|
曹丕が彼女と初めて会ったのは、漢王朝が乱れその長い歴史に終止符が打たれようとしていた頃。 父、曹操と夏侯惇に連れられているのを見たのが初めて。 彼女に対しての第一印象は特にない。 単に女好きの父が新たに見つけてきた何番目の義母にでもなる人だろうとしか思わなかった。 大勢の女性が父の元へと嫁いだが、とうとう自分より年下の母ができたかと嫌悪を通り越して呆れてしまった。 だから、紹介された時に適当なことを言ったら思いっきり頬をぶたれた。 「惇兄〜」 少女が一人、夏侯惇の下へ駆けてくる。 反董卓連合と称して出兵した曹操と共に戦場へ出ていた夏侯惇。 彼が帰ってきたというので、少女は急いで出迎えに来たようだ。 「おかえり!と、わ、わわ」 夏侯惇の前でつまずき身体が崩れる少女を夏侯惇は受け止める。 「阿呆。そんなに慌てるな」 「あはは、ありがとう、惇兄。んで、おかえりなさい」 「あぁ、今帰ったぞ。」 夏侯惇の腕から離れ少女、は微笑む。 「どうだ、変わりはなかったか?」 夏侯惇はこれから曹操の下へ行くと言うので、もついていく。 も曹操へ挨拶がしたいからと。 「うん、なんもないよ」 「そうか」 「ただね」 「なんだ?」 「丕がすっごくムカツク」 「……、またか」 はぁと軽く溜め息をつく夏侯惇。 隣のはそんな夏侯惇を軽く睨みつける。 「またって何よ。だってムカツクのは本当だもん!アイツすっげー嫌な奴」 「今度は何を言われた?いや、どうせお前の事だ、その倍の仕返しはしたのだろう」 「当然」 曹操の息子、曹丕との出会いが悪かった所為で、互いに会えば醜い喧嘩のようなものを繰り広げている。 ようなもの。と言うのは、傍から見れば単なる痴話喧嘩にしか見えないので一々止めるのも面倒だった。 それに曹操の息子で普段は冷静で切れ者の曹丕が表情を崩すのだ。 曹操はいいことだと見守っている。 ま、にしてはいい迷惑なのだろうが。 「あの性格の悪さは誰似なの?卞義母さんはすっごく素敵な人だし。孟徳様はんな事しないし」 「俺に言われてもな。その二人の子だぞ、アイツは」 夏侯惇は隣で曹丕に対しての文句を言っているを見て彼女には気づかれないように笑う。 夏侯惇にしてみればいい傾向だと思った。 彼女は黄巾賊との戦の最中に見つけ保護した子だった。 たった一人で、理由もわからずにここへとたどり着いたと言う。 信じる信じない以前になんとなくだが、彼女を残しては置けずに曹操と共に彼女を自分たちの本拠地へと連れてきたのだ。 以来、曹操をはじめ、彼の配下の者たちとはうまくやっているようだが ほとんどがとは歳の離れた者たちばかり。 自身が一歩線を引いてしまったような感じだった。 素直で良い子。 そんな感じ。 それが悪いわけではないが、無理をされるのは嫌だったのだが、曹丕とのやり取りでそれが消えた。 喜楽の表情以外にもちゃんと怒も出しているし。 まぁ曹丕のおかげだ、なんて言えばがへそを曲げそうなので余計なことは言わないが。 「聞いてる!惇兄」 「あぁ、聞いている。だが、孟徳は将来子桓の嫁にお前をと考えているらしいぞ」 「いや、すっごく嫌だ〜んなことになったら、毎日ねちねち苛められるじゃん」 気色悪いこと言うな!とは身震いする。 「お前な」 そこまで言うなと思うが、夏侯惇が言う前に当の本人が姿を現す。 「私のほうこそ。お前のような者を娶る気などない」 「ムッ」 「小父上、無事の帰還で何よりです」 夏侯惇の前で手を合わせ頭を下げる曹丕。 「あぁ。お前たちがいてくれるから俺たちは安心して戦に出れる。いつもすまないな」 「いえ。私もそろそろ父やあなたと共に戦に出たいと思っております」 「そうか」 「惇兄の前でいい子ぶって」 顔をくしゃっとさせる。 それを鼻で笑う曹丕。 「いい子ぶるも何も。目上の方に対しては自然と出るものだ。お前にはない教養が私には身についているからな」 「でも、ボロが出れば意味ないね、そんなの」 「ふっ何を言うか」 「お、お前らなぁ…」 こんな所で喧嘩するなよ…夏侯惇は頭が痛くなる。 「ところで小父上」 「ん?なんだ」 「あー私のこと無視するな!」 「父のところへ行かれるのですか?私も父の元へ行くのですがご一緒してしても宜しいでしょうか?」 「あぁ、別にかまわ」 そこまで言うが、が夏侯惇と曹丕の間に立つ。 「ダメ。一緒になんかいかない。アンタは後から来ればいいでしょ。孟徳様のところには私と一緒に行くの」 「お前になど聞いていない。私は小父上に聞いたのだ。小父上は了承してくださった」 「ダメなものはダメです」 「さ、小父上。煩い輩は放っておいて参りましょう」 「クソムカツク!」 「女がそのような言葉を言うな。恥を知れ」 に背を向けて曹丕は歩き出す。 夏侯惇はの頭をニ、三撫でる。 「ほれ、行くぞ。」 「むぅ…」 このようなことが度々起こる。 だが毎度腹を立てているのはのみ。 曹丕は大して気にもしていないようだ。 余裕を見せられているようでにはさらに腹立たしく感じるのだが。 「また膨れておるのか、お前は」 今日もまた曹丕とやりあったらしい。 は頬を膨らませて、庭へと下りる階段へと腰を下ろしていた。 そこへ夏侯惇が通りかかりの隣へと座る。 「だって」 「毎回飽きない奴らだな、お前たちも」 「飽きてくれたほうがいい。煩いもん」 「そのようなことを言うな。子桓とのやりとりはお前にとっていいものではないのか?」 「どこがよ」 「溜めているものを全部吐き出しているだろう?孟徳や俺には言えないようなことでも子桓には言える」 「べ、別に、そんなことないよ。だって惇兄たちに文句なんてないもの」 「それはそれで嬉しいがな」 「惇兄は私と丕がうまくいけばいいと思ってるでしょ…性格的に合わないから無理だよ」 「そうか?」 うまくいけばってのは、前に夏侯惇がもらした曹丕へと嫁がせようとしているとのことだろう。 それを聞いたは曹操に嫌だ、嫌だと物凄い剣幕で押したのだ。 「だが、本当に嫌ならば顔を合わせず避けるのではないか?子桓も本気でお前を嫌ってはいないだろう」 「そうかな?滅茶苦茶人のこと貶すのに?」 「子桓の性格ならば本気で嫌っている奴ならば、相手にもせず目にもとめないと思うぞ」 「………」 それでもと、素直に認めたくないのか、は首を横に振る。 「アイツの嫁になるくらいなら、出家して尼さんになってやる」 「おいおい」 「それはまぁ、冗談で。丕のお嫁さんじゃなくて、私はどうせなら惇兄のお嫁さんになりたい」 えへへと少し頬を赤くするに夏侯惇はそうかと一言だけ言った。 「俺は孟徳が天下を取るまでは嫁など娶る気はないんだがな」 「一生独身?」 「おい、それは孟徳には天下が取れないってことか?」 夏侯惇は微苦笑する。 「そうじゃないって、だってあと2、3年ですぐに天下が取れるわけでもないでしょ?惇兄オジサンになっちゃうよ」 実際、天下を取るためには様々な輩と戦わねばならない。 華北一体を納める袁紹が今、一番の壁だろう。 「そうだな、すぐにはとれんな」 「ま、惇兄がオジサンになってもその時は私もオバサンなわけだし。孟徳様が天下を取ったらのんびり二人で過ごすってのも悪くないよ?」 「あはははっ、そうか。それはいいな」 「そ。だから無理しないでね、惇兄」 「あぁ」 「それと約束」 「ん?」 「惇兄たちが戦に行っちゃうの嫌だけど…絶対帰ってきてよね?私を独りにしないでね」 「…あぁ、約束だ」 *** 曹操が進むたびに世は大きく変わり、の周りも変わっていった。 彼に仕える者が増え、収める領土も増えた。 天下は一つに、曹操のものになるのかと思われた時に、孫劉同盟により三つになってしまった。 曹丕にも甄姫と言う美しい妻が迎えられて、自身も曹丕と真っ向から衝突するようなことはなく少女から女性へと成長していった。 それでも曹丕とは会えば小さな小競り合いみたいなものが今だあるのだが、甄姫とは仲良くやっていた。 天下は統一されども、の周りは穏やかだった。 あの日を迎えるまでは…。 樊城での戦いで夏侯惇は関羽を倒した。 関羽を倒した後に、夏侯惇は表舞台から去った。 関羽を乱世と例えて、倒すべきが相手がいなくなった彼には変に寂しさしか残らなかった。 とその少し後に曹操がこの世を去った。 曹操の後を曹丕が継いで魏王を名乗った。 夏侯惇に大将軍への就任を要請したが夏侯惇は断った。 だが、今だ夏侯惇への人望は厚いために少しの間だけでもとなったのだが。 「惇兄?最近元気ないね」 「…そうか?そんなことはないぞ」 夏侯惇の屋敷で二人で庭を眺めていた。 「皆、心配してる。遼さんも徐晃さんも」 「そうか、それはすまないことをした」 「…孟徳様も淵ちゃんもいないから?」 「………」 「約束覚えているよね?」 「…あぁ」 「ならいいよ」 は夏侯惇の肩へと頭を乗せて目を閉じた。 今の夏侯惇には覇気がない。 その所為か、病にかかってしまった。 毎日、が彼の看病をしていた。 「小父上。お呼びですか?」 ある晩、夏侯惇は曹丕を呼んだ。 夏侯惇は身体を起こし曹丕に軽く頭を下げる。 「皇帝ともあろうお方に、無理を承知で俺の頼みごとを聞いてもらいたい」 「小父上」 曹丕は眉を顰める。 いつも堂々としていた夏侯惇のそのような姿など見たくなかった。 「顔を上げてほしい。話は聞きます」 「すまない……だが、俺はもう逝くだろう。だから、のことをお前に頼みたい」 「小父上、そのようなこと言われるな」 「もう長くないと自分でわかる。関羽を倒したあの日。俺は終わったのだろうな」 「………」 「と約束をしたがどうやら守れないようだ」 「守ってもらわなくては困ります。後始末が大変だ…きっと煩く喚く。それを止められるのは小父上だけでしょう」 「だから、俺の代わりにお前が守ってくれんか。どんなに周りが変わろうとお前とは変わらん」 「小父上、あなたは」 呆れの溜め息しか出てこない。 もはや何を言っても無駄なのだろうか?この男の生への執着はもうないと見える。 「頼む、子桓」 「お断りします。先ほども言いましたが。アレはあなたではなきゃダメだ」 「子桓」 それでも、なんとか思いとどまらせたい。 ここでわかりました。などと返答すれば、この男は安心してそのまま逝ってしまう気がする。 「小父上は何を見てきたのですか?私とアレの仲は悪いというのに。心配がつきないのでしょう?だったら、早く身体を治し、アレとの約束を守られよ」 「………そうか」 夏侯惇は曹丕が考え言ってくれていることを理解はしている。 だから、そうとしか答えがなかった。 「また来ます。その時には今の考えが愚かだったと聞かせていただきたい」 曹丕は踵を返し部屋を出る。 屋敷を出ようとした時、に呼び止められた。 「惇兄…なんて言ってた?」 「別に何も」 「本当に?嘘言わないでよ?」 いつも自分に対して強気なが涙を浮かべて必死になっている。 「嘘を言ってどうする。くだらん話をしただけだ」 「嫌だよ、私…惇兄と別れるの…嫌だぁ…」 曹丕の袖を掴み何度も揺らす。 「お前がそのような態度でどうする。しっかり小父上を支えろ」 「………」 「また来る」 曹丕はの腕を離し屋敷から去っていった。 その数日後に夏侯惇は逝ってしまった。 本人の希望で葬儀などは質素でいいと。 曹丕が中心となって夏侯惇を見送った。 は泣き疲れてしまったのだろう、見ているこっちが辛いと思える有り様で 今も甄姫に支えられている。 最後の最後で、は夏侯惇の棺に向かって一言『嘘吐き』と叫んだ。 *** は昔曹操から与えられた屋敷に数人の使用人と共に暮らしていた。 夏侯惇がいなくなった今、彼女は一人屋敷に篭ってしまった。 何度か甄姫が様子を見に行くもまったくダメで、使用人の話を聞くと食事もしてないという。 曹丕は仕方ないと屋敷へと足を運んだ。 中へ案内されると、は柱にもたれて庭を眺めていた。 「何しにきたの?」 振り向かずに訊ねてくる。 「大馬鹿の様子を見に来た。甄がお前のような馬鹿でも心配だと言うのでな」 「あっそ」 昔ならば『誰が大馬鹿だ!』と突っかかってくるのだが、その気配すらない。 「いつまでそうしている。周りもいい迷惑だ」 「迷惑なんかかけてない」 「かけているだろう。使用人に甄にこの私にだ。なぜ私がわざわざ来なくてはならない」 「なら早く帰れ」 「………小父上もどうしようもないことを残してくれた」 その時、初めてが反応した。 恐る恐る顔を振り向かせる。 「惇兄がなんて?」 「この私に大馬鹿の面倒を見ろと言われた」 「なんだ……そんなこと。丕の面倒なんてならいからいい」 「だが、自分の代わりに約束を守れと言われた」 「約束……惇兄がいないなら約束なんて意味がない…」 の目から大粒の涙が零れる。 「惇兄の嘘吐き…私のこと独りにしないって言ったのに…」 「それが約束か」 は泣きながらも頷いた。 「小父上もとんでもない約束を残してくれたな」 そう言いながらも曹丕はの腕を掴み無理やり立たせる。 「な、何よ」 「いつまでもみっともない格好をしてるな」 「ちょ、ちょっと待ってよ」 「仕方ないから、私が小父上に代わり約束を守ってやる」 「な、なんで」 「お前のような大馬鹿でもいないとつまらん。それに甄はお前を気にいっている」 そう言って、曹丕は力強くを抱きしめる。 「だから、一度だけ胸を貸してやる。好きなだけ喚け。次からは聞かん」 「丕…」 曹丕と。 出会った頃から、気が合わずいつもいがみ合っていた。 でも不思議と離れることはなく、それが挨拶かのようで。 恋人でもない関係。 お互いが想った人は別の人だ。 でも、心のどこかで互いを必要としていたのかもしれない。 なくてはならない存在だったのかもしれない。 これも一つの愛の形なのかもしれない。 これはお題で初曹丕夢でした。こういうのもありなのかな?と思って書いた記憶があります。
05/03/08
13/02/17再UP
|