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親子の願い事。
「父様!かけました!」 幼い娘が短冊を手に駆け寄ってきた。 夏侯惇は娘を抱き上げる。 「ほぅ。どのようなことを書いたのだ?」 「父様とずっといっしょにいられますように。とおねがいしました!」 「俺とずっとか…」 随分可愛らしい願い事をしてくれたものだと、夏侯惇は苦笑する。 だが幼い娘にはそれが夏侯惇には気に入らなかったのだろうかと大人しくなる。 「どうした?」 「ねがってはいけないことだったのですか?」 「何を馬鹿なことを…いや、すまぬ。変に考えさせてしまったようだな」 「?」 「の願い事。とても嬉しく思う。だがそう願わずとも一緒に居られる」 「ほんとうですか!!?」 「ああ。本当だ」 夏侯惇の答えに娘は破顔した。 苦笑してしまった意味は別にあるのだが、それは言わずとも良いだろうと思って。 「なんてことがあったと思い出したな……」 「惇兄?何を思い出したッて?」 遠呂智とかいうわけのわからない連中により、曹魏はその支配下に置かれてしまった。 曹操は行方不明になるし、後を継いだ曹丕は遠呂智と同盟を結んでしまった。 そのやり方に疑問を感じつつも、夏侯惇は夏侯淵と共に行方不明の曹操を探しに出た。 たった一人の愛娘を曹丕に預けて。 何が起こるかわからないので曹丕にを預けたのだが、に言わせると。 こういう時だから、親子が離れるのはよくないと。 でもを置いて出てしまった。 何度も済まないと詫びながら。 そして幾月かぶりに夏侯惇はと再会した。 曹丕が密かに反遠呂智勢力として狼煙を上げ始めていたのだ。 再会できたと同時に、確かに親子が離れ離れになったことを後悔した。 娘の側には、知らぬ男が着いていたのだから。 新たな仲間を迎えつつ、反遠呂智を掲げた曹丕たちは次の目的地に向かっていた。 その騎乗中に夏侯惇がポツリと呟いたことに夏侯淵が反応した。 「ああ。もうすぐ乞巧奠だろう?昔と短冊に書いた願い事のことを思い出したのだ」 「こんな世の中になっちまったから忘れてたけど、確かにもうそんな時期だな」 織姫と牽牛に対し農耕の発達を願う星祭だ。 がわずかに覚えていた故郷では七夕といい。 その際、笹の葉に願いことを書いた短冊に吊るすのが当たり前だったそうだ。 「あっちじゃ乞巧奠のことを七夕って言うんだろ?それってさ、惇兄…」 「そうだな。薄々気づいてはいたが、の生まれは奴らのいた国なのだろう」 「どうするんだ?惇兄…」 「どうするとはなんだ?俺は別に何も言わんよ。の好きにさせる」 遠呂智によって、夏侯惇たちに居る世界ともう一つ別の世界が融合した。 はそのもう一つの世界の人間ではないだろうか? 遠呂智を倒した時に、一つになった世界は再び分かれるだろうと思っている。 その際、は選ぶだろう。 夏侯惇はそれを黙って見届けるだけだ。 「最近、は三成の周りをうろちょろしているんもんなー」 「がではない。三成が、だ」 「惇兄〜」 少し寂しそうな面を見せたかと思えば、一瞬で親の顔になる夏侯惇。 親馬鹿すぎるぞと夏侯淵は笑うが、仕方ないだろう。今までのことを思えば。 一人の幼子を戦場で拾い、自分が育てると言い出したとき。 夏侯淵も曹操も酷く驚いた。 なぜ、惇兄が?と呆れたものだ。曹操にいたっては大笑いしていたが。 「惇兄。その時のの願い事は叶ったのか?」 「さぁな…今は叶っているが、もう別の事を願っているだろう」 「意味わかんねぇよ、惇兄」 そうか?と夏侯惇は咽喉の奥でくくっと笑った。 *** 日も暮れ始めたので、今日の進軍はここまでとなった。 天幕を張り、一晩過ごす為の準備に入る。 「この世界にも天の川ってあるのかなぁ…」 思わず空を見上げてしまう。 「どうでしょうか?この世界は星の位置が複雑でわかりませんわ」 の隣に貂蝉が並んだ。同じように空を見上げる。 「もうすぐ乞巧奠でしたわね……」 「孟徳様が派手な方だから、毎年賑やかだったんですけど…」 新しいものを取り入れるのも好きだった曹操が、の話を聞いて自分たち流に乞巧奠では騒いでいた。 星祭などとも呼ばれていたので。 あの頃は、こんな風になるとは思わなかった。 「今年は無理ですよね」 「そうでしょうか?厳かに行う分には問題ないかと思いますけど」 ただ、今居る面子を見る限りでは表立って騒ぐような人たちではないから無理だろう。 それを貂蝉に伝えると、今までどんな騒ぎ方をしていたのですか?などと笑われてしまった。 「おー!ー!」 夏侯淵が大きな体を揺らしながらやってくる。 夏侯惇と血の繋がりがない親子ではあるが、夏侯淵とも当然ない。 だが夏侯淵もを自分の娘のように可愛がってくれるから、は好きだった。 「淵小父様。どうかしましたか?」 「どうかしたってわけじゃねぇんだが、ちょっと気になることがあってよー」 「気になること?」 「お前。昔乞巧奠で何願ったんだ?」 昔と言うのは少々範囲が広すぎやしないだろうか?毎年同じことを願っていたかどうかもわからないのに。 「昔、ですか…?」 「俺もいつって確かな事は言えないんだが。惇兄が珍しくその時を思い出したって言うからさ」 どんな願い事か気になったそうだ。 「ですが、少々無粋ではありませんか?夏侯淵様」 貂蝉が口を挟んだ。 貂蝉にしてみると、人の願い事を知りたがるなんてと言いたいのだろう。 夏侯淵も確かにそうだとバツが悪そうにするが、一応理由があることを告げた。 「惇兄。なんだか寂しそうだったからよ。その時の願い、今は叶っているけど、もう違うことを願うだろうなって」 それにと続けようとしたが、この先の事は言えないだろうと慌てて口をつぐんだ。 「淵小父様?」 「い、いや。なんでもないんだ…」 とてもなんでもないようには見えない。 「こ、今年も笹の葉でも見繕って願い事書くか?きっとどっかに生えていると思うぞ」 「子桓と父様が許してくださるとは思わないんですけど…」 夏侯淵は比較的話のわかる人物だが。 あの二人は今の状況を思うと首を立てに振らないだろう。 「大丈夫だってー。可愛い娘がお願いすれば惇兄も許してくれるって」 「もう淵小父様。父様だってその辺弁えていますよ?頑固なんで一度ダメというと絶対覆されないんですからね」 「あー…否定できねぇな」 その場は笑って終わったのだが、は夏侯淵のいう事が気になった。 夏侯惇が寂しそうだったなどと言うから。 遠呂智の所為で別れて暮らしていたが、今はそうではない。 一緒に居られる。 話せば特に変わったところなど見せないし、でも寂しそうだと夏侯淵が言った。 きっと古くから父と一緒にいる夏侯淵にしかわからないことなのだろうか? 少し時間は空いたが、は夏侯淵の元へ行った。 そして閉ざそうとした言葉はなんだったのかを追求した。 「いやーそのー…」 「淵小父様。小父様の態度がすごく怪しいんです。だから私も気になるんじゃないですか」 「あ、怪しいって…あーんーそうだな。あのよ、遠呂智の所為で俺らの世界と別の世界が一つになっただろ?」 結局に甘いというか、夏侯淵本人も気になっているのだろう。 に対し、先ほど夏侯惇と話したことを告げた。 遠呂智を倒した後、この世界が元に戻った時。 は三成たちと向こうの世界へ帰るのではないか?そう思ったらしい。 だが夏侯惇は娘の好きにさせると言ったそうだ。 「帰るって…私は…」 「いや、別に帰れと言っているわけじゃないんだ。惇兄はの好きにすればいいって… 惇兄だって、と別れたいわけじゃないさ。可愛い娘だもんな。きっとよ、にそう言われたら」 夏侯惇はダメだとは反対しないのだろう。 三成たちのいた世界が自分の居た世界に近いのは、も気づいていた。 でも、同じではない。 どこかずれているのだ。 どう説明すればなどというのはわからないが、だからってが三成たちの世界に行こうとは思っていない。 「淵小父様。私が生きていく世界は父様たちと一緒の世界だから…だから」 「悪かったな。」 ポンポンと夏侯淵の手がの頭を軽く撫でた。 「え?」 「それは俺にじゃなくて、惇兄に言ってやれや。惇兄、喜ぶぞ」 「はい」 夏侯淵と別れて父の元へ向かう。 まだ気になることはあるのだが、それは父本人に聞けばいいだろう。 *** 「父様」 「ん?どうした」 夏侯惇専用の幕舎をは覗いた。 「父様。少し散歩しない?星が見えるよ」 「ああ、いいだろう」 ダメだと断ると、この娘は一人で行ってしまいそうだ。 何より、三成などを誘われても困る。 松明の火がポツンポツンと足元を照らしてくれている。 「天の川…どれかわからないね……あるのかな?」 「ホウ統にでも聞いてみるがいい。あやつならば星を読むことができる」 反乱軍に共に居た蜀の軍師。 彼は意外にも曹丕を気に入り、劉備を助けようとしている趙雲たちの軍には行かずこっちへ来た。 「本当?じゃあ明日にでも聞いてみよう。もうすぐ乞巧奠でしょ?何もできなくても天の川ぐらいみたいじゃない」 「淵ともそのような話をしたな…」 は隣を歩く夏侯惇の腕を掴んだ。 「父様。淵小父様から聞いたよ。私はずっと父様の娘でいたいよ。元の世界に戻ったとしても」 不安げに夏侯惇を見上げる。 淵め、喋ったな…。夏侯惇は内心舌打をする。 「父様は私の好きにさせてくれるって言ったみたいだから。 好きにさせてもらうよ?ずっと、ずっと父様の側にいるから。父様の娘でいたいから」 「お前…それでは嫁に行かぬというのか?それはそれで心配なのだが」 「だって父様を一人にしたくないもん。それに婿を取ればいいの!」 「しょうがない奴だな」 「父様の娘だから」 笑いながらキュッと夏侯惇の腕に抱きついた。 「父様。淵小父様が言っていた。昔の私の願い事って何?短冊に書いたっていう」 「…聞いてどうする」 「だって知りたいもん」 呆れつつ、少々照れつつも夏候惇は答えてくれた。 「俺とずっと一緒にいられるように。だ……」 今は叶っているいることか。 確かに夏侯惇と一緒に居られる今。その願い事は叶っている。 「だけど、今は別の願い事がって言ったでしょ?」 「他にも願い事ぐらいあるだろう?」 「んー……父様が病気や怪我などしないように。ってことかな」 夏侯惇は小さく笑う。 「お前。自分の事は何一つないではないか」 「そんなことないよ?父様が健康な事が私は嬉しいんだから」 「やれやれ、じゃあ今年は俺も何か願い事を書かねばならぬか」 大袈裟に溜め息をつく夏侯惇。 「父様の願い事って?」 「お前が俺のことばかり願うからな。俺がのことを願ってやろうと思ってな」 「変なこと願わないでよ、父様?」 「さあてどうだかな」 笑ってばかりで、その願い事がなんなのかは言ってくれない父に娘は頬を膨らます。 だがきっと、夏侯惇もと大差ない願い事をするのだろう。 もうしばらく親子二人で夜の散歩を楽しむのだった。 本館にあります、三成の内緒シリーズからです。元ネタは曹丕夢の「ひーちゃんと私」設定ですけどね。
08/07/07UP
12/01/09再UP
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