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騎士と姫様。
「どうかなさったのですか?」 「え、あ、あのね大喬義姉様」 亡き孫堅の末娘である。 彼女は長兄であり、孫呉の君主孫策の妻である大喬のもとを訪れていた。 ほとんど年の変わらない義妹は何か悩んでいるのであろうが、中々それを話そうとしない。 元々のんびりした大喬だったので急かすことはしなかったのだが、今回はちょっと引きずりすぎなので仕方なく、自分から聞き出すことにした。 「悩み事ならいつでも聞きますし、ちゃんと秘密になさいますよ?」 「あ、うん…義姉様!本当に誰にも言わない?」 「もちろん」 「しょ、小喬にも?」 「えぇ」 「権兄様にも?」 「はい」 「策兄様にも?」 「はい、言いませんよ。何をいったい悩まれてるのですか?」 自分以外の誰にも言うなとは、余計に気になる。 「あ、あのね。す、好きな人がいるのですけど」 「まぁ、そうなのですか?」 こくりと頷くに大喬は笑む。 今まで城からほとんどでた事のない姫が誰に恋したのだろうか? そういう話を姫とできるのは正直嬉しい。 でも、ここが大喬と小喬の違う所。 小喬はその相手が誰であるかを聞きだそうとするのだが、大喬は聞かない。 「で、でね。その人、今はちょっといなくて…もうすぐ帰ってくるのですけど」 「はぁ」 って事は武将の誰かでしょうか? と大喬は考える、今留守にしている武将と言えば限られる。 「帰ってくるのが楽しみですね、」 「う、うん…そうなのだけど」 「?」 「は」 「は?」 「恥ずかしいの!」 両手で頬を覆う。 「…はい?」 意味がわからないのですが、。大喬は小首を傾げた。 「、仰る意味がわかりませんが」 「あ、あのね、わ、私ね。その人に想いは告げたの」 「まぁ」 にしては武将たちは大人しいなと大喬は思う。 この姫は多くの武将たちから慕われている。 姫が一度笑えば、意味もなく歓声があがるくらいに。 ならば、姫から想いを告げられたとなればきっとその相手は大騒ぎなのだろうが、静か過ぎる。 「でもね…答えらしい答え聞けなくて。それに次にどんな顔をして会えばいいかわからなくて」 「それで悩んでいたのですね」 その相手は誰なのだろうか? でも相手にしてみれば姫からの告白は恐れ多いと思っているのだろうか? 多くの武将が慕っているとは言え、それは俗に言う相手を『アイドル』のような存在と見ているからだろうか? 「難しいですね」 「き、嫌われてはいないと思うのだけど…でもね、でも何にも言ってもらえないと不安だし」 は視線を落としてしまう。 その相手がよほど好きなのだろう。 「そうですね、私もと同じ立場なら色々悩んで不安になると思いますよ」 「でも、義姉様の場合、相手が策兄様ならそんな事ないでしょう?策兄様は」 「俺が何だってぇ?」 「!?」 「孫策様、いつお帰りになったのですか?」 いきなり現れた孫策に二人は驚く。 と言うより、は口をパクパクさせている。 「おう、帰ったぜぇ。ついさっきだ」 孫策はよっ!と軽く手を上げる。 「さ、策、策兄様、今の話…き、聞いて」 「あ〜?今の話?俺の名前が聞こえたからぐらいか?でもなんだ、俺がどうしたって?」 「な、なんでもないです!」 顔を真っ赤にする妹に孫策は首を傾げるも、久しぶりに会えた大切な人たちに顔を綻ばせる。 「しばらく留守にして悪かったな」 大喬は席を立ち、孫策に向けて頭を下げた。 「いえ、ご無事のお戻り何よりです」 孫策は今まで長めの遠征で城を離れていた。 普通は別の者が行くべきなのだが、孫策は内政を弟の孫権に任せて自分は外で敵をぶっ飛ばしていた。 危ないからと孫権や周瑜らに諭されるも、気にするなの一言で終わってしまう。 「…策兄様が帰ってきたと言うことは…いやぁーーー」 「な、なんだ!」 「?」 が珍しく声を上げる。 悲鳴に近い声だ。 それを聞いて、外で控えていたのであろう、周泰が入ってきた。 「…どうかされましたか!孫策様…」 「…よ、幼平」 周泰を見て、声が上ずる。 「…姫?…」 「別に何でもねぇよ。多分…俺にも意味がわかんねーだよ」 孫策はそう言うも、大喬にはなんとなくわかったようで、苦笑してしまう。 「わ、私、部屋に戻ります!」 は顔をさらに赤くして逃げるかのように室から出て行く。 「…姫!…」 「そういう事ですか」 が出た後に周泰が追いかけていったので、大喬はポンと手を打つ。 「なにがだ?」 「うふふ、との秘密です。孫策様にも秘密なんですよ」 「なんだよ、ずりーな」 ガシガシ髪を掻く孫策の隣で大喬は笑うのだった。 *** 「…姫…」 「………」 「…どうなされました、急に…」 「幼平、ついてこないで!」 「…しかし…」 「放っておいて!」 「…そう申されましても…」 スタスタ早足で歩いているつもりのだが、周泰とは歩幅がかなり違うため、あっさり追いつかれてしまう。 「幼平の馬鹿!幼平なんか嫌い、大嫌いよ!」 「………」 は半分泣きそうな顔をしている。 周泰は仕方なく、言われたとおり立ち止まりを追うのを止めた。 それに気づいたは 「もう!幼平の馬鹿!本当に大嫌いなんだからーーー」 と叫んで走り去っていった。 周りで見ていた文官女官の視線を痛いほどに感じ、周泰は再び歩き出す。 「…仕方のない方だ…」 おそらく姫が向かう場所はあそこだろうから。 「幼平の馬鹿、馬鹿〜」 は城の裏手にある小高い丘にいた。 ここを知るのは場所を教えてくれた孫策に一緒に来た事のある周泰だけ。 そこで顔を伏せて膝を抱えて座っている。 孫権が中、孫策が外と言うよな活動になってきたとき、周泰は再び孫策付きになった。 これは無鉄砲にどこにでも飛び込んでいく孫策を守るためなのだろう。 今回も周泰は孫策について3ヶ月ほど遠征に出向いていた。 帰還予定は近日中との知らせがあったのだが、先ほどその孫策が帰ってきたとなると、当然周泰も一緒な訳で。 は思わずあんな声を出してしまったのだ。 何故出したかと言えば…。 大喬に話したとおり、想いを告げた相手が周泰なのだ。 周泰はの最初の護衛役だった。 幼心にも恋心は芽生えるもので、は周泰を慕い続けていた。 自分の誕生日に、それらしい事を伝えたと言うか、一人の女性として見て欲しいと願った。 姫ではなく、名で自分のことを呼んで欲しいと。 周泰は迷ったようだが、二人きりの時ならばと承諾してくれた。 そして、遠征に行く前に、はっきりと『好き』と告げたのだが…。 返事が曖昧になっていたのだ。 長い遠征の所為で周泰が帰ってきたらどんな顔をして会えばいいのか悩んだ。 のだが、周泰は特に変わらずだった。 それが悲しく、腹立たしくもある。 サクリサクリと草を踏むほどが聞こえる。 誰かがやって来たようだ。 そんなのは限定されるのでは振り向くものかと顔を伏せたままだ。 周泰はの後ろまでやってきた。 「…姫…」 「………」 「…風邪でもひかれたら大変です…」 周泰は顔を伏せたままのの肩に薄手の衣をかける。 わざわざ持って来てくれたらしい。 「幼平の馬鹿…」 「…姫…」 「姫って言った…二人の時は名で呼んでくれるって言ったじゃないの」 「…先ほどから馬鹿と連呼されましても…」 「だって、幼平酷いんだもん。何も知らないって顔してる…私一人で悩んで馬鹿みたい」 それは遠征前の事か。 「…名で呼ぶのも二人の時だと、俺は言いました…」 「そうだけど」 今は誰もいない。二人きりだ。 「…あなたは孫家に仕える俺にとっても大事な方だ。ですが、一人の女性としては…」 見れないってことか。 身分の壁ってことだろうか? それに自分が幼すぎるってことだろうか? 「…正直、迷っています…」 「もういい」 「…姫…」 はすくっと立ち上がる。 さっきまで泣いていたのだが、その涙をもう流すものかと堪えているようにも見える。 「私が言えば、幼平にはすべて命令のように聞こえるかもしれない…だから、もういいです」 の口調が変わる。 それは大勢の者の前で見せる孫家の姫としての口調だ。 今までは二人きりでもそのような事はなかった。 それは彼女が幼い頃からずっとだ。 「全てなかったことにします。あなたも忘れてください」 「…姫!…」 周泰の横を通り過ぎる。 気丈な姿に一瞬周泰は目をそむける。 だが、ポツリと聞こえた彼女の言葉が胸に突き刺さった。 「…尚香姉さまみたいに、私も誰かに嫁ぐのだろうし…」 本当に小さない声でだったが、確かに周泰には聞こえた。 それはあり得る話だ。 尚香と同じように蜀かもしれないし、はたまた魏かもしれない。 それともまた別のどこかかもしれない。 一国の姫ならばしょうがない事だ。 でも、周泰にはどうしてもそれが嫌で…。 「…!…」 通り過ぎた彼女を後ろから抱きしめる。 過るのは今までの事。 いつも向けてくれた微笑みが別の誰かに向けられてしまう事が悔しく感じる。 「…酷いのはあなたの方だ…俺は…」 「幼平」 「…今の言葉で迷いが消えました。俺はあなたを誰にも渡したくはないです…」 「幼平」 「……」 一段と強く抱きしめられる。 周泰の逞しい腕にそっと手を触れる。 今まで泣くのを堪えていたのだが、周泰の言葉と行動で嬉し涙が溢れ、彼の腕に零れる。 「……」 「ごめんなさい、嬉しいから…だから涙が止まらなくて」 周泰は腕の力を緩め、自分の方へを向かせる。 「…あなたは俺が守ります…だから、どこへも行かないでください…」 零れる涙をそっと拭う周泰の指。 「ずっと、ずっと幼平のそばにいるから」 「……」 は涙を浮かべながらも、周泰に向けて微笑んだ。 それから姫と騎士様はこの小高い丘で城下を眺めながら過ごしたそうです。 多少風が冷たくとも、騎士様が温めてくれていたので姫様はご機嫌だったそうだとか。 でも、これから色々あるのですよ、お二人には。 そう、色々ね。 名前呼びになったけど、告白したようなしていないような。
なんかそんな曖昧な感じの前回だったので、今回はこんな感じだったようでw
04/02/04
12/09/02再UP
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