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ボクからキミへ。
「………」 珍しく修兵が難しい顔をして悩んでいる。 「修兵?どうかしたのか?」 はい。とがちゃぶ台に出したのは綺麗に切り分けたリンゴだ。 今日は親子二人での夕食だった。 いつも客が多い檜佐木家だが、たまにはこんな日だってある。 「………」 「おーい。修兵ってば……リンゴ食べないのか?」 食べないなら一人で食うぞとは皿を自分の前に移動させる。 だがスッと修兵の手が伸びて独り占めは阻止された。 無言でリンゴを食べている修兵。 なんだ、いったい…は首を傾げる。 のことなど構わずジッと考え事をしているとなると、よほど重大なことなのだろう。 死神の仕事のことならば、には口出せないので仕方なく話しかけるのをやめた。 「どーれにしようかなー」 は大きい独り言を言いながら分厚い料理本をめくっていく。 「ドロップクッキー、カップケーキ、パウンドケーキ、マドレーヌ…シュークリーム」 乱菊に現世で買ってきてもらったお菓子の料理本を眺めている。 「クッキーなら、ごまクッキー、紅茶のクッキー。どれも簡単でいいよなー」 別に修兵に同意を求めているわけではないが、は口にしている。 「カップケーキなら、オレンジ、レーズン…色々あって迷うなぁ」 「なんだ?菓子でも作るのか?」 修兵がようやくに話しかけてきた。 「うん。今度ホワイトデーって奴だから、お返しにさ」 「………」 むぅっと修兵の表情が険しいものになる。 深い皺が眉間に刻まれて、普段目つきが悪いのが三倍増し怖くなっている。 「な、なんだよ。修兵…」 「あ、いや…なんでもない」 息子が怯えたようなので慌てて笑顔を作る。 「別にお返しする必要はないんだけどね。俺、バレンタインの時にあげているから」 「そ、そうか」 もとより女性死神協会の面々はそういう約束になっている。 バレンタイン当日に彼女たちにチョコ菓子作りを手伝い、御礼としてチョコを貰ったのだが。 も当日作ったものを彼女たちに渡し、一月後のホワイトデーはこれでチャラになった。 だが、一応個人的に近所のおばさんやお姉さんからも貰ったりしたので、そのお礼はせねばと思ったのだ。 「お、俺はお前にお返しするべき…なんだよな」 修兵もから貰った。 だがそれはと連名というか、二人から修兵にという代物だったが。 「別にいらない」 「な、なんだよ!」 あっさりした返答にちょっとへこむ修兵。 「あ。でも姉ちゃんにはちゃんとやれよ?姉ちゃんにお返しすることで俺の分はチャラな」 息子に釘を刺されてしまった。 「そ、そうか?…にね…」 実はさっきからずっと、それを悩んでいる修兵だった。 には昨年も貰った。 昨年はがそっと修兵の机の引き出しにいれたものだったのでお返しなどしなかった。 彼女からかも。と思ってもそれを確認することができなくて。 今年は息子と一緒にとくれたが、勇気をちょっと出して、去年の話を持ち出してみた。 彼女は畏まりながら頷いてくれたのだ。 (って…ホワイトデーって何やりゃいいんだよ…) 現世から入ってきたイベントだが、バレンタインほどまだまだ浸透していない。 誰かに聞けばいいのだが、恋次やイヅルなど後輩たちに聞けるわけもなく。 乱菊など女性陣にもあまり聞けない、いや乱菊のような性格の人にはだろう。 頼れそうな人があまり思い浮かばない。 お返しの品を大っぴらに渡せる状況じゃないからだ。 (ただのお返し。お返しだから…普通でいいんだよ…いいんだろうけど…) 周りに茶化されたくないのが本音。 彼女に嫌われたくないから、少しずつ、彼女との距離が縮まればいいんだ。 「修兵、変な顔」 がニタニタと笑っている。 人が悩んでいる顔を見て、変とはなんだ、変とは。 「あんな、修兵。プレゼントって気持ちが一番大事なんだぞ、知ってるか?」 「あ?ああ、まあな」 「だから、修兵が気持ちをこめて贈ればいいと思うけど?俺はね」 息子の方がしっかりしていて、なんだが情けない。 だけど、お前の贈り物と俺のは意味が違うんだと思ってもそんな事口にできないでいる。 「その顔、知ってる」 「は?」 「大人の事情って奴。俺が楽しむバレンタインと大人が考えるバレンタインは違うってこと。ホワイトデーも同じなんだなって思ってさ。大人って面倒くさいのな」 見透かされてる。 修兵はの頭をわしわしと撫でる。 「な、なんだよ。急に」 「お前も大人になるんだ。その時になって、俺の今の苦労がわかるぞ〜」 「知るかよ、そんなの」 「も大人になるんだなぁ。お父さん、寂しいぞー」 「馬鹿じゃねぇの」 は修兵の手を払う。 ああ、反抗期って奴?ちょっと悲しい。 「俺は俺で色々考えているの!」 「なにをだよ」 「い、色々だよ」 はすいっと修兵から目をそらす。 言えるわけがないだろう、母親になって欲しい人がいるなんてことを。 ここではお互い知らないだけで、利害が一致しているわけだが、世の中そんなに上手く行かないということだ。 「。でかけねぇか?ちょっとお父さんの買い物に付き合ってくれよ」 それがホワイトデーのお返しを選びに行くということはにもわかった。 だから、まあ、いいかと思った。 「しょうがねぇから付き合ってやるよ」 は料理本を閉じた。 *** 3月14日。 はものすごくうんざりした顔で十一番隊隊舎に来ていた。 できれば、本当にできれば二度と来たくない場所だ。 にとって嫌な思い出しか場所。トラウマであり、鬼門である場所。 でも、用があるのはここの副隊長なのでしょうがない。 (うちに来た時でもいいんだけどさー…) それでも受身で待っているのは良くないと思ったから、自分で出向いたのだ。 気が重いことに変わりはないのだが。 「あれぇ。なにしてんの?」 声の主にホッとした。 「やちる。あのな!…うげっ」 何事もなくやちると出会えた!そう思って振り返れば、一瞬でその顔は凍りつく。 「ん?なに?」 「………」 やちるは剣八の肩にちょこんと乗っている。 (に、逃げたい……鬼だ…) 食われると本気で思った相手が一緒にいるのだ。 少しずつ後ずさりしてしまう。 以前は浮竹がちょうどやってきたので逃げられたが、今回は助けてもらえそうな人はいない。 「どうした、坊主。ああ?」 やっぱり威嚇してくる!?泣き出し逃げだしてしまいたい。 だが、剣八にしてみると、これが普通なのだ。別に威嚇もしていない。 弱い者に興味はないのだ。 「もう!剣ちゃんをいじめないでよ!」 「痛ぇじゃねぇか。引っ張るな」 ちりんと鈴の音がした。 やちるが剣八の髪を引っ張ったのだ。鈴の音はこの髪についたものからだ。 「苛めてなんかいねぇよ」 やちるはストンと剣八の肩から下りる。 「どうしたの?」 「あ、あ…うん。あのな…」 この際、さっさと用事は済ませてしまおうとは持っていた包みをやちるに渡す。 「なに?」 「ほ、ホワイトデーのお返し。やちる、俺にチョコくれただろ?バレンタインに」 包みを受け取ったやちるは破顔するも、すぐさまキョトンと首を傾げる。 「でも、そのあとはあたしにケーキくれたじゃない」 「そ、そうだけどさ…あれは、なんか…」 「?」 上手くいえない。 でも、他の人たちがくれたものとは違うような気がして。 よくわからないけど、やちるにはちゃんとお返しをした方がいいような気がしたのだ。 でも、なんで?と問われると上手くいえなくて、つい思ってもいないことを口にしてしまう。 「いらないなら、別にいい」 「そんなことないよ!ありがとう、」 やちるが笑顔を向けてくれたので、ほんのり心の中が温かくなった気がした。 「じゃ、俺、帰るから」 用事は済んだし、あまり長居はしたくないのが本音だ。 やちるのことは友だちだが、十一番隊そのものはどうも好きになれないから。 やちるたちに背を向けては駆けだした。 情けないような気もするが、渡せただけで十分だ。 「あ。待ってよ、ー」 やちるが追いかけてくる。 「な、なに?」 「いい匂いするね、これ」 がやちるに渡し包みからだ。 「出来立てだし…あとで食えよ」 「一緒に食べよう」 「は?」 「行こう!」 やちるはの手を取り走り出した。 *** 同日、九番隊副官室。 (どうして、今日に限ってこいつらここに居やがる…) 恋次とイヅル、そして乱菊までも副官室に揃っていた。 おかげでにホワイトデーのお返しができずに内心苛立ってしまう修兵。 「せんぱーい。ここどうすりゃいいんすか?」 「うわぁお、これ、すごく美味しいじゃなーい」 「あ、あの。乱菊さん、一人で全部食べないでくださいよ」 好き勝手に寛ぐ面々に頭が痛くなる。 「お茶淹れましたので、どうぞ」 「おっ。悪ぃな。」 応接用のテーブル、恋次たちにお茶を置いていく。 「副隊長もどうぞ」 「あ、ああ」 「檜佐木先輩も、食べませんか?さっき浮竹隊長にもらったんですよ」 「ああ。後でな…って、仕事いいんすか?乱菊さん…」 日番谷が神経削らせているのではないだろうか?それなりの理由をつけて早く帰ってもらいたい。 「一応仕事でここ来てんのよ?」 「はい?」 「だって恋次のこの書類待ちだもん」 「阿散井…」 「わかってるっすよ。だからこうやってここでやってんじゃないっすか」 「あ。阿散井君、そこ間違っているよ」 「なにぃ!!」 あー煩い。これはもう当分に渡せるような雰囲気ではない。 折角用意したのにと思うのだが。 「そういえば、修兵」 「なんですか?」 真面目に仕事をしようと手を動かす修兵。 乱菊の顔は見ずに返事をする。 「今日、ホワイトデーだけど、お返しとかどうしたの?」 「え?あ、いや…いいじゃないですか、そんなことは…」 「よくないわよ。あんた結構数貰ったって聞いたけど?」 「貰っていないです。俺、受け取りませんから」 意外だと乱菊は驚きの声をあげた。がわずかに反応する。 「仕事上の義理はもらいましたけど」 七緒や雛森といった、同僚のような人たちからだ。 「先輩の場合、からもらえればいいんすよね」 「うわっ。それは寂しいわよ。でも、君のお菓子美味しいもんね〜」 作ってもらったチョコレートボンボンは美味しかったと乱菊は上機嫌だ。 できればまた何かお願いしたい所ではある。 「別には関係ないです。阿散井、変なこと言うな」 「すいませんでしたー。よっしゃ、できた!乱菊さん遅くなりました」 作成していた書類を乱菊に渡す恋次。 「あらぁ。出来上がっちゃったのね。これじゃあ仕事しなくちゃならないわね」 「いや、それが普通なんですけど」 「その前に、みんなでお昼食べに行かない?もういい時間でしょ?」 「そうっすね。行きましょうよ」 乱菊の提案に恋次もイヅルも乗った。 修兵も行くわよ。と当然のように乱菊に連れて行かれてしまう修兵。 「ちょっと。待ってください!俺、まだやることが」 「そんなのあとあと〜」 修兵の首根っこ掴んで乱菊は副官室を出る。 その際、イヅルからにも誘いが来るのだが。 「いえ。私はまだ雑務がありますので、副隊長たちだけでどうぞ」 雰囲気的にも全員が副隊長の中で、のんびりお昼など食べられないだろう。 静かになった副官室。 は湯呑みやら菓子を片付ける。 「仕事上の義理はもらいましたけど」 修兵の先ほどの言葉が気分をへこませる。 確かに今年はが作ったものに便乗させてもらったのだが、あれはカウントされないのかと。 他の子たちからのも受け取らないという徹底振りにも驚いた。 もし、今年自分が誰の手も借りずに渡そうとしていたならば、修兵は受け取ってはくれないということだろう。 (といっても、直接手渡す勇気もないのだけど…) 小さく溜め息をついたとき、ガラリとドアが開いたので驚き肩をビクつかせる。 「!?」 「はあ…ったく乱菊さんは…」 修兵が戻ってきたのだ。 そのまま己の机の引き出しに手を伸ばす。 「副隊長、休憩に入ったんでは?」 「ああ。財布忘れたから取りに来た」 またすぐに乱菊たちと合流せねばならないらしい。 「それと…これ」 「え?」 修兵は控えめにラッピングされた包みをの手に乗せる。 「副隊長?」 「ホワイトデーのお返し。あ、さっきの話は気にするなよ?からは去年も貰ったしな」 「い、いえ。私はそんな…あの」 恥かしくなって俯いてしまう。 「のこともあったし…まあ…色々ありがとうな」 「私は、本当何もしていませんよ?私の方がお二人にお世話になって」 修兵はくすっと笑う。 「このままだと平行線を辿りそうだな。いいんだよ、俺がにお返ししたいって思ったからよ」 それと、修兵は後頭部を掻く。 「嬉しかったからさ…」 「え」 修兵の頬にも赤みが増す。 「プレゼントって奴は気持ちが一番大事らしいぞ。に言われた」 メシ食いに行くからと修兵は副官室から再び出て行った。 「副隊長、あの」 期待してもいいのだろうか?他の子たちよりも優遇されていることに。 包みを開けるとハンカチが出てきた。 薄い桃色に桜の花びらが散りばめられた和柄のハンカチだ。 「大事に使わせていただきます。副隊長」 なんか宝物が出来た気分だとの顔は綻んだ。 ホワイトデー。お返しがハンカチってのは一部ではタブーらしいですが、上司から部下には悪くない代物らしいです。
ま、深く考えんでいいですw
08/03/29UP
12/07/16再UP
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