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尊敬と憧れの人。
十三番隊は上下関係が他所の隊に比べれば緩い方だ。 たるみきっているわけではない。 隊内の結束はうちが一番だ!と自慢できるほどのものだ。 それはきっと、隊長である浮竹を慕う隊士が多いからだろう。 浮竹の為にと我も我もと頑張る隊士たち。 だけど、今時期のそれは厄介でしょうがない。 「誕生日の時もすごいけど、バレンタインの時もすごいんですよね。隊長人気」 十三番隊隊士は、異様な雰囲気に包まれた隊舎を見て呟いた。 女性から男性に。というバレンタインなのだが。 十三番隊では必然というか、浮竹に贈ろうという者たちでいっぱいらしい。 まぁ男性隊士たちももらえるかもしれないという期待をしているのだろうが。 「浮竹隊長に負けず劣らず、ウチの隊長もすごいわよ」 十三番隊に仕事の用だとかで来ていた十番隊副隊長松本乱菊には捕まった。 そしてバレンタインの話をさせられていたのだ。 「日番谷隊長ですものね」 日当たりの良い一室の縁側に陣取る乱菊にお茶を出す。 仕事に戻らず話し込んでいていいのだろうか?とは思うも。 副隊長に意見などできるわけもない。 そんな二人のそばで数人の女性隊士たちが、どんなチョコレートを用意しようかと盛り上がっている。 「も渡すんでしょ?浮竹隊長に」 「え?あー…そうですねぇ」 「何、その歯切れの悪さは」 お盆を胸の前で抱えて、乱菊の側で正座する。 「食べ物ですからねぇ。隊長も貰いすぎて困ってしまうんじゃないかと思って」 しかもチョコレートばかりなどとは。 「甘いものがお好きなようですけど、食べすぎは良くないですから」 「あんた母親みたいなこと言ってどうするのよ。それじゃあ他の子たちと差が開くわよ」 「いや、別に。そこまで深刻に考えていませんし」 他の子たちとは違い、バレンタインにいささかも興味がなさそうな。 折角面白そうなカモを見つけたのにと乱菊は思ったのだが。 「なーに言ってんの!あんた何十年浮竹隊長に片想いしてんのよ」 音が出るくらいに、豪快に背中を叩かれてしまう。 「松本副隊長。痛いです…あと、何十年って言わないでください」 女々しいではないか。 だが乱菊は容赦ない。 「あんたも作っておいて、渡せないって悩む口だからよ」 「作りませんよ、別に」 話を聞いていないのか?深く考えていないというのに。 「…ってあんたも。ってなんですか?もって」 「あー。うん、七緒がね〜」 「伊勢副隊長?」 八番隊の副隊長は毎年誰かの分を用意するのだが、作っても失敗ばかりでゴミ箱行きになってしまう。 去年は上手く出来たものの、アイシングでどでかく「義理」と書いてしまった。 おかげで渡すに渡せなくなって随分悩んだらしい。 その事を知っているのは一緒に作った乱菊だけなのだが。 「七緒のことはいいのよ、別に」 今はあんたのことでしょ。と乱菊に引き戻される。 正直話をそらしてしまいたいかったのだが。 「私が渡さなくても、他の子たちから沢山貰えるからいいじゃないですか」 「あのねぇ〜それじゃあ意味ないでしょ」 「と言われましても、本当…」 微苦笑交じりのに乱菊は盛大に溜め息を吐きながらがっくり肩を落とした。 その後、日番谷から戻って来いとの呼び出しの為乱菊は戻っていく。 使った湯呑みを片付け給湯室へ。 (そりゃあ、渡せるものならと思うけど…) 去年も一昨年も沢山貰っている浮竹。 自分の想いに気づいて!なんて自己主張をするつもりがないのだ。 自分が浮竹に向けるのは尊敬と憧れ。 この人の下で働けるだけでいい。 ただ、それだけだ。 「……うーん……」 多分? 「どうした?悩み事か?」 「いえ、大したことでは、え?た、隊長!!?」 流し台の前で慌ててしまう。 給湯室に浮竹が姿を見せるとは思わなくて。 「悩み事があるなら、俺で良ければいつでも聞くぞ」 あぁそんな笑顔全開で言わないで下さい。 バレンタインのことで、あなたのことで悩んでいました。などと言えぬのだから。 「お、お心遣いありがとうございます。でも悩みと言うほどでもないので…」 隊士一人一人のそんなことまで気にしなくていいのに。 浮竹にはもっと自分の体のことを気遣ってほしい。 副隊長だったあの人がいれば、それもないのだろうなとぼんやり思いながら。 『おめー。まーだくずくずしてんのか?かーっ、情けねぇなあ』 『もう。そんな風に言っては、さんが可哀相ですよ』 ぼんやりとしていたから、ふと思い出す。過去の光景。 『だけどよ、都。こいつがもっと積極的になりゃこんな風に悩むこともなくよ』 『余計なお世話と言うものです。女心がわからないのでは困ります。さん気にしなくていいですからね』 いつも幸せそうな顔で一緒にいた二人。 『でもよー。隊長だって悪いこと言わないと思うぜ?ここは一発どーんとぶつかってだな』 『もう。あなたは勢いだけでそのようなことを言うんですから』 自分のほんの些細なことなのに。 二人はいつも面倒臭がらず、それよりも背中を後押ししてくれた。 上官として尊敬していた二人。 大好きだった二人。 『ま。お前が気後れしちまうのもわかるけどな。隊長の人気は凄まじいからな』 『さんのことだから、自分では劣っているとか思って一歩身を引いちゃうのよね?』 『大丈夫!一つだけ他の奴より自慢できることあるぜ、お前は』 『うふふ。そうでしたね。あれだけは隊長も……』 もう二度と会う事はない二人。 あの頃より、自分がさらにもう一歩引いてしまっているのは二人がいないから。 二人の所為にしたわけではない。 もうあんな思いをしたくないから。 「おーい。。どうした?」 「え?あ!い、いえ。なんでもありません!!少しぼーっとしてしまって、あは、申し訳ございません」 慌てて浮竹に頭を下げる。 「謝ることないぞ、別に。どこか具合でも悪いのか?なら無理をするなよ」 「は、はい。大丈夫です、本当……」 頭を下げたままで浮竹に顔を向けられない。 思い出してしまった出来事のせいで、急に感情の波にのまれそうになって。 「おいおい。本当にどうした?」 「いえ、本当になんでもなくて……」 顔を上げなんでもないと笑ってみる。だが浮竹の方が困惑ぎみに眉を寄せている。 「ここまでいらしたという事は、お茶ですか?ならすぐにお出ししますので」 雨乾堂でお待ちください。そう浮竹を追い返す。 「い、いや。だがな」 浮竹はの様子が変わったことを心配してくれているのだろう。 このままでは戻れない。 目の前で起きた変化が気になってしまうのだろう。 としては浮竹の手を煩わせるのは嫌だったから、早くにこの場を去って欲しいと願ってしまう。 「隊長ー!浮竹隊長。どこですかー?」 浮竹を探す仙太郎の声。 「ほら。お呼びですよ、隊長。お茶はちゃんと後でお出ししますから」 「おい。」 「仙太郎さん。浮竹隊長ならこちらに」 給湯室から顔を出し、仙太郎を呼ぶ。 「隊長ー。京楽隊長がお待ちです。急いでお戻りくだせぃ」 そう言われては仕方なく、浮竹は給湯室から出る。そして仙太郎をお供に戻っていく。 笑顔で見送り、お茶の用意をしようと再び給湯室へ。 「……あは…駄目じゃん…隊長に心配かけちゃ、このくらいで……」 すぐにお茶を。と思うのだが壁に背中をつけて俯いてしまう。 「海燕さん……都さん……」 忘れることのできない人。 いや忘れるつもりはない。 だけど、楽しかった二人との思い出を湿ぼったいものにしたままでは申し訳ない。 『大丈夫!一つだけ他の奴より自慢できることあるぜ、お前は』 『うふふ。そうでしたね。あれだけは隊長も……』 あの後、二人はなんと言ったっけ? は思い返した。 「よし」 思い返したはお茶の用意を中断して給湯室から飛び出した。 「なんだかご機嫌斜めだね、浮竹」 いつも温厚な親友が、珍しくピリピリしているなと京楽には見てわかる。 恐らく、浮竹を慕う隊士たちでは気づかない極微量の霊圧の変化を感じ取れるのは。 長い付き合いの京楽くらいだろう。 「そんなことはないさ」 「何言っているんだかねぇ。そんな顔で言われても説得力がないよ」 「京楽」 付き合いが長いだけに、隠しとおす言うのはできなそうだ。 だが無理矢理に聞いてこないだけ安堵する。 「失礼します。お茶をお持ちしました」 だ。 すぐに持ってくると言っていたのだが、彼女らしくない珍しく時間がかかったように思える。 「お待たせして申し訳ございません」 「やぁ。ちゃん。いつも可愛いねぇ」 京楽のその言葉にやんわりとありがとうございますとは言う。 このやりとりはいつものことだ。 先ほどまで不安定だったの霊圧が落ち着いている。 落ち着いたことに浮竹も安心するが、何もできなかった自分に少しだけへこむ。 は浮竹と京楽にお茶を出す。 一緒に茶請けも置き。 「あれ?浮竹に出したのとボクのと違うけど」 京楽の前に出されたのは、彼好物の徳利最中。 浮竹の前には一見饅頭のように見えるのだが、饅頭のようではない茶色のもの。 「今日だけですよ、京楽隊長」 「今日だけ?」 「はい。私からお二人にバレンタインです」 笑顔で言う。 浮竹は珍しくきょとんとしてしまう。お茶にも手を着けず動きは止まり。 「へぇ。それは嬉しいねぇ。でも、バレンタインってのは今日じゃないだろ?まだ少し先だよねぇ」 それに、饅頭と最中ではなくチョコレートをくれるものではないの?と京楽はいう。 「14日当日にお会いできるとも限りませんし」 「言ってくれれば、ボクは貰いに行くよ?」 でも、こうして用意してくれたからいいかと思い、京楽は最中に手を出す。 恐らく、自分のは浮竹のついでだろうし。 はそれ以上特にいう事もなく、退出していった。 「あれぇ?どうしたのさ、浮竹」 「ん?うん……初めてだと思ってな」 毎年隊士たちが浮竹にこぞってチョコレートなどお菓子をくれる。 バレンタインだからとか言って。 だけど、からは一度も貰ったことがなくて。 「初めて?何がだい?」 「内緒だ」 そう言って、先ほどの機嫌の悪さは消え悪戯っぽい笑みを浮かべて浮竹は言った。 が出してくれた茶請けの饅頭を食べる。 「?」 それはきっと饅頭であって、中は餡子なのだろうなと思っていたので。 食べた瞬間、想像していた食感とは違うとろりとしたものが口内に広がったので浮竹は驚く。 「どうかしたのかい?」 「え?あぁまぁな」 二つ目に手を出した浮竹は饅頭を割って中身を見る。 中身はこれかと小さく笑った。 「それも内緒だって顔だね」 でも段々と緩んでいる親友の顔が見れたので良しとしようと思う京楽だった。 京楽が帰った後、は後片付けをしようと雨乾堂を訪れる。 「京楽が美味かったって言っていたよ」 「ありがとうございます。でも、あの最中は京楽隊長のお好きなお店で買ったものですしね」 浮竹にお茶を淹れる。 どうぞと浮竹専用の湯呑みを置いた。 「それと。俺からも」 「?」 「からチョコレートをもらえるとは思わなかったから嬉しかったよ」 ありがとうと面と向かって礼を言われるとなんだか恥かしい。 浮竹はの淹れたを茶を一口飲む。 「うん。やっぱりが淹れてくれた茶が一番美味いな」 「そ、そんなことないですよ。他の誰が淹れても同じですよ」 「いや。そんなことないぞ。そりゃあ他の者が淹れてくれた茶も美味いが、が淹れてくれたのが格別に美味い」 「あは、あはは。ありがとうございます」 空になった菓子皿を盆に乗せ片付ける。 美味いといわれて少しだけ自信がつく。 いや、これは前に言われたことだ。 ただ、人づてだったからそうかな?と半信半疑で。 『大丈夫!一つだけ他の奴より自慢できることあるぜ、お前は』 『うふふ。そうでしたね。あれだけは隊長も他の者には任せませんものね』 なんですか?と問いかければ、二人はニッコリ笑う。 『茶。お茶だよ。の淹れるお茶が一番美味いって隊長はいつも言っているからな』 『本当に嬉しそうに飲まれるのよ、隊長は。でも私もそう思うわ。さんの淹れるお茶、美味しいもの』 その辺、他の人より一歩リードしているから頑張れ。 二人はそんな風に言ってくれた。 「ん?どうかしたのか?」 「あ、いえ……ちょっと思い出したことがあって」 「思い出したこと?」 言うべきか言わざるべきか、少し悩んでしまうも。 これはいい思い出なのだ。隠すようなことでもないだろう。 「海燕さんと都さんが。私の淹れるお茶が美味しいって言ってくださったことがあって」 ただ浮竹も言っていた。とは恥かしくて言えない。 「そうか…二人がそんなことを」 浮竹の前で二人の名を出すのはまだ早かっただろうか? 少し寂しげな表情になっていたから。 十三番隊は副隊長がいない。 ある事件で亡くなってしまった。 以降喪に服している意味からなのか知らぬが、浮竹は新任の副隊長を置こうとしなかった。 その代わりに三席を二人置いて。 「その話をさっき思い出して。ちょっと頑張ってみようかなと」 頑張る?と浮竹は首を傾げる。 「隊長にチョコ入りのお菓子をお出ししちゃいました」 バレンタインにちなんで。 「でも、14日はまだ先だぞ」 当日彼女は非番であっただろうか? それとも現世への駐在任務?虚の討伐隊? いや、普段と変わらない勤務だったと浮竹は記憶していたが。 「他の人と同じことをしても面白くありませんので。少しズルをさせてもらいました」 当日は沢山の菓子に囲まれるだろう浮竹。 その中の一つになってしまうのが面白くなくて。 きっと気づいてもらえないだろうから。 浮竹にお茶を出す係を長く務めているから、少しだけその職権を濫用して。 浮竹はお茶を一口飲む。 文机の上に湯呑みを置く。コトンと湯呑みを置いた音が室内に少しだけ響いた。 「ズルくはないと思うんだがな」 「そうですか?ズルいですよ。きっと他の皆に知られたら叱られちゃいます、抜け駆けしたなって」 悪戯がばれたような子供みたいな笑みを浮かべる。 「俺としては抜け駆けしてくれて良かったぞ」 「え……」 ニコニコっと笑顔を向ける浮竹。 は瞬時に顔を赤くしてしまう。 「一月後のホワイトデーだったかな?期待していてくれ」 「え、あ、あの。お礼なんて別にいいです」 「いや。させて欲しい。俺からへ、が喜びそうなものを用意するからな」 それは大変だろうにとは断る。 他の隊士たちにも同じ事をするのだろうしと。 そうしたら浮竹は、拗ねた顔をする。こんな隊長の顔など初めてだ。 「そりゃあ。くれた奴らには礼はちゃんとするが、特別なものはだけにしたいんだ」 「え」 「もう逃がさないぞ。が初めて俺にバレンタインの贈り物をしてくれたからな」 なんて浮竹が言うものだから。 は顔から湯気でも出ているのではないかと思うくらいに赤くなる。 でも、その言葉の意味を考えると、期待してもいいのかな?と思う自分もいる。 思うから、自然と口元が緩んでしまって。 その顔を見られて、さらに浮竹が笑うのだった。 『隊長ー。子どもみたいに、んな拗ねないでくれますかねー」 『す、拗ねてなんかいないぞ、俺は』 『拗ねているじゃないっすか。が俺に懐いているからって面白くないんすよねー』 いつかの話。 その日は少しだけ熱が出てしまい、浮竹は寝ていた。 業務連絡として雨乾堂に顔を出した海燕。 話は仕事の話からいつの間にか変わっていた。 『俺を通してあいつの事を言うの止めてくださいよ』 『べ、別に。俺はただ世間話をしていただけだ』 体を起こし肩からは羽織を羽織っている浮竹。 海燕はその側で腰を下ろしている。 『世間話がのことっすか』 『さっきから海燕ばかりが名前で呼んでずるいぞ』 話を変えて、今度は愚痴不満か? こんな姿、一般隊士たちは勿論も知らないのだろうなと海燕は笑ってしまう。 『伝えること、伝えて楽になっちゃえばいいんじゃないっすか?』 『………』 『そうすりゃ、毎日お茶だけでなく、が作る味噌汁も堪能できますよ』 美味いですよー、あいつは料理も。などと海燕が言うので浮竹は面白くない。 『早く嫁さん貰えって言われてるんでしょ?隊長』 『う、うるさい。いいんだ、俺は。それに海燕が面倒見てくれるからな』 『俺は隊長の嫁さんじゃないですし、俺には都がいますんで。隊長の世話はに頼みますよ』 海燕は立ち上がる。 仕事の報告は済んだからと。寝込んでいる隊長に代わりやることがあるので休んでばかりいられないと。 『すまないな、海燕』 『別に気にしちゃいないっすよ。でも隊士たちに顔を見せてくれないと、十三番隊の隊長は俺だと思われますよ』 『あはは。それもいいかもしれんな』 『冗談に決まっているでしょう。馬鹿な事言っていないで、早く治してくださいよ』 雨乾堂を出ようとする海燕。 その去り際に。 『あとでにお茶の用意させますんで。しばらく楽しんでくださいよ』 などと言った海燕。 本当海燕には世話になりっぱなしだ。 こんな体だから、好きな人に負担をかけるような真似をしたくないのかもしれない。 ただ、短い時間でもそばにいてくれるならいいだろうと思って。 だからって、いつまでも二人の間に挟まれっぱなしなのは勘弁だ。 などと海燕が都に愚痴っていたらしいが。 都からみれば、その顔は嫌そうでもなんでもなく、楽しそうに見えた。 海燕にとっても二人は大事な人なのだなと思えて。 もちろん都にとっても、それは同じ気持ちだ。 そんな話があったのを、浮竹もも知らない。 アンケート結果をもとにしたお話でした。
09/2/10
12/05/05再UP
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