おもうこと




ドリーム小説
【最終話】





殿。別れましょうか、私たち」

ちゃんと趙雲と話そうって思って、謝ろうと思って会いに行ったのに。
言われた言葉がそれだった。

「………え」

は言葉が出ず、ただ突っ立って趙雲を見つめる事しかできなかった。

駄目なのだ、やっぱり自分では美咲以上の存在にはなれないのだと一瞬にしてわかった。
自分から壊した関係だ。
趙雲にはそう言われてもしょうがない。

でも、やっぱり、趙雲の事は好きだったから、それはとても悲しくて心が痛くて。

嫌だって喚こうか。
走って逃げようか。
それとも余裕のある女を見せ、『別にいいよ』って強がるか。

「………」

そのどれもできず、堪えていたものがぷっつり切れた。

殿」

声は出ずに、涙だけが頬を伝って零れていく。
泣いている自分に気づいて、ごしごしと乱暴に涙を拭う。

「そんなに乱暴にしたら駄目ですよ」

別れようって言ったのに、趙雲はの腕を掴み、顔を覗く。

「な、んで、趙雲は…っ」

なんか悔しい。
向こうから別れましょうって言ってきたのに、変に人の心配して余裕を見せるのだ。
趙雲は少し困ったように笑うが、すぐさま真剣な眼差しに変わる。

殿、私の話。最後まで聞いていただけませんか?」

「趙雲…」

「あなたと出会う前は私には想う人がいた。
それはあなたもよく知っている、あなたにとってもとても大事な人でしたよね?」

憧れで、いつかこんな女性になれたらと思った人。

「出会ったのは一年前。過ごした時間はとても短かった…でも、好きになるのに時間などかかりませんでした」

「………」

「一緒にいるのがとても楽しく、いつまでも一緒にいたいと願うようになり、想いを告げようと…彼女に似合うだろうと思ってあの簪を作らせました。それを渡して、ぜひ私の妻になって欲しいと伝える気で」

いつも一緒に過ごした川原で彼女に手渡した簪。
彼女が好きだと言った模様を似せようとあれこれ考えて職人にいろいろ苦労をかけた。
苦労して作っただけあって、それはとても良くできていた。
とても嬉しくて、彼女の黒髪にきっと似合うだろうと、自然と心が弾んで、思わず馬超に見せてポロリと本音を漏らした。

いつもならば、照れの方が勝るから、馬超にはからかわれるだろうから口を濁すのだが。

『どうです?馬超殿』

『あ?んーいいんじゃねぇの?喜ぶだろうな、美咲』

『喜んでくれるでしょうか?』

『喜ぶに決まっているだろ。ほら、さっさと渡してこいよ』

『ば、馬超殿!』

『惚気は上手くいってからでいいからよ。にしても、簪一本で偉くはしゃいでいるな」

『あ、それは…』

『なんだよ?』

『美咲殿に私の気持ちをちゃんと伝えて、それで…一緒になって欲しいなと』

『うわ、照れるなよ!聴いているこっちが恥ずかしくなる!って言うか、言う相手は美咲だろ?早く行けよ』

『あは、そうでしたね』

そのすぐ後に、別れがあるなんて思いもしなかった。
彼女に簪を渡すと、とても喜んでくれた。

さぁ、想いを伝えるぞと言う時に、視界がぼやけた。
いや、彼女の姿が消えかかっていたのだ。

『美咲殿!』

『あ…』

突然だったから、なぜ?とかどうして?とかそんな事考えられなかった。
ただ、彼女はもういなくなるってことだけがわかって。

『約束してください…もう一度、もう一度必ず帰ってきてくれると』

『趙雲さん……』

『再び、あなたに会えると私は信じています』

『私は』

『必ず会えます!その時はあなたを私の…』

そこで彼女の姿は消えてしまった。
薄らぐ彼女を前に何もできずに、言いたい事もたいして言えずに。

最後の言葉だけでも伝えきりたかった。



その時はあなたを妻として迎えたいです…



と。

「彼女が消えて、彼女と出会う前の生活に戻ったのに、それがとても退屈で…一年も経った。彼女を信じて待つと言ったものの、心のどこかで諦めの気持ちの方が大きくなっていきました。それでも、この想いだけは忘れずに…そして殿と出会いました」

彼女が消えてちょうど一年後に彼女そっくりの少女に出会った。
最初は美咲が本当に戻ってきてくれたのだと思って、抑えていた気持ちが急に膨れて人違いだと思わずに抱きしめ、口付けた。

でも、少女は美咲ではなく、彼女の姪のと言う少女だった。

「馬超殿や姜維からあなたの話、時間の流れの違いなど聴かされて混乱はしました。
それでも、殿と過ごすようになって、美咲殿の話をして楽しかったです。
10年と言う時間が流れていても、あの人はとても綺麗だったのだなって思いましたし」

でも、急に聴かされた美咲の死。
がここに来た理由。
渡された簪。

色々な想いが幾重にも重なって、結果戦での死を望んだ自分。
あの時は、本当に死んでもいいやと言う気が強かった。
武将として戦で死ねるなら本望だし。

でも、生き延びてしまった。
やる気も失せてきた。
馬超に何を言われようが、姜維が自分を心配していようがどうでも良くて。

に言われるまで、もういいや。と思って。

『馬鹿な事言わないでよ!死んで叔母さんに会いに行こうと思った?ふざけんな!
叔母さんは、死にたくて死んだんじゃないんだからね!もっと生きたかったに決まっている!』

『あ……』

『本当だったら、自分でアンタの所に会いに行きたかったんだから!』

殿に叱られるまで気づきも、考えもしなった。その時に急に思い出しましたよ。あなたが伝えてくれた言葉を」

趙雲はの手をギュッと握る。


、いつかその人に伝えて欲しいな……私は幸せでしたって』


「あの短い時間の中でも幸せだと言ってもらえたのが嬉しいと思えた。
私自身は諦めかけていたのに、彼女はそうではなくて、ずっと私の事を想っていてくれたのかと」

幸せだと言った時間は、どのことなのかは正直本人ではないからわからない。
生まれてから今までのこと全ての事を言うのか。
趙雲と過ごした時間だけの事を言うのか。

自分なりのいい解釈をするならば、自分と過ごした時間の事をと思う。

別れてしまってからも10年も想っていてくれたと、そう思いたい。

「自分にとって都合の良い話ですが」

だが、は首を振る。

「そんな事ない。叔母さんは趙雲の、ここでの生活の話を私にしてくれた時とても楽しそうだった。今までいろんな話をしてくれたけど、この話だけはいつもと違って、特別な想いがあるって感じたから」

この事を口にするのは今の自分には少し辛いが、ちゃんと言う。

「叔母さん、趙雲の事本当に好きだったよ、私はそう思う」

殿」

「叔母さんね、私に…きっと趙雲と出会ったら好きになるよって言った。
この人が、叔母さんの好きな大切な人だったんだって思っても、叔母さんの言うとおり趙雲の事好きになってた」

叔母に似ていると言われて、恥ずかしくもあるが憧れの人だからすごく嬉しくて。
あんな女性になりたいと思った。
好みの男性のタイプも似ていたねと笑ってしまった。

「趙雲が叔母さんのことをすぐには忘れられない気持ちもわかるから、ずっと黙っていようって」

最初は気にもしなかった叔母の話を趙雲から楽しそうにされて、勝手に嫉妬した。
それでも趙雲は様子の可笑しいを心配してくれて、ポロッと好きだと言ってしまった。
その時は振られてしまったが、戦から無事に戻った趙雲が自分を好きだと言ってくれた。

「幸せってこういうことかなって思った。今まで自分が幸せだとか不幸だとか考えた事もなかったから。
でも、趙雲に好きだといわれてすごく嬉しくて、一緒に入れるのが嬉しくて、ずっとこのままでいたいと思うようになって。きっと続くのだと思った。これが幸せなんだって」

だが、鏡を見て不安があふれてきた。
そこに映ったのは叔母にそっくりな自分。

「叔母さんにそっくりだって言われても、それは私にとって嬉しい言葉だったのに、急に怖くなった。趙雲は私じゃなくて、叔母さんを見てるのかもって、身代わり、なのかもって…」

殿、私は」

「だから、あんなこと言って。だから、今も趙雲に別れてくれって言われても、しょうがないかなって、思う」

止まっていた涙が再びあふれ出てくる。

「だか、だから…いいよ。別れても、いい…」

好きです。
きっと、この先もこの気持ちのままだと思う。

迷惑はかけないから。

「今までありがとう、趙雲との時間とても楽しかったから」

「……殿」

さっきから、ちくりちくりと胸が痛む。
ここの来る途中、姜維に励まされたのに、無理だったよ、自分には。
屋敷に戻ったら、この顔を見て姜維はまた驚くだろうね。
そしたら、たくさん泣いて、すっきりしてやる。

姜維を無理やりつき合わせて、いっぱい買い物してやる。
ご飯もいっぱい食べてやる。

これで話は終わったのだ。

あとはさようならをして帰ろう。

「……そんな事、言わないでくださいよ、殿」

「え?」

急に身体を引かれた。
優しく趙雲に包まれていた。

「先ほども言ったでしょう?私の話を最後まで聞いてくださいって」

「言ったけど…今ので」

「最後じゃありません。まだ途中です……あなたは美咲殿に全然似ていませんよ」

頭上から聞こえた溜め息。

「顔は似てはいますが、最初と違って今では見間違えることもありませんし、性格はまったく似てない」

だいだい、人の話をちゃんと聞かないなんて、そういう所は似ていません。
と趙雲は少しキツク言う。

怒っているのかな?

「目は殿の方が少し大きいです。鼻は美咲殿の方が少し高いかな」

「そうかな?」

「そうですよ。私はね、殿。
あなたに美咲殿の代わりだと思ってないかと言われたとき、傷つきました。
私の気持ちはちゃんと伝わっていなかったのだと、信じてもらえてないのだと」

「………」

「あなたに最初に告白された時は、美咲殿のことが忘れられないと断りました。
でも、本当は嬉しかったのですよ、あなたの気持ちが。あの頃から、あなたと一緒の時間が楽しかったのは事実ですし。
振ってしまったのは私なのに、あのような関係でありたいと願った。同時にあなたが別の誰かと付き合いでもしたら嫌だなとも思いました。」

ずるい人間だと、勝手な奴だと思った。
けれど、馬超はそれが正直な気持ちだからと言ってくれた。

「負け戦で、帰って来た時に、殿は私の無事を喜んでくれた。
それまでずっと、心配してくれていたので思ったら、本当にあなたが愛しく思えた」

だから、好きだと告げた。

「美咲殿のことをどうでもよくなったとか、殿を代わりにだなんて思っていません」

好きだと告げてから、一緒にいる回数も増えた。
そこで、知らなかった面を知った。
ちょっとした喧嘩もした。

だから、もっとが好きになった。

彼女が不安に思っているなんて知らないくらい、自分は幸せに浸っていた。

殿が、代わりだとか思っているのなら、距離を置いても良いかと思いました。
でも、距離を置いてもきっと元に戻ることはない気がして、だったら別れた方がいいかと」

だから、伝えた。
別れましょうかって……でも、まだ続きがあるのですよ。

趙雲はを放し、の目をまっすぐ見る。



殿。あなたが好きです。私と付き合っていただけませんか?」



「え……なに?」



の反応の鈍さに趙雲は微苦笑してしまう。

「あ、あの趙雲?」

「言葉の通りですよ。ちゃんとけじめをつけてもう一度告白しようと思ったのですよ」

本当に別れるのだと思っていたから、趙雲からの告白に驚くだけで、気が抜けてしまう。
はぺたりとその場に腰を下ろしてしまう。

殿?」

「あ、あは…あははは、なんか気が抜けちゃった。びっくりした」

趙雲もの前に膝を曲げる。

「いつも一生懸命で、素直に感情を表現できるあなたが好きなのです」

一緒にいて楽しくて、安心できる人だから。

「美咲殿とはもう会えない。酷い話に聞こえるかもしれませんが、遠くに行ってしまった人より身近で一緒にいてくれる人を私は望みます。できれば、それは殿がいいです」

「趙雲」

「駄目…ですか?」

趙雲は目を細めて切ないような表情での顔を覗きこむ。

(そ、その顔は反則だよ)

そう思いながらも嬉しくて、口元が緩んでしまう。

殿?」

「いいも、悪いも、私は、趙雲が」

そこまで言ったら、また涙が出てきた。
今度のは悲しさからではなく、嬉しさからで。

殿」

「あ、あ〜違う、えっと、嬉しいから。だから涙でちゃって」

は軽く涙を拭うと、そのまま趙雲に抱きついた。



「私は趙雲が好きだよ。ずっと、ずっと、そばにいるから」



これが、の答えだ。

殿、私もですよ」

これが、趙雲の答えだ。

をちゃんと受け止め、趙雲はそっと彼女に口付けた。



ホントの本当に、最初の口付けを。



そして、ここからまた始まるのだ。






END
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