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姫と約束。
曹魏との戦が行われる事なく帰還した孫策たち。 その直後に、孫家の末姫・は熱を出して寝込んでしまっていた。 姫は生まれてほとんど、建業からでたことがなかった。 最近になってようやく城下へ遊びに行くようになったくらいだ。 そんなことも考えずに、は兵たちの士気をあげるためと言って、義姉大喬と共に 合肥まで陣中見舞いに訪れた。 初めての旅に、はしゃいで熱でも出すのでは? と兄、孫策が心配したとおりになったのだ。 「だから、言ったじゃねーか。世話の焼ける奴だな」 「うぅ、策兄様に言われると思いませんでした」 「なんだと〜」 「孫策様。病人の下で騒がないでください」 大喬に諌められて、ぐっと堪える孫策。 「旅の疲れが出てしまったのですよね。今はゆっくり休んでくださいね、」 「…はい、義姉様」 「じゃあ、ちゃんと寝てろな。何かあったら呼ぶんだぞ」 「はい、兄様」 最後にの頭を撫でて孫策たちは室から出て行った。 いつまでも兄たちに心配かけてるなぁとは少しへこむ。 先ほどは母や孫権も訪れ、優しい言葉をかけてくれた。 早く元気にならねばと思う。 早く元気になって、あの人とまた城下へ遊びに行きたいなぁ…と。 「………」 先ほど飲んだ薬が効いてきたのか、段々と眠気に誘われて目を閉じる。 「…?…」 見舞いに来のか、が一番一緒にいたい人が入ってきた事には気づかなかった。 男は仕方なく、寝台のそばの椅子へと腰掛けた。 2、3日前に訪れた時は熱でうなされて苦しそうだったが、今はそうは感じない。 これなら大丈夫そうだと安堵する。 今、寝ている愛しい姫はどんな夢を見ているのだろうか? 「!どうだ、具合は」 「父様!戦は終わったのですか?」 可愛い末娘が、熱出して寝込んだと聞いて、父孫堅は娘の下へ駆けつけた。 勿論、戦を無事に終結させて。 「あぁ、終わったぞ。しばらくは大丈夫だろう。も安心して暮らせるぞ」 上体を起こして書物を読んでいた娘を見て、孫堅は目を細めて笑った。 これなら、大丈夫だろうと。 「。熱は下がったのか?苦しいところはないか?」 孫堅は寝台に腰を下ろし、の額に手を当てる。 うん、熱はない。 「はい、もう大丈夫です。少し咳が出てしまうけど」 「あまり無理するなよ」 「はい…ごほっ、ごほ」 言ってるそばから咳が出た。 孫堅は優しくの背をさする。 「読書はそれぐらいにして、もう寝るがいい」 「でも、寝てばかりで眠くはないです」 「だが、十分に休息は取らねばいかんぞ?ちゃんと治さねば後が大変だ」 「…でも、眠れないです」 「そうか、では父がが寝るまでそばにいてやろう」 「本当ですか!」 「あぁ、ずっと留守にしていたからな。が熱で苦しんでいる間、何もして上げれなかったしな」 孫堅はを寝かせ、娘の小さい手を優しく握る。 「でも、父様はみんなを守るための戦をしているのでしょう?」 「まぁな」 「私、ちゃんと留守番してますから」 「そうか。すまんな」 「でも、世の中が平和になったら、父様といつもいっしょにいられますよね」 「あぁ。いつまでも一緒にいてやるぞ。策や権、尚香ととだ」 「あと、お母様もです」 「そうだったな。怒られてしまうな」 しばらく、ずっと孫堅はのそばにいてくれた。 中々寝付かないを怒ることなく、沢山話をしてくれて。 上の子どもたちと違って、は身体が弱い。 なので、外で一緒に遊ぶと言う事ができなかった。 策は部下を連れて鍛錬だなんだで、駆け回っていたし、逆に権は軍師や文官から色々学んでいるようだ。 尚香は小さいながらも策にくっついていた。 だけはポツンと取り残されている。 別に兄弟仲が悪いわけではないが、寂しい思いをできるだけさせないようにと、孫堅は考えていた。 「そうだ、。腹は空かぬか?」 「……?」 「少し待ってろ」 孫堅はから手を離すと、室から出て行ってしまった。 は身体を起こす。 手を見て、急になくなったぬくもりに寂しく感じる。 だが、孫堅はすぐに戻ってきた。 手に大きな桃を二つ持って。 「戦の帰りにな、見つけたものだ。先ほどまで井戸で冷やしておいた。美味しいぞ」 孫堅はに桃を一つ手渡す。 でも、にはどうして良いかわからず首を傾げる。 「皮を剥いて、ガバッと食えばいいのだ」 「え、このままですか?」 「あぁ、美味いぞ」 果物にせよ、いつもなら綺麗に細かく食べやすいように女官たちがしてくれたが。 孫堅は気にせず、桃にかぶりついている。 「、甘くて美味いぞ」 「は、はい」 父がやってるから、自分もと思い、少しぎこちない手で皮を剥いて、桃にパクっとかぶりついた。 口内に広がる甘みには笑顔になる。 これを井戸で冷やしておいたと言っていたが、桃はとても冷たいがそれがまた美味さを引き出している。 「どうだ?」 「美味しいです、父様!」 「そうか、それは良かった」 は最初の一口とは違って、パクパクと桃を食べている。 父と一緒に何かをするってこと自体、にはあまりない事だったので、食べるだけとはいえ嬉しかった。 「策たちには内緒だぞ?桃は俺との分しかないのだ」 「えー兄様たちの分はないのですか?」 「ない」 孫堅は豪快に笑った。 兄たちに内緒ってことも初めてだ。 「桃、美味しいです。父様」 「じゃあ、また今度採ってくるからな。いや、今度は一緒に採りに行こうな、」 「はい!」 孫堅は嬉しそうに頷く娘の頭を優しく撫でた。 結局、その約束が果たされることはなかった。 の身体は変わらず病弱のままだったし、孫堅は刺客にやられて帰らぬ人となった。 「…?…」 寝ている姫の目から涙が零れているのに気づいた周泰。 周泰は指でその涙を拭った。 はそこで目が覚める。 「…幼平?」 「…嫌な夢でも見ましたか?泣いていました…」 の涙を拭っていた手は優しく彼女の頬に触れていた。 「ううん、嫌な夢なんて見てないわ…ただね」 「?」 「懐かしい夢を見たの」 幼い頃、数えるほどしかなかった亡き父と過ごした時間。 「昔ね、熱を出して寝ていた私に父様が色々お話してくださったの。その頃の事を夢で見ていたの」 「…そうですか…」 は身体を起こす。 「…大丈夫ですか?…」 「えぇ」 なんで、急にあの頃の夢を見たのかとふと、不思議に思う。 熱を出して寝込むなんてこと、今までに何度もあったし。 その頃はどちらかと言えば、嫌な夢ばかり見ていた。 『当然ですとも。あなたの父上は大変素晴らしい方でした。我が殿が認めた方なのですぞ』 あぁ、そうか。 先日出会った、友となった人から聞いた亡き父の話のせいなのかもしれない。 城にいても、あまり亡き父のことは話すことがない。 皆が気を使っているからなのだろうが。 あと、先ほど室を出る際に兄が自分の頭を撫でた感じが、父と似ていたためだろう。 「約束、二つとも駄目になってしまったわ」 「…約束ですか?…」 「そう、父様とね。平和になったら家族で一緒に過ごしましょうって」 「………」 少し寂しそうに笑う。 「幼平はずっとそばにいてくれるわよね?」 「…はい…」 周泰は椅子から寝台へと腰掛けそのままを優しく包む。 「約束だからね、幼平」 「…はい。約束です…」 父とは果たされなかった約束。 今は、父とは別に大切に思う人がいる。 この人との約束は破られたくない。 「…もう一つの約束はなんだったのですか?…」 「ん?もう一つ?…それはね…あ」 「…?…」 「桃?」 は鼻についた匂いに反応した。 周泰は何か思い出したように、を離すと、卓の上に置かれたあるものを持ってきた。 「あ、桃じゃない。どうしたの?」 「…熟れている桃があったので採ってきました…」 「わぁ、甘そうな匂いね」 「…井戸で冷やしておきましたから、少し時間は経ってますがまだ冷たいはずです…」 父と同じことをしている周泰には嬉しくなった。 「ね、食べてもいい?」 「…あなたへのですから…」 「ありがと」 「…今、切り分けますか…ら……」 周泰は桃をちゃんと皮を剥いて切り分けようとしたのだが、は自分で皮を剥いてパクっとかぶりつく。 いきなりのの行動に周泰は驚き、彼女を諌める。 「…行儀が悪いです…」 「あら、知らないの?幼平。桃はこうして食べた方が美味しいのよ」 「………」 「うふふ。父様とこうして食べたのよ。ほら、幼平も食べて」 仕方なく、周泰も言われたとおりにする。 普段は自分もこうして食べているわけだし。 何より、愛しい姫が嬉しそうに食べているので良しとする。 「甘くて美味しいわ、幼平」 「…そうですね…」 「ね、幼平。今度、一緒に桃を採りに行きましょう」 「…桃、ですか?…」 「そう、桃よ。さっき話した父様とした約束は、桃を一緒に採りに行く事だったのよ」 「…あなたの身体が良くなったら、行きましょう…」 「約束ね」 はそう言って、再び桃にかぶりついたのだった。 堅パパとの思い出。書いている時、なんか泣けてきたのを覚えています。
姫にとって、策が父代わりでもあり、兄でもあるんですな。
04/02/26
12/09/02再UP
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