそう思い感じていたから、急に降ってわいたような現状には困惑してしまう。 それでも、自分を好きだと曹丕は言ってくれたのだが。 (だって…なんか、予想していたのと違う…) 曹丕のを嫁にしたいと言う理由が、「他者に盗られるのが癪だから」と言う、玩具を盗られるのが嫌なような子供の言葉のようにしか思えないのだ。 「嫌なのか?」 「い、嫌って言うか…な、なんか急な話すぎて…」 「そうか?」 「そうだよ」 曹丕は少しだけ首を傾げ、は困惑し乾いた笑みを浮かべる。 そして軽く咳払いをして。 「なんか…子桓焦ってる?」 「…この私が?どこがだ」 「あー…だよねぇ」 は軽く頭を掻く。 そんなはずはないかとも頷く。 (あとで父様に色々言われそうだなぁ) けど、嫌な話ではないので、ちょっと驚いた程度だ。 *** 「。あー…なんだ、子桓から聞いたんだが…」 夏候惇が困った顔をしている。 聞きづらいと言うのか。 まぁ夏候惇にしてみれば、今までなかった話だから驚くだろう。 曹丕もも互いに好きでした。などとは言ったことはない。 「私が子桓に嫁ぐって?」 「そ、そうだ。本当の話か?」 「うん。本当。子桓がそう言ってくれたんだけど…驚くよね、普通」 本当と聞いて夏候惇が瞠目するのがわかったが、すぐさま息を吐いた。 父はこの話、どう思うだろうか? 無理やり感が多少あるような気はするが、としては父の反応がすごく気になる。 今まで何度かあったらしい縁談も夏候惇が「まだ早い」と切り捨てていたらしいから。 「そうだな。驚いたぞ。だが…」 夏候惇はの頭を優しく撫でた。 「お前が嫌がっていないのならばいい」 「父様…」 「誰に嫁いでも心配だが、まぁ…子桓ならば問題なかろう」 駄目だ。の一点張りではなく、むしろ認めてくれた。 「思ったより早く来た話だな………だが、おめでとう、」 「父様!」 は夏候惇に抱き着いた。 きっと一番に祝福してほしいのは他の誰でもなく夏候惇だからだろう。 「寂しくなるな…あ、いや、湿っぽい事を言うのはダメだな」 「そんな!私、そんなすぐに家を出るわけじゃないよ。父様のそばにまだいるから」 「そうか」 まだ報告せねばならに人は他にもいる。 準備も色々あるからまだまだ先の話だろう。 今はギョウに移り住むのが先の話だから。 *** 「あ。遼様!」 「おや、殿。お久しぶりです」 最近城へ来ることがなかったので、張遼に会えたことに思わず笑みが零れた。 「お久しぶりです」 「今日はお父上にご用事ですかな?」 「はい。それと孟徳様にも」 「殿にも?珍しいですね…お暇ならばお茶にでもお誘いしようと思ったのですが」 主君への用事の方が最優先だろうと張遼は思ったらしい。 でもとしては張遼にも聞いてほしい話が、子桓との婚儀について話したかったので別に後でいいと言った。 「そうですか?あとで殿に叱られてしまうのは嫌ですよ?」 叱る。 などと可愛い言い方をするものだと思う。 夏候惇に対しても、攻撃ならぬ口撃はすさまじいが、誰が相手でも変わらないようだ。 ないがしろ、軽蔑しているわけでもなく曹操に忠誠は誓っているだろうが。 「遼様なら誰が相手でも負けなしですよ」 「おや。酷いですね。殿は私をどう言う風に見られているのやら」 「昔からとっても頼れるお方だと思っていますよ?」 「昔ですか…はぁ、私も年を取ったものです。あなたからそんな風に言われるのですから」 「遼様、十分お若いですよ?」 は小さく笑う。 だけど、年齢的には張遼も夏候惇と変わらないし、幼い頃からよく面倒をかけてしまった相手だ。 自分も成長をすれば、当然張遼もその分年を取るものだ。 「では、立話もなんですから「」 「あ、子桓」 「子桓様」 曹丕がいつの間にか近くに居た。 張遼は軽く会釈するも、曹丕にはそれが目に入っていないようで。 曹丕の視線はに向けられている。 「子桓?」 曹丕の眉間にくっきり皺がよっている。 「遅い」 「え?別に時間は」 「行くぞ」 の手を引き曹丕は歩き出す。 「あ、あの!遼様、また今度ゆっくりお話ししましょうね!」 その言葉に曹丕は立ち止まる。 「っと!子桓!!?」 曹丕が急に立ち止まるのでは曹丕にぶつかる。 何を突然と曹丕を睨もうと思ったが、曹丕は反転する。 「張遼。これは私のだ。今後は気軽に誘うな」 「おや…」 曹丕の発言に張遼よりもの方が驚く。 文句を言おうと思っても、曹丕は張遼の返事など待たずに歩き出した。 去った二人の背中を見て、張遼は口角を緩め笑った。 「あの子桓様もまだまだお子様ですな」 張遼から見れば曹丕の宣言はそう映ったらしい。 「だが、よかったですね。殿」 が口にせずとも、張遼は長年のの想いを知っていたので、素直に祝福できた。 そして二人とは反対方向に向かって歩き出す。 「今頃お父上は傷心中かもしれませんな…行ってからか…ではなく、励まして差し上げましょう」 と実に楽しげな顔をして言った。 「し、し、子桓!遼様になんて事を言うのよ!!」 回廊を歩く曹丕には抗議した。 「別にかわまんだろう。本当の事だからな」 「っ!…だ、だからって、遼様に失礼よ!」 「だが、張遼はお前をどこかに誘うとしていた。お前は私との約束があるだろうが」 一緒に曹操に報告をすると言うことが。 だが、少し違う。 まだ時間はある。曹操の政が終わってから、夕餉の時にでもゆっくりと。そう言うことになっていたはずだ。 だから、は張遼に話をしようとこちらが思っていたからで…。 それを曹丕に言えば。 「後でもいいだろうが、それは」 「………」 「なんだ?」 「なんか子桓…子供みたい」 「なに?」 眉間に皺だけでなく、ムッと表情を歪めた曹丕。 「ほら、その顔。うふふ、そんな顔できるんだね、子桓は。子供の頃にはたまーに見れたけど」 「………」 曹丕は顔を手で覆う。 「仕方ないだろう。先ほどの張遼とお前を見て、内心穏やかでなかったんだ」 「子桓」 「自分の気持ちに気付いてから…私はどこか変わったようだ」 は曹丕が引いてくれた手を握り返す。 「私としては嬉しいよ。子桓はずっと私の事を妹として見ていただろうなぁって思っていたから」 「…否定はできんな」 「でも、遼様にあの態度はダメよ。あとで仕返しされてもしらないから」 「………それは怖いな」 曹丕も有能な者であっても、文武で張遼に勝てる気がしない。 それだけ立派な武人であるから、同時に口で彼に勝てる人間が存在するとも思えないからだ。 苦笑した曹丕にはかまわず噴き出した。 「ほら、行くぞ。甄が待っている。どうもあれはお前を気に入ったようだ」 中々来ないを「早く迎えに行かれては?」と室から追い出したそうだ。 どちらが上官なのかわからないと曹丕はぼやく。 「私も甄姫様は好きだよ。って…本気でお義母さんって呼ぶのを覚悟した方がいいかもね」 義母と言うより、姉と言う雰囲気なのだが。 「年の近い義母だ、年下の義母などそのうちなれるものだ」 「そんなの子桓だけだと思うけどね…」 だが、後は父夏候惇の気持ち次第だろう。 意外に押しに弱い部分があるから、甄姫に押されればあっさり落ちそうな気もした。 「小父上が心配なのだろうが、その必要もないと思うが」 「そう?娘としては心配しちゃうものだよ」 「かもしれぬが、私の事もしっかり見ておけ。何せ、私は父の息子だ。 がしっかり見張っておらぬと何をしでかすかわからぬぞ?」 その物言いは曹操と言うより、張遼に似ている気がする。 「じゃあ子桓もしっかり私を見ていてよね。子桓よりいい人がいたら揺れちゃうかもよ?」 「そんな奴はおらぬだろうが。心得ておこう」 その自信がどこから出て来るのかわからないが、正直、今までを思えばそれはないだろうと自身は思う。 だって、長い事曹丕を見ていたのだから。 この後、当然の話のように、曹操には大変喜ばれることになった。 同席していた卞夫人も喜んでくれたが、夏候惇は苦虫を潰したような顔をしていた。 私邸でこっそり聞いた話だが、曹操と従兄弟の関係の自分がより濃い関係になることにため息がでそうになったそうだ。 「ひーちゃんと私」の落下流水後日談的な話。でもってこれで終了でもいいかということで。
彼女が追う側から今度は曹丕が追う側な感じですよ。
11/01/22
13/02/17再UP
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