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今はまだ。
少しだけ気分が高揚していた。 それが顔に出てしまうほどに。 周囲の者がそれを見れば「何か良いことでもあったのですか?」と訊ねてくる。 は「別に何もないですよ」と答える。 それでも笑顔で答えるから、きっと何かあったのだろうと周囲は察する。 だけど、の言うとおり実は何もない。 何もないのに、周囲が不思議がるほど機嫌はいい。 では理由は何かと言えば。 「あ。」 父夏侯惇へ届け物をした帰り。 城内で曹操の息子曹植に呼び止められらた。 曹植は曹丕と同じ卞夫人を母に持つ。 にしてみれば、彼も幼馴染の一人に入るだろう。 「子建!久しぶりだね」 「うん。久しぶり。でも会えてちょうど良かった」 曹操の息子たる才能はこの曹植にも持ち合わせており、周囲からはかなり期待をされているものの。 曹丕ほど武芸に長けるわけでもなく、父曹操のような覇を唱える荒々しさはない。 本人も戦よりも詩を作る方を好んでいる。 比較的穏やかな性格だから、とも気は合う方だ。 それでも、詩人としてではなく、地方で曹操に命じられた職務について忙しい日々を送っている。 「なに?」 「もうすぐ君の誕生日だろう?そう思って贈り物を用意したんだ」 「覚えていてくれたんだ!ありがとう、子建」 は両手を合わせて顔を綻ばせる。 「たいしたものじゃないけど・・・着物をね。けど、当日に渡せそうもないし、また行かなくちゃならないから」 本当は自分で誕生日の贈り物をに届けたかった。 屋敷へ配達するのも考えたが、万が一それが事故で届かないかと言う不安もあった。 だから。 「母上にお願いしてお渡ししてきたから。暇な時にでも受け取って欲しい」 「うん」 「贈るべきものを君に取りに行かせる真似をしてしまうけど・・・」 「そんな。私は子建が誕生日を覚えていてくれただけでも嬉しいもの」 「そうかい?それでも、母上のところに届けたのはもう一つ理由があるんだ」 「?」 「たまには母上の話し相手をしてやって欲しいと思って。母上はが来るのが嬉しいんだ」 そういえば、最近卞夫人に会っていない。 子どもの頃は夏侯惇が戦に出て屋敷を空けると、心配だからと卞夫人の所に預けられた。 今は一人でも留守番ができる為に、あまり卞夫人の世話になることがなかった。 「うん。わかった。私も卞母様に会ってお話したいから楽しみにしておくね」 卞夫人は母のいないにとって母代わりをしてくれた方。 だから会いに行くのもいいだろう。 いや、理由を作らずとも会いに行けばよかったと少し反省する。 曹植とはそこで別れた。 もう許昌を出るからと。 何事もなく、また再会できるのを願って、は曹植を見送った。 そう。の機嫌が良かった理由。 それは自分の誕生日が近いから。 正確に生まれた日はわからない。覚えていないというべきか。 は幼い時に夏侯惇に拾われた子だから。 それなりに、以前居た場所での記憶はあったが、曖昧な部分も多かった。 自分の名前と年齢は言えたものの、誕生日はよくわからなかった。 だから、夏侯惇がを拾った日。二人が出会った日を誕生日しようと言ってくれた。 その日がもうすぐやってくるのだ。 特別に何かをするわけではない。 曹植のように、それを知っている人が贈り物をくれることはあるが。 一番は夏侯惇とその日を過ごすことが待遠しいのだ。 夏侯惇に言わせると、あとどのくらいそのような日があるか。らしいが。 ただ、平穏な世ではない為に、戦になれば夏侯惇はいない。 その日を一人で過ごす年もあるのだ。 *** 「のう。元譲・・・・そろそろ決めぬか?」 「・・・・・くどいぞ、孟徳」 「良い話だと儂は思うのだがな・・・・」 トントンと椅子を指で叩く曹操を前に夏侯惇は苦虫を潰した表情をする。 君主を前にそんな顔を平然とできるのは夏侯惇くらいだろう。 「にはまだ早い」 「そんな事はないだろう。と同じ年頃の儂の娘はとうに「くどいぞ、孟徳」 曹操が言い切らぬうちに夏侯惇の言葉が被る。 夏侯惇は曹操を睨みつけ、曹操は面白くなさそうに唇を尖らせる。 相手は君主だろうが、内容が内容なので引く気がないのだ。 「もうすぐの誕生日だろう?」 「それがどうかしたか?それとこれは関係ないだろう」 「ぬ・・・・」 「別に俺はが嫁ぐことを反対をしているわけではない。今はまだいいというだけだ」 はっきりと夏侯惇の口から嫁ぐと言う言葉が出た。 「ならば良いではないか、話を進めるだけでも」 「俺が認める男ではないと無理だな」 「・・・・そんなのお主の匙加減ではないか・・・そもそも難度が高すぎるわい」 並みの男じゃの旦那とは認めないのだろう。 そんな男が世の中にどのくらい居るのだ。 敵味方関係なく言うならば、曹操にはそれなりに勧めたい相手が思い浮かぶ。 だが、間違いなく夏侯惇は許さないだろう。 「言っておくぞ、孟徳。俺の許しなく勝手に話を進めたならば容赦せんぞ」 曹操は隻眼の猛将の姿を垣間見た気がした。 従兄弟であり、右腕である心許せる、信頼できる男夏侯惇。 だが、娘に関することで自分に向ける忠義が薄らぐとは。 変わったと言えば変わったのだろう。 「わかった、わかった。お主に斬られる真似は儂もされとうない。今回は手を引こう」 「あぁ?今回は?だと」 「あ、いや。余計な真似はせん。誓おう」 「よし」 どちらが君主だかわかりはしない。 一歩間違えば反逆罪に問われるような発言なのに。 だが、ここには二人きり。 互いの立場あってのことかもしれない。 「一つだけ聞くが、元譲・・・・。お主の目に適いそうな男はいるのか?」 「・・・・・」 「おらぬのか?」 夏侯惇はただ小さく笑うだけだった。 さて、一体どうなのやら? *** 「?」 曹丕が屋敷に戻ると、が荷を抱えて出てきた。 「子桓。今帰ったんだ。お帰り」 「あぁ・・・・それは?」 両手で嬉しそうに抱えている荷が曹丕には気になった。 「ふふふ〜子建からの一足早い贈り物」 「子建?」 「あとね、さっき卞母様にもいただいちゃった」 そっと懐から簪を1本取り出した。 それが卞夫人から頂いたものらしい。 その二つから、曹丕にもそれが何を意味しているのかわかった。 二人からへの誕生日の贈り物だと。 「どう?似合う?」 曹丕の前でサッと簪を頭に翳す。 チリリと小さく音が鳴る。 「貸してみろ」 そう言うなり、曹丕はの手から簪を取上げた。 「あ」 「じっとしていろ・・・・」 曹丕がの髪に簪を挿す。 「あぁ、似合うぞ。母上の品に下品なものはないからな。お前でも似合う」 くくっと喉を鳴らし笑う曹丕には少々頬を上気させながらも、文句を告げる。 「もう〜一言多い。普通に褒めてくれればいいじゃん・・・」 それでもやはり嬉しいのか、顔は笑っている。 「しかし・・・・」 曹丕は拱手する。 「ん?どうかした?」 「いや・・・・」 用がないならと、は屋敷に帰ると曹丕に別れを告げて歩き出した。 曹丕はそれをただ見送るだけだ。 さきほど言いかけたこと。 「まさか、子建に先を越されるとは思わなかったな・・・・しかも母上にまで」 別に競っているわけではないが、自分が一番でないのは少しだけ面白くなかった。 それなりに一番近い位置にいるのは自分だと思っていただけに。 夏侯惇は別だが。 「まぁいい」 曹丕も歩き出す。 先ほど少しだけ耳にした。 曹操が夏侯惇にの嫁ぎ先について話を持っていったらしいと。 結果夏侯惇が一蹴して済んだらしいが、そういう時期なのだろうと思った。 今でもたまには自分の事を「ひーちゃん」と幼き頃と変わらずに呼ぶ。 公衆の面前でそれはないが、そう呼ばれる事もそろそろ終わるだろう。 ただ。 最近そうなる事に若干戸惑いがある。 戸惑いと言うか、躊躇いが。 は幼馴染だ、多く居る弟妹達に比べて一緒に居ることが多かった。 いつも自分の後を「ひーちゃん」と呼び着いてきて。 妹と変わらぬ目で見ていたのだが・・・。 「私は子桓のことお兄ちゃんとは見ていないけどね」 などと言われた。 ただの幼馴染と見られているのかと思えばそうではないようで。 曹丕自身どうすべきか、どう扱えばいいのかわからない。 わからないが、この先もわからない。 今は、まだあえてわからないままにしておこうと思った。 *** 誕生日を翌日に控えた今日。は室内で今日までに届いた祝いの品々を見ていた。 贈り主は夏侯淵や曹仁、張遼や徐晃ら父の仲間である武人たち。 曹操に、曹操の奥方や娘たち、自分の友人からも届いた。 沢山の人に祝ってもらって嬉しく思う。 特別何かをするわけではないが、明日は父と一緒に過ごすのだ。 どんな日になるだろうか? いや、それよりも普段から忙しい父にはゆっくり過ごして欲しい。 「」 曹丕が使用人に案内されてやってきた。 「子桓。いらっしゃーい」 曹丕は室内の品々に苦笑しつつも、に出かけるぞと促す。 「どこに?」 「いいから着いて来い」 軒も使わず、護衛も着けずに曹丕はを屋敷から連れ出した。 自身はともかく、曹丕は曹操の息子。 その跡を継ぐのは曹丕だろうと言われている。 そうなるべく、曹丕は日々様々な事を学び、少しずつ曹操に任されるようにもなっている。 「ね。子桓・・・平気?」 「何が?」 「護衛を誰もつけてないじゃない。私じゃ子桓が襲われたら何もできないよ?」 その身を盾にする事はできるだろうが。 そう言えば、曹丕は眉を顰めの鼻先を軽く摘んだ。 「い、いひゃいです」 「馬鹿な事を口にするな。お前を盾に己を守ったなど・・・小父上に申し訳が立たない」 「・・・・・」 曹丕が手を離す。は鼻先を軽く押さえる。 「女の子に対して酷くない?」 「馬鹿な事を言うお前が悪い」 「・・・だってさ」 心配しちゃうよ。が呟く。 「私の心配などする必要はない。まぁそう簡単にやられるつもりもない」 曹丕はコツンとの頭を小突く。 「昔は平気で出歩いただろうに。それこそ小父上に心配をかけてしまうぐらいな。 あの頃に比べれば、私は自分を守る術も、お前を守る力もあると思うが?」 あの頃と立場が違う。 そうは答えそうになった。 なったが、折角の曹丕の厚意を無碍にするべきではないと感じた。 何かしら思うことがあって、忙しい身でを連れ出してくれたのだから。 「うん」 一緒に居られる時間はあの頃に比べたら減った。 あとどのくらいこうして居られるのかわからない。 わからないから、今を楽しむべきなのだろう。 「それで、何?私を連れ出した理由は」 「さっきも言った。あの頃に比べれば、お前に贈り物をすることもできる」 「贈り物・・・・」 「父達が贈って、私だけ素通りするほど薄情ではないつもりだが?」 はほわんと胸が温かくなった。 「し、子桓。それって」 「母上や子建ぬ負けぬ、お前に似合いの品を贈ろう」 それを一緒に選びに行こうと曹丕はを誘ったのだと言う。 が喜びそうなものを内緒で用意するのも考えたのだが。 曹丕が言うには。 「お前の驚く顔をこの目で見たいと思ってな」 それは恥かしい気もするが、少々趣味が悪くないかとは笑った。 「よーし。遠慮なんかしないからね!子桓」 「ふっ・・・望む所だ」 行こうと、曹丕の腕をとり駆け出すだった。 前話から3年、間があいたものでした。まぁ、その間この設定でオロチ三成を書いていたのですが。
段々曹丕も意識しはじめたころでしょうかね?
10/03/12
13/02/17再UP
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