ドリーム小説


目の前で泣きそうになりながら、こいつは俺に向かって言った。





【ありがとう、と言われた。】





「なにが?」

檜佐木修兵の開口一番はそれだった。
確かになんのことだろうかと誰もがきっと思うだろう。
自身も、その姿を見た時に思わず言ってしまったのだから。

「………」

「黙るなよ、俺の方が聞いてるだろ?」

「と、咄嗟に出たの」

「はあ?」

「うわっ、すごく馬鹿にされたっぽい」

は踵を返してそのまま歩き出す。
修兵は慌てて追いかける。

「馬鹿にしたつもりはねーよ。ただ意味わかんねーよ」

「だろうね。いきなりだったし」

「だったら理由言えよ、ちゃんとさ」

の隣を並んで歩く。
ようやく仕事が一段落ついた時にとばったり会った。
彼女は三番隊所属。
仕事中に会うのは珍しい、隊舎も離れているし。

ここ数週間は稀に見る忙しさだった。
理由は…あの事件だろう。
その後の処理で副隊長である修兵は寝る時間もないほどだった。
も忙しいのだろう、少し疲れきった顔をしていた。

「少しは自分で考えようとは思わないの?」

「考えるも何もわかんねーだろうが。いきなり“ありがとう”だなんてよ」

ばったり会った時に何かしたか?と修兵は思い起こすもそれらしきことはない。
物を拾ったとか、親切をしたつもりもない。

「何かあったっけ?……うーん……あ、なんだよ〜そういう事か」

修兵は何か思い当たる節があったようでニヤリと笑んだ。
そのままの肩に腕を回す。

「お前も可愛いところあるな、

「は?」

「俺の誕生日だろ?だから生まれてきてくれて“ありがとう”ってことか。なんだよ〜そうか〜」

「……あぁ!檜佐木の誕生日近かったね。すっかり忘れていたよ」

ポンと手を打った
付き合いが軽く100年超えるので、すっかり忘れていた。

「って……違うのか?」

「違う。重いから腕どけて」

「はいはい……なんだよー」

口先を軽く尖らせながら離れる修兵。
は眉を顰める。

「って言うかさ……アンタそんな台詞言われたいわけ?」

「言われたいわけじゃねーけど、嬉しいもんじゃねーの?」

「私、絶対言えない、そんな台詞」

は首を何度も横に振る。
恥ずかしい台詞は彼女のもっともの苦手とするところだ。

「じゃあ、なんだよ。他に思い当たる節はねぇぞ」

「………」



早く言えと急かす修兵には溜め息を吐く。
あまり言えない理由なのか?と疑問が湧く。
は立ち止まり、自分より背丈のある男を上目で見る。
修兵も歩みを止める。

「…………行かないでくれて良かったな…って思ったから」

「どこに?」

「どこって…場所は知らないけど」

「意味わかんねーよ」

は少し俯きながらポツリと続ける。

「私は、あの場にはいなかったけど…檜佐木が東仙隊長と……一緒に行かなくて良かったなって」

……」

自分の尊敬する上官が実は裏切り者で尸魂界から去ってしまった。
信じられない気持ちが大きいが、それについては少しばかり楽になった。
修兵はの頭を撫でようと……せずに手とうをかました。

「い、痛っ!何するのよ、いきなり!」

は非難の目を修兵に向ける。

「バーカ、行くわけねーだろ」

「………」

「確かに東仙隊長のことは尊敬してるし、ショックも大きい。
でも決めたんだ、狛村隊長と必ず東仙隊長を連れ戻すってな」

「檜佐木…」

東仙の親友だと言う人の墓前で狛村とそう話した。

「お前、そんな事心配していたのかよ、しょーがねーな…お前だったら一緒に行ったか?」

自分の隊の隊長も行ってしまった。

「行くわけないじゃん。私はアンタほど隊長を慕ってないし」

「おいおい」

「市丸隊長って何考えてるんだかわかんないし、いつも副隊長を困らせてさ……」

仕事は部下に任せっぱなしってどうよ?
は今までの鬱憤を晴らすかのように喋りだす。

「仕事増やしてどうするのよ!私三番隊配属になってからストレスが溜まりっぱなしなんだから」

〜」

「今思い出しても腹がたつことが山のように!」

修兵に殴りかかりそうな勢いで喋りきった
肩で息をしているほどだ。
でも…

「でも…市丸隊長のこと、嫌いじゃなかった…よ」

腹を立てることも多かったが、笑えることも楽しかったこともそれなりにあったから。

「市丸隊長の馬鹿…」

「本当困った隊長たちだな…」

修兵は苦笑する。
も浮かない顔だがそれでも頷く。

「腹減ったな。もう仕事あがりか?だったらメシ食いに行こうぜ」

「檜佐木のおごり?」

「なんだよ、逆に奢ってやろうとは思わないのかよ」

二人は再び歩き出した。

「なんで?私が檜佐木に?アンタと私じゃ給料に差があるのよ」

「でも、俺もうねぇよ、今月…」

「うわっ。馬鹿がここにいる」

「うるせー」

いつもの調子に戻る二人。

「しょうがない。誕生日も近いですから、今回は私が奢りましょう」

ポンと修兵の肩を叩く。

「ありがとうございます、様〜」

「あはは、何それ」



でも、やっぱり檜佐木が行かないでくれて嬉しい。
本人はそんなわけないって言うけど、不安だったよ。

だから、ありがとうと君に言う。








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11/11/20再UP